0.プロローグ
リサ「こんにちは、お兄さん」
リト「こんにちは、お兄さん」
リサ「何かお困りでしょうか?」
リト「ひょっとして……道に迷われたのではないですか?」
リサ「いえ。無理もございません。この辺りは、道が入り組んでいるし、景色もあまり変わらないから、迷ってしまう方が多いのです」
リト「もし、お兄さんがよろしければ……わたくしたちの家にいらっしゃいませんか?」
リサ「はい。わたくしたちの住む村が、近くにございます」
リト「ここから他の町に辿り着くまでは、かなりの距離を歩かねばなりません」
リサ「だんだんと日も暮れて参りました。月明りだけで森を歩くのは、危ないでしょう。それに、この辺りは、〝すまーとふぉん〟の電波も入りません」
リト「いえ。どうかご遠慮なさらず。先ほども申しました通り……この辺りは迷われる方が多いので。村ぐるみで、そういった方々を受け入れて、お泊めすることにしているのです」
リサ「はい? いえ。お金も必要ございません」
リト「ただ……強いて言うなら。〝外〟のお話を聞かせてくださると、嬉しいです」
リサ「わたくしたちは、村の外から来た方のお話を聞くのが、とても好きなのです」
リト「ありがとうございます。では、ご案内させていただきます」
リサ「ああ。申し遅れました。わたくし、リサと申します」
リト「リトと申します。はい。双子の姉妹です」
リサ「こちらにどうぞ。木の根に足をとられないよう、お気をつけください」
* * *
リト「こちらのお座敷にどうぞ」
リト「はい。自由におくつろぎください」
リト「今、リサが食事を準備しておりますので……」
リサ「お待たせしました。お兄さん」
リト「どうぞ。お召し上がりくださいませ」
リサ「はい? いえ。リサたちは、後でいただきます」
リト「ご遠慮なさらず、お召し上がりください」
リサ「お口には合いますでしょうか?」
リト「よかったです。あまり、料理を人にふるまうことがないもので。少し不安ではありました」
リサ「はい? ええ。こちらは、リサたちが準備いたしました」
リト「両親……ですか? それは、リトたちの、という意味ですか?」
リサ「両親はおりません。二人で暮らしています」
リト「いえ。謝っていただくようなことでは。それで、不便を感じたことはございませんので」
リサ「村の住人と助け合いながら、不自由のない日々を過ごしております」
リト「……お兄さん? 箸があまり進んでいないようですが。食欲、ございませんでしたか?」
リサ「僭越ながら。よろしければ、リサたちが〝あーん〟して、食べさせて差し上げましょうか?」
リト「そうですか。残念ですが、了解いたしました」
リサ「では。よろしければ、外のお話をお聞かせ願えますか?」
リト「最近は、〝たぴおか〟なるものが流行っているようですが……お兄さんは、お飲みになったことがありますか?」
リサ「〝よーちゅーばー〟? という職業が新しくできたと聞きましたが……ほとんどの子どもがその職業を志すというのは本当ですか?」
リト「〝ASMR〟? という耳慣れない言葉があるらしいのですが、それが何か、ご存知ですか?」
* * *
リサ「お兄さん。お風呂の湯加減はいかがでしたか?」
リト「ありがとうございます。ちょうどよかったなら幸いです」
リサ「お布団を敷かせていただきましたが……もうお休みになりますか?」
リト「分かりました。では……」
リサ「失礼いたします」
リト「失礼いたします」
リサ「はい? ああ。いいえ。そういうことではありません。リサたちが休む部屋は、ちゃんと別にございます」
リト「リトたちの〝すべきこと〟を、させていただこうかと思いまして」
リサ「ご迷惑かもしれませんが……決して、痛みや苦しみがないようにするつもりですので。ご容赦ください」
リト「……お兄さん。先ほど、森で迷っていた時……どこか、不思議な感覚がいたしませんでしたか?」
リサ「まるで、知らない世界に入り込んでしまったかのような。意識の中に、薄い膜がかかったような……」
リト「その感覚は間違っておりません。……ここは、お兄さんが生きている世界とは、異なる場所にあるのですから」
リサ「ところで、〝すまーとふぉん〟はご覧になりましたか?」
リト「電波がまったく入らないのはともかく……時間がほとんど経っていないことに、お気づきになりましたか」
リサ「はい。それは決して、壊れているわけではなく……」
リト「この世界が、現世……つまり、お兄さんの世界と、隔絶されているからです」
リサ「お兄さんにとっては、〝並行世界〟と表現するとご理解いただけるでしょうか。お互いに別の世界でありながら……リサたちは、確かに存在しているのです」
リト「たまに、存在の〝揺らぎ〟により、二つの世界が一時的に繋がってしまうことがございます。お兄さんは、そのタイミングで、こちらに流れ着いてしまったのです」
リサ「ですが、ご安心ください。一度起これば、大体、一週間程度で、再び〝揺らぎ〟が起こりますので、そのタイミングで帰ることができます」
リト「その間……お兄さんには、リトたちと一緒に暮らしていただくことになります」
リサ「それから……リサたちも含めて、この村で暮らす者たちは。少しだけ、人間とは違う存在です」
リト「ヒトのカタチをして、ヒトのように暮らしていますが……ヒトならざるものです」
リサ「……こういう言い方をすると、お兄さんを怖がらせてしまいそうですね」
リト「ですが、信じていただきたいのは……リトたちは決して、お兄さんに危害を加えることはいたしません」
リサ「最終的に、お兄さんの健康を一切害することなく、元の世界にお返しいたします。衣食住も、できる範囲で提供させていただきます」
リト「ただし……そのためには一つ、条件がございます」
リサ「それは……」
リサ「ん……んちゅ……んちゅ、ちゅう……ちゅう、んちゅ、んちゅ、ちゅう、ちゅう……んちゅ、ちゅっ、ちゅぅ、ちゅう、ちゅう……」
リサ「はぁ……」
リト「リトも、失礼いたします……」
リト「ん……ちゅう、ちゅっ、ちゅう、ちゅう、れろ、んちゅう、んちゅう、ちゅ、ちゅる、ちゅう、ちゅ、んちゅ、ちゅっ、ちゅる、ちゅる……」
リト「はぁ……」
リサ「条件、というのは……」
リト「この村に滞在する間、リトたちと……」
リサ「子作りしていただくことです」
リト「子作りしていただくことです」