1.こんこんこんばんは・前
こんばんは。......ああ、この声、やっぱりそうだ......やった......やった。ここ、開けてください。......私は、ナガヌキ。ナ、ガ、ヌ、キ。あの時のお礼、......を、させてもらうべく馳せ参じました。......苦心しましたよ。貴方がどこの誰だかまったく分からずに、そこいら中を駆け回ってようやく......、でも、後ろ姿ですぐ分かりましたから。貴方の背中は、あの時と同じでした。あの時と......。......ここ、開けてください。早く。たっぷりどっぷりお礼させてください。今日この為に私、知略を張り巡らせたんですよ。始めは右も左もといった感じでしたが、何とか......。だからほら、早くここ、開けて。試したくてうずうずしてるんです。え?......ど、どうして?そんな、そんな。だって私、貴方に......。ほら、あの、覚えてらっしゃいませんか。私はあの時、ズタボロでした。まっすぐ歩けずに、意識も朦朧として、視界は霧がかって......、そんな私の前に貴方は......。最初は、実は怖かったです。だってだって、ひとは怖いものなのよって、母様が。私......死にたくない、やめてくださいって、叫びました。でも貴方は......そんな私に、鶏肉をくれました。嬉しかった。......思い出しました?......はい、そうです。私は、野や狐こ。正確には黒野くろや狐こ。......身体が、その、黒いので......。今は白いですが。恥ずかしながら、修業を積まぬ凡庸な狐の妖あやかしです。......なんですか、その声。......信じてませんね?むぅう。野狐はひとを化かします。たった今、化かしてます。なうです。というわけで、恩返しにやって来ました。ここ、開けてください。え、......まだ信じてくれないんですか?いや、あの、私は妖力ようりょくの弱い妖なので......、ひとたび姿を戻せば、四十八しじゅうはち時間は化けられぬのですよ。だから、その、信じてください......。お願いします。何でもしますから。ほら、危険物とかも持ってないです。ポケットの中も、ほらほら。この着物の下、何もつけてないですし。......え、どうしたの?なに、どうしたんですか。......そうですか?じゃあ何も聞きません。......あ、着物はですね、妖相手の仕立て屋がいるのです。でも、......うう、これらを買っただけで全財産なくなっちゃって......。野狐だからって舐められて、ぼったくられました。とは言え、こうしてひとの姿で貴方の前にたどり着けたので......良かった。ねえ......、......ダメ?あっ......。ちょっ、待っ......。だめ、待って、ねえ、私、まだ。あ!ありがとうございます。えへ......うれしいなぁうれしいなぁ。ではでは、小汚い踵きびすで申し訳ございませんが、お邪魔いたしますね♪うふふふ♪