0_レオの独白 -出会い-
プロローグ
「レオの独白1 -出会い-」
忘れたくても、忘れられない。
ずっと足りなかったオレのなかの何か。
それを見つけてしまったんだって、カラダが理解した。カラダに理解させられた。
絶対に"こいつ"だって……。
オレの全部が、目の前のそいつを求めて叫んでた。
あの時からオレはずっと……。
雨の夜だった。
一仕事終えて、いつものようにクラブに顔を出そうとしてた。いつものように路地裏を選んで。大通りは目立ちすぎて、ろくでもない男たちが寄ってくる。ついてくるだけならまだマシだけど……無理やり引き留めようとしたり、そのうち後ろで勝手に喧嘩を始めやがる。面倒はゴメンだ。だから結局、少し遠回りでも人気の無い道を通るのが一番の近道だ。ただ時々……面倒なことに、そうならないこともある。
その日も楽な仕事だった。いつものように、女をつけまわすキモいストーカーや、DV男なんかのクソ野郎共をシメ上げて、二度と悪さできないようにビビらせる。簡単なことだ。聞き分けのないヤローなら鼻でも叩き折ってやって「次は玉が片方無くなるぜ」って言ってやればいい。オレのカラダはどういうわけか、かなりの頑丈にできてる。相手がどんなガタイの良い男だろうが、それが何人いようがぶっ飛ばせる。だから悪い男に捕まった女を助けてやるのは、良い稼ぎになる楽な仕事だった。オレ自身、このカラダ目当てにゾロゾロ寄ってくる連中に、嫌ってほど絡まれてきたから……まぁ、良い憂さ晴らしにもなる。ただ、呆れるほどこの手の話は尽きない。知り合いのクラブで、ダンサーの代わりに踊ったり、用心棒代わりにゴミ出ししたり、黙って飲んでるだけでも、頼んでもないのに転がり込んでくる。そんなよくある仕事の内の一つだった。……世の中にはどうしようもねぇヤツらが溢れてる。女を力ずくで好きにしようとするクズや、そんなクズに騙される女たちが。だから……路地裏でクズに待ち伏せされて取り囲まれるなんてのも、別に珍しいことじゃなかった。
どうも、その日シメてやったヤローは典型的なタチの悪い金持ちのボンクラで、クズ共を囲ってギャングにでもなった気でいるようだった。どこかで見たロクデナシがチラホラ。チンピラ気取りのクズ。シメ上げられてオレに恨みを持ってるクズ。オレにフラれて逆恨みしてるクズ。後は知らないクズ。端から端まで、オレとヤリたくて目がイってる選りすぐりのクズがざっと十人。金積まれたってお断りだよ。
オレは……初めては運命のヒトにって決めてた。ガラじゃないのは自分が一番よくわかってる。こんな、誰かを傷つけてばかりのキツイ女が、少女漫画みたいなのに憧れてんだから……笑える。でも、それでも……こんな連中ばかり見てきても……どこかに、カラダ目当てじゃなくて、オレみたいなのでもホントに大事にしてくれるヒトがいるって……期待するのをやめられずにいた。笑えないくらい必死に……。
ヤツらが聞き飽きたようなセリフを一通り吐き終えるのを待ってから、一応忠告してやった。
「玉の代わりは用意してあんのか? 無いと二度と女とヤレなくなるぜ」
今までオレを襲おうとしてきた連中は、全員盛れなく病院送りにしてきた。だからわかってた。ヤツらがバカをやめたりしないってことは。こんなとき、男たちがオレを見る目は異常だった。いつだって、このカラダには欲望の視線が集まってくる。男も、女でさえも、欲情しながら迫ってくる。あちこちから纏わりつくヤラシイ視線……。でも、そんなのには慣れてる。それよりもずっとアブない、イカれた目つき……。こういう時は容赦なくヤルしかない。ケガの一つや二つは覚悟する。でも骨は一度だって折れたことが無いし、切り傷だって何日か経つと痕も残らず消えた。だから特にヤバイとも思ってなかった。
我ながらおかしいとは思う。拳が当たれば骨の軋む音がする。脚が当たれば誰もが吹き飛ぶ。まるでヒーロー映画だ。理由なんてわからない。人殺しは嫌だから致命傷は避ける……でも蹴り上げた足が股に入ったらお気の毒としか言えない。事故だ。口ではああ言ったけど狙ってない。……ウソだ。何人かは狙ってやった。そんな具合に半分潰したところで異変が起きた。何処から駆け付けたのか、男が一人割って入ろうとしてきた。……拍子抜けした。こんな状況を見たヤツは、関わらないよう逃げるか、勝手にスマホで撮りやがるか、良くて後からサツを連れてくるくらいだ。それなのにそいつは、何を見てたのか、どう見ても助けの要らないオレを助けようと必死に飛び込んできた。
オレは気を取られて、バットを一発背中に貰った。イラついた振り向きざまに二発目が飛んできたのを、拳で迎え撃った。当然、折れたのはオレの拳じゃない。そのバットと、それを持ってたヤツの歯がごっそり。例の男は他の連中を必死で突き飛ばし、オレを何とかかばおうとしてた。顔はよく見えなかったけど、もういくらか血を流してるのはわかった。相手にしてる連中は正気じゃない。男のほうが危なかった。まったく邪魔ったらない。結局、その男を助けるため不利になって、連中を叩きのめした時にはいつも以上にケガしてた。
そいつに腕を引かれて急いでその場を離れた。全然、役に立ちゃしなかったけど……雨の中、腕を引いて走るその背中は……なんかイイなって思った。そう、少女漫画みたいだなって……。息を切らして、男は止まった。オレはそんな姿を見てついキツイこと言っちまった。なに考えてんだ。弱いくせに出しゃばるな。おまえのせいで余計なケガが増えたって。ホントはけっこう嬉しかったクセに……。男は近づいてきて「ケガは?」って心配そうに覗き込んできた。その時、初めて顔を見た。
びしょ濡れだった。
血と汗と雨の雫。
目が離せなかった……。
わかっちまったから。"こいつ"だって。腹の奥がきゅうって苦しくなって……ケガの痛みなんて吹き飛んだ。体中が甘く疼きまくって、切なくてたまらなくなった……。目の前の男に触れたくて、触れてほしくて……バカみたいに見つめてた。そしたら、そいつはオレの拳のケガに気付いて手を取った。体中に電気が走ったみたいだった。気持ち良くて、心地良くて、ヤバイ声が出た……。いつもは出ないオンナの声。ひとりでシてる時にしか出ないような、やらしい声……。そいつは痛がったんだと勘違いしてくれて、家で手当てするって言った。オレは黙って頷いた。そして……嘘をついた。行くアテが無いって……。絶対に離れちゃダメだってわかったから。
それから惚れた男と一つ屋根の下。あれからもう一月になる……。まさか、告白する根性もなかったことには……我ながら驚いた。どう距離を詰めればいいのかさえ分からないし、口から出るのはキツイことばかり……。情けなさ過ぎて笑いを通り越して泣きたくなる。今まで言い寄られてばかりだったから気にしたことも無かったけど……オレって女として全然ダメなんだなって……思い知った。ガサツで、意地っ張りで、口も悪い。そりゃこんな面倒な女、誰も襲いたくないよな。……イヤ、居たぞ? そんなヤツらがいっぱい。なんで惚れた男に限って襲ってこないんだよ! 今までの苦労は何だったんだ……?
この一月、あの時からずっとだ。なにシても、カラダの甘い疼きが収まんねぇ。どんなヤリ方で発散しようとしても……アイツの声や、匂いや、目が合うだけで……耐えられなくなる。最初の一日だってそうだった。手当してもらってる間中、触られるたびに感じまくって……濡れた体を温めるために入れられた風呂で、隠れてシた……。触られる感触を思い出すだけで、今までシたどんなオナニーより……すげぇヨかった。カラダの何かが変わったのがわかった。少し怖かったけど、それで良いんだって、そうなるべきなんだって……なんでかわかった。あれから毎日毎日ヤりまくってる……。風呂で、トイレで、ひとりの時はいつも……アイツのことを想像して、疼きっぱなしのカラダを慰めてる……。
始めは切なさに耐えられなくて、アイツの"モノ"を使ってた。隠れてシャツをトイレに持ち込んで……羽織りながら匂いを嗅いだ。アイツの匂い嗅ぐと頭が溶けそうになって……バカみたいに濡れた。一人の時はアイツの枕を抱きしめて、アイツのベッドでヤリまくった。シーツがびしょ濡れになるくらい……。今はもう、アイツの"モノ"じゃ足りなくなって……アイツが寝てる間に、目の前でスるのがクセになってる……。こんなヤバイことやめないとってわかってるのに……やめられない。だって……アイツ全然起きねぇから。始めは声、我慢してたけど……今は耳元で少しだけ……喘いでる。アイツが起きて、オレがなにシてたのか問い詰めてから、襲ってくれるのを期待して……。オレ、どんどん変態みたいになってきてる……。でも全然ダメだ。どんなに気持ちよくイっても、すぐにキュンキュンキュンキュン切なくなって、アイツを求めちまう……。もう、アイツじゃないとダメなんだ。でもカラダだけじゃない。心だってちゃんと結ばれたい……恋人に。オレのこと、好きになってほしい……。
そろそろアイツが帰ってくる。
疲れてるから、何か作っておいてやらねぇと。
料理なんてまともにできねぇけど……女らしいことなんて、それくらいしかできねぇから……。