【プロローグ:ある西方の挿話集より「おてんばお姫様といやし男」】
昔々、とある小さな国のお城におてんばでひねくれた性格のお姫様が住んでいました。
そのひねくれっぷりには、誰もががうんざりして、
人が集まる井戸端や街角、あらゆる場所でお姫様が話題にならない日はありませんでした。
そんなある日、一人の旅の男がやってきました。
小柄な旅の男は、「いやし」という耳慣れない仕事を生業(なりわい)にしていました。
男の言う「いやし」に、街の人々は何のことだかわからず、首を傾げるばかりでしたが、
実際に体験すると、一人、また一人と、その「いやし」の虜になっていきました。
虜になった人々はうっとりとした顔で口を揃えるように、
「体と心が信じられないくらい楽になって、気持ちよかった」と、言いました。
そんな「いやし」の噂を耳にしたお姫様は、旅の男を城に呼びつけました。
半信半疑、挑むように旅の男を試すお姫様でしたが、
男の「いやし」の技の数々に、あっという間に心を奪われてしまいました。
旅の男の「いやし」の虜になったお姫様は、
男のために城の中に住む部屋とお金を用意すると言い出しました。
初めて見る気前の良いお姫様の姿に、お付きの者は驚き、おののきました。
しかし、この有り難い申し出を旅の男は断りました。
なぜなら、旅の男には、世界中の人々に「いやし」を施すという壮大な夢があったのです。
以前のお姫様なら、無理やりにでも言うことを聞かせたでしょうが、
「いやし」を施されたお姫様は別人になっていました。
もはや、お姫様はおてんばでもひねくれてもいませんでした。
「いやし」は、お姫様自身をも変えてしまったのです。
そうして、旅の男は城の者全員に「いやし」を施し終えると、満足して、城を後にしました。
お姫様は大勢の見送りの先頭に立って、旅の男の姿が見えなくなるまで手を振って見送りました。
その顔には、初めての笑顔、素敵な笑顔が浮かんでいました。
旅の男の「いやし」は、その後もお姫様と人々の中に生き続け、笑顔が絶えることがなくなりました。
いつしか、小さな国は「いやしの国」と呼ばれるようになり、平和であり続けたそうです。