「出会い。」
(少し離れたところから呼びかけるように)
そこでなにをしているっ。
なんのつもりでここへ来たっ。
(意識の無い子供だったことに気づいて、一人つぶやくように)
なんと……わらべであったか……。
意識もない、なぜ斯様(かよう)な場所へ……。
ここはわらべ一人で来れるような場所ではないはずじゃが……。
ましてこの恰好…………ふむ……仕方あるまい、連れ帰ってみるとするか……。
人間と一時を過ごしてみるのも、また一興じゃ……。
(--------------場面転換---------------)
(翌日、横たわる少年を見下ろしながら語りかける)
起きたか。
(少年「あ、あなたは……?それにここは一体……?」)
わらわは空狐、あやかしじゃ。
そしてここはわらわの住処のようなものじゃ。
お主はなんと言う。
(少年「名は……ありません……。」)
名が無いと……? なぜ?
(少年:「暮らしていた家では誰も僕の名前を呼んでくれることはありませんでした、だから、昔かあさまに貰った名は忘れてしまったのです……ごめんなさい……。」)
(少し厳しく)
……名を忘れるとは、度し難いことじゃ。
名とはその者にとって自分自身の目印であり、最も重要な物なのじゃぞ。
ふぅ……まぁよい、それではここに来るまでのことは何か覚えておるか?
(少年「村の食べ物がなくなったのでお前は邪魔だと言われ、追い出されました。行くところもないので、食べるものがあればとこの山に入りました……入った後のことはあまり覚えていません……ごめんなさい……。」)
そうか…………。
お主は昨日、この山の中腹で倒れておった。
昨夜は大雨であったからな、もう少しあのままであれば、死んでいたとしてもおかしくはなかったじゃろう。
(少年「あ、あの……ありがとうございます……。」)
……よい、感謝されるために助けた訳ではないからな……。
しかし、この山は人の子が安易に立ち入ってよい場所ではない、ましてお主のような童では命を捨てることに等しい。
二度とこのような真似はしないことじゃ。
(少年「ご、ごめんなさい……。」)
さて、これからのことじゃがお主はどうする心づもりじゃ?
(少年「山を降りて……仕事を貰える家を探します……。」)
お主の居た村全体に食べ物がなかったのじゃろう? であれば、山を降りたとてお主の足で行ける距離では、どこへ行っても変わらないであろうな。
ふむ、仕方があるまい、名もなきわらべよ……束の間(つかのま)、ここにおることを許そう。
(少年「え……そんな、よいのですか……?」)
構わぬ、その代わりお主にも役目を与えるゆえ、しっかり果たすようにの。
わかったか?
(少年「ありがとうございます……迷惑を掛けて、ごめんなさい……。」)
ふふ……まずはその"ごめんなさい"といちいち口にするのを直すところからじゃな……。
(--------------場面転換---------------)
さて、お主の役目じゃが、この家のことをやってもらおうと思っておる。
うむ、この家は広いからな、すべての部屋の面倒見てやることはできておらん。
まずは掃除と洗濯から教えるが、やり方はわかるか?
(少年「前住んでいたところでやっていました」)
そうか、では付いて来るが良い。
--------------場面転換---------------
着物を洗うにはこの川使うのが良いじゃろう。
ただしわらわには必要がないからな、詳しいことをお主に教えてやることはできん。
じゃから、お主がやり方を知っておって良かった。
(少年「なぜ洗う必要がないのですか?」)
ん……それは"わらわ"が"わらわ"だからじゃ、あまりお主が気にすることではない。
さ、次へゆくぞ。
(--------------場面転換---------------)
よし、ここが今日からお主の暮らす部屋じゃ、まずはこの部屋から掃除をすると良いじゃろう。
(少年「先程までいた部屋は……?」)
お主が目覚めた部屋か?
あれはわらわの部屋じゃ、普段は人を入れることなどありえん、特別じゃ。
ふふ、まぁあまり気にするな、此度はその必要があったから入れたまでじゃ。
部屋にもそれぞれ役目があるからの。
他にも部屋があるが、大半は埃をかぶっておる。
お主にはそれらの掃除も頼む。
なに、少しずつ綺麗にしていってくれれば良い。
さて、他になにか……あぁそうか、人の子には食事が必要であったな。
一応炊事場はあるが使っておらぬからな、自分の部屋の掃除の後はそちらを優先するのが良かろう。
炊事はできるか?
(少年:「はい……できます」)
ふむ、ならばよい。
食料についてはあてがあるゆえ、気にするな。
さて、次はお主のその恰好じゃな。
ついてまいれ。
(--------------場面転換---------------)
ん……確かこのあたりに……うむあったあった。
よし、お主これを着てみよ。
(少年着替え)
ふふっ……似合っているではないか。
今日からはそれを使え、大切にするのじゃぞ。
あとそれから、お主のことじゃが…………今日からソラと呼ぶこととする。
今度はくれぐれも、忘れぬようにな。