01 くさみを求めて
【夏。平日の昼下がり。人気のない公園のベンチでうたた寝する青年。その横に座って寝顔を観察する少女】
[~~…(環境音)]
あらら…起こしてしまいましたか?
おはようございます…というのも変ですね。この時間に。
改めまして、こんにちは。
お昼休みに公園のベンチでうたた寝、ですか?
あまりにも気持ち良さそうだったので、つい見入ってしまいました。
最近、めっきり暑くなってきましたね。
額に汗が浮き出てますよ? 脇もシミになってる。ふふ…
ところで…お時間の方は大丈夫ですか?
お日様の位置がちょっと傾いてますけど…
あ…やっぱり寝過ごしておられましたか。
今から全速力で走っても、午後のお勤めには間に合わなそう。
戻ったら怒られちゃいますね? ふふ…
まあ、慌てないで下さい。今更、急いだ所で遅刻に変わりはありません。
せっかくなので、もう少しお話していきませんか?
特別に時間の流れを止めますので。
【少女が指で空中にサインを描くと、周囲はシーンと静まり返る】
[シャラーン…(魔法)]
ええ、魔法です。私はこの現世の人間ではありません。
こちら側とあちら側を行き来してる…妖精、みたいな物です。
はい。妖精です。
私は貴方に用があって、ここへ参りました。
その体から放たれる男の人の芳しいニオイに誘われて…
ええ。お兄さんの臭いです。とてもくさいですよ。
時空の狭間を乗り越えて、向こうの世界までプンプンと漂ってました。
すんすん…すん…くさっ!
直に嗅ぐとすごい。何というくささでしょう。これが男の人の臭い…
単に汗ばむ季節だから、というだけではありません。
このくささは特別。すごく濃い成分が凝縮されてます。滅多にお目にかかれません。
すんは、すんは…あは~…
何で恥かしがるんですか? こんなに素晴らしい臭いだというのに…
私はこのくさみを集めるために、ここへやって来たんですよ?
ええ、そうです。この男くささが必要なんです。
お兄さんの臭いを、ぜひ私に分けて貰えませんか?
混乱なさってますね。にわかには信じられないでしょうか?
もう少し順を追って話しましょう…
私達の住むあちら側の世界…詳しくは言えませんが、仮に妖精の国としておきます。
そこは少女の姿をした妖精ばかりが住む、男子禁制の夢の世界。
女の子ばかり集まってるので、どこへ行ってもお花畑の様な良い香りで満ち溢れてるんですが…
いつもそれだと物足りなく感じる時もあるんですよね。
でも、そこに男くささが少し混ざると、香りに趣きが出てきます。
景色に変化が生じて世界に彩りが添えられると言いますか…
土や肥やしの匂いがあってこそ、花の芳しさも引き立つというものです。
しかしながら、向こうには男の方がいません。
なので、時々こちら側にやってきては臭いの元を分けて頂いてます。
男性から抽出した臭いの元は、精製されて希少価値のある品になります。
くさい臭いを周囲に漂わせる臭水(しゅうすい)とか、芳臭剤(ほうしゅうざい)とか…
これは香水や芳香剤の逆バージョンの物ですね。妖精の国では、くささは貴重なんです。
私たち妖精は、花から蜜を集めるミツバチの様に、男性からくささを集める役割を担ってる訳です。
お解かり頂けたでしょうか?
もちろんタダで、とは申しません。
臭いの元を抽出する間、殿方が悦ぶ様な…夢見心地の一時を進呈させて頂きます。
おそらく、頭の中で想像なさってる様な行為で間違いありません。ギブ&テイクです…
どうでしょう…ご協力、頂けますか?
【男、半信半疑ながらも二つ返事で承諾する】
ですよね? 今まで断られた方は一人もいらっしゃいません。
どうせ夢の中の出来事だとでも思われてるのか、誰も遠慮なさいません。
こちらもその方が都合が良いですけど…
ちょっと男の人の節操の無さに呆れる事もあります、なんて。ふふ…