チャプター1 緊張するね
ごめんね~、遅くなっちゃって。
バイトが少し長引いじゃって……はあ、ほんと嫌(や)になっちゃうよ。
今日だけは、もうちょっと早めに帰りたかったのに。
……あはは。そう言ってくれると、嬉しいよ。
うん、そうだね。夜はまだ、長いもんね。
じゃあ早速、君の部屋、上がっちゃうから。
あ。エッチな本とか、隠してないよね?
あー、少し動揺したでしょ。
まあ男の子だし、そのあたりは仕方ないかもだけどさ。
今日はエッチな本のこと忘れて、私だけを意識してね。
うん、よろしい。
ではでは、お邪魔しまーす。
……わ。夜に来ると、いつもの部屋じゃないみたい。
雰囲気が違うっていうか……なんだろ。ドキドキ、するな。
いつもは気持ち良いこのベッドも……
何だか、落ち着かないような。
ねえ、もっと近くに来てよ。
恥ずかしいの? もっと、側に来てよ。
ふふ。こんなに近いと、唇、ぶつかりそうだね。
なーんて。顔、赤くなってるぞ。
もお、最初からこんな調子じゃ、先が思いやられるよ。
私だって、緊張してるんだから……。
隣、座ってよ。男の子なんでしょ。
側に来て、安心させて。
それとも、もうしちゃう?
やっぱり、まだ少し早いよね。
心の準備も出来てないし。
さっきから、胸のドキドキ、すごいんだ。
君の家に来るときも、ずっと高鳴ってた。ドクンドクンって。
でも不安なドキドキじゃなくて、嬉しいドキドキ。
君に、初めて告白された時の、甘酸っぱいドキドキに似てる。
胸が詰まったようで、少し苦しいの。
おかしい、かな。
……そっか、良かった。君も、おんなじなんだ。
私と、一緒。
一人じゃないんだ、って思うと、心強いね。安心できるんだ。
私の隣には、いつも君が寄り添ってくれる。
それに、こうして手を繋ぐと、もっと安心できるね。
温かくて、優しい手のひらの感触。
付き合い始めた頃はさ、どっちも緊張しちゃって、手を繋いでいても良く分からなかったけ
ど。
今なら、繋がっているこの感覚が、緊張や不安を無くしてくれる。
それに。嬉しいことも、悲しいことも、胸のドキドキも……全部、分かち合えるんだね。
もちろん、大好きって気持ちも。
はぁ……。優しくて、あったかい……。
前は緊張もあったけど、この優しい感触だけは、ずっと変わってないね。
私のことを、大切にしてくれてる。
告白して、手を握ってくれたのは、君からだったね。
あとは、ぜんぶ私からだけど。
えー、ほんとだって。思い返してみてよ。
いつ遊ぶのかとか、デートコースや夜の長電話……。
他には、料理の美味しいお店の場所、その日取りまで私が決めて誘ったんだよ。
あとはね~……もう、そんなに落ち込まないでよぉ。
確かに君って、奥手だけどさ。私、君のそういうところが好きなんだよ。
本当だって。ね、だから元気出して?
……もう、疑い深いなあ。私のこと、信用してる?
もぉ、すぐ慌てないの。冗談だって。
そうやって焦っちゃうところ、私は可愛いって思うな。
奥手なところも、私のことを気遣ってくれてる、真摯に想ってくれてるって分かるし。
だから強引な人よりも、謙虚な人の方が好みなんだ。
それに、慎ましやかな人だと、私の好きなふうに出来るから♪
なんて、矛盾しちゃってるね。
でも、君は何だか危なっかしくて、放っておけないんだ。
人にお節介焼いたり、お世話するの、好きだから。
もし、迷惑だったら言ってね。私、口に出してくれないと、分からないから。
鈍感、なのかな。あはは……。
だから、私のことが邪魔だったら――んっ。
手のひら、ぎゅって……。
ありがと。私、何言ってるんだろ。
優しくて、あったかい……。
ありがと。心配、かけちゃったね。
普段は強気なんだけど……うーん。ほんとはか弱い乙女だったり?
もーっ、何で笑うの。私、こんな性格だけど母性に溢れてるんだぞ。
どこか分かる?
ほら、こっち向いて。
ね? 分かるでしょ。
……あ、嘘つくんだ。目の動きで、バレバレなんだけど?
君の視線、私のおっぱいばかり見てる。
ほら、動揺した。
必死に逸らそうとしても、無意識の内にちらって盗み見てるんだよ。
エッチだな~、君は。
そういう部分まで、ムッツリなんだ。
ふふ、からかってごめんね。
でも、さっき……私の手をぎゅぅって握ってくれたのは、ほんとに嬉しかったよ。
この際だから言っちゃうけど、ただ奥手なだけなら、私も不安になっちゃうけど。
君は、それだけじゃない。本当は、とっても強い心を持ってる。
そういう部分に、惹かれたんだ。大好きって思えた。
ねえ。初めて会った時のこと、憶えてる?
ちょうど、三年前かな。
大学生になって、入学式が終わったあと。
たぶん、サークル勧誘に来た先輩だったのかな。
怖い男の人が数人寄って来て、ナンパされて困ってる私を、君が助けてくれたんだよ。
少し震えてたけど、大きな声で叫んでくれた。
でも、男の人たちは引かなくて。
そしたら君、私の手を掴んで、一緒に走り出したんだよ。
そして、人混みの中に紛れて、また走って……。
きっと、君も怖かったんだよね。でも、見ず知らずの私を、助けてくれた。
その優しさと、ほんとは芯が強いところに、きゅんってきたんだ。
うん、好きになったの。(恥ずかし気に囁く)
だから、私の方から想いを打ち明けようと思ったんだけど……。
大事なところは、やっぱり君に取られちゃった。
あの時も、声、震えてたよね。
でも、一生懸命で……嬉しかったな。
だから、今日はそのお礼。というか、仕返し?
不思議そうな顔だね。だって、大事なことはいつも君から言うでしょ。
たまには私から、そういうの言ってみたかったんだ。
ふふ。私が何を言いたいか、分かる?
うん。確かに今日は、君と初めて過ごす夜だね。
でも、もう一つあるんだけどなあ。
えー、ヒント? ヒントは、もう出してるよ。
ますます分からないって顔だね。
正解、言っちゃおうかな。どうしようかな~……。
――あ、気付いたみたいだね。
良かったぁ~。思い出せなかったら、ちょっと悲しかったかも。
それでさ、ちゃんと言葉に出して、教えて。
そう、大正解!
あはは、嬉しくて抱きついちゃった。
はぁ……何だか、感慨深いね。今日で、『ちょうど』なんだね。
君と出会って、三年目。今日は、その記念日なんだよ。(嬉しい声音で囁く)
うーん、何で三年目かって訊かれても……。
一年だと短いし、かといっても二年目も中途半端だし。
だから、三年目なのかな。それに、そういう歌もあるんだよ。
知ってた? 今の私たちに、ぴったりなんだ。
付き合い始めて、三年目……。
これから先も、君と一緒の時間を重ねたいな……。
次の記念日は、六年目にしよっか。
なーんて、気が早すぎたかな。
まずは、今日という時間を大切にしなくちゃ、だよね。
今日まで、君は私の側にいてくれた。守ってくれた。
感謝、してるんだよ。
だから、ってわけでもないけどさ。
今日の夜は、君に少しでもその気持ちが伝わればいいな。
もちろん、嫌々やってるわけじゃないよ。
私だって、君にそういうこと、してほしいから。
……なに、その顔。私のこと、エッチな子だと思った?
もう、失礼だなぁ。
つまり、そのぉ……。
言葉だけじゃ物足りないっていうか、不安っていうか……。私の身体に触れて、愛されてる、
って実感したいの……。
また私の方から言わせて……この鈍感っ。
そりゃ、手を繋いだり、き、キスはしたけど……。
他のところに、触ってくれないじゃん。
だから、興味ないのかなって……。
私に触らない分、他の女の子で妄想したり、お、オナニーしたり……。
そういうの、嫌で……いつ愛してくれるのかなって、ずっと想ってた。
いくら奥手でも、三年は……え。
結婚? 卒業してから、そのつもりだったの?
もう、真面目だな……君は。
でも、嬉しい。そこまで大切に、想ってくれてたんだ。
だけど、今日は特別だから。君も、我慢しなくていいよ。
私の身体、好きなんでしょ。今日だけじゃなくて、いつも、視線感じてたよ。
特に、このおっぱいとか。
今までの私たちは、どっちかと言えば友達みたいな関係だったけど。
今日からは、本当の恋人だよ。もちろん、私はずっとそう思ってたけど。
……そっか。同じ気持ちだったんだね。
私も、君に触りたいって思ってた。愛し合いたかったよ。
もう、我慢する必要はないから。
三年目の記念日、だからね。
君の好きなように、私を愛して。