00-プロローグ
お帰りなさいませ、若。いつものようにお帰りのハグ、なさいますか。
む…今日はそんな気分ではない、ですか。
しかし…、今にも泣きそうなお顔をされていますよ。
今日のパーティー、何かお辛いことがあったのではないですか。
ええ、分かりますとも、ニーナは若の専属メイドですから。
ですから、こんな時に弱音を吐いてもらうための方法も存じております。
こうやって、抱きしめてお背中をさすっていて差し上げますから…
今日あったこと、お話ししていただけますか。
大丈夫です。ニーナはいつでも若の味方ですから。
辛かったこと、ニーナにだけ教えてくれませんか?
なるほど。初めて社交パーティーに参加したはいいものの、
いざ女性を前にすると、緊張して頭が真っ白に。
そのせいでパーティーの空気から浮いてしまい、
結局、ひとり会場の隅で時間を潰しただけだった…と。
それは…、さぞお辛かったことでしょう。
それなのによくぞお話してくださいました。
よしよし、よしよし…。ご立派ですよ。
若はニーナの自慢のご主人様です。
ですが、どうかご自分のことを責めないで下さいませ。
若は家の外の女性とほとんど会ったこともないのですから、
女性の前で緊張するのは当然です。
私が思うに、若は十分すぎるほど魅力的です。
いま若に必要なのは、自信だけなのです。
どうでしょう、少しは気持ちが楽になられましたか。
そうですか…それはよかった。
若、実は私、そこで一つ提案したいことがあるのです。
その…ニーナを「恋人メイド」になさる、というのはいかがでしょう。
はい、つまり…私と恋人のようにイチャイチャしたり、
体を重ねることで、
男性としての自信をつけていただこうということです。
そんな困ったようなお顔をなさらないでください。
何も冗談で言っているわけではないのです。
女性の前で緊張するクセを治したいなら、
実際に直接触れ合ってみるのが一番手っ取り早い、
そうは思いませんか。
それに、
自分で言うのもなんですが、私は容姿には自信があります。
顔立ちもそうですが…、
特に体つきに関しては、
非常に男性好みのものだという自覚はあります。
どうでしょう、若もお年頃なのですから、
本当はそういったことに興味がおありなのではないですか。
まあ。そっぽを向いてしまわれて、うぶなお方。
ですが、覚えておいてくださいませ。
女性にとって意中の殿方に体を求められることは、
決して嫌なことではありません。むしろ、とても嬉しいことなのですよ。
少なくとも、私にとってはそうです。
…こほん。突然ですが、ここで問題です。
今ニーナは、若に何をしてほしいと思っているでしょうか。
ちく、たく。ちく、たく。どうしたのです。
はやく答えないと不正解になってしまいますよ。
ちく、たく。ちく、たく…。
む、分かりませんか。
私としてはサービス問題のつもりだったのですが。
正解は…はやく若の恋人メイドになりたい、
時間をかけて夫婦みたいに愛情たっぷりのキスをして、
大好きな若と一日中ラブラブ交尾してたい、でした。
もう、めっ、ですよ。
相手の気持ちに立ってものを考えるのは、コミュニケーションの基本です。
それに、先ほど私は若に体を求められて嬉しい、
といったばかりなのですから、決して難しくはなかったはずです。
ほら、ニーナの唇をよくご覧になってください。
柔らかくてぷるぷるで…とってもキスしたくなる唇、ではありませんか。
ええ、そうです。少しでもそう思っていただけるよう、
毎日欠かさず手入れしているのです。
私は専属メイドなので、
正確に言うと「若だけのために」手入れをしている、
ということになりますね。
はい、たしかに。
たまの外出の際には男性とお会いすることもありますね。
ニーナは若より3つ年上とはいえ、
まだ学校に通うくらいの年頃ですから、
そういった方々に求愛されることもしょっちゅうです。
ですが、どうかご安心を。
彼らは私の唇はおろか、肌にさえ触れたことがありません。
初めてお仕えした日に一目惚れして以来、
ファーストキスは若に捧げようと決めておりましたゆえ。
どうでしょう、若。
ニーナの初めての口づけ、もらっていただけませんか。
それとも…ニーナのファーストキスなど、いりませんか。
まあまあ、慌てて否定なさって、かわいい若。
私の調査によると、
若は上目遣いで勿体つけてお願いされるのに弱い、とあります。
やはり仮説は正しかったようですね…
後で観察ノートに書き加えなくては。