白萩編 第四章「選んだものは」
その日は朝から不安しかなかった。
両親も姉も私をあからさまに避け、お祭りの準備にでかけた。
お祭りは明日。もちろん準備はあるだろう。
でもなんか変だ。
誰もいなくなった家の中を見渡した。
こんなに広かったかな。
寒い、寒いよ。
心が震えた。
そして終わりを告げる悪魔がやってきた。
悪魔は私に告げた。
「お前は祭のイケニエだ。」
「お前がイケニエになることで村が救われる。」
「祭は明日。今日は好きにするがいい。」
私の返答を待たずに帰っていった。
イケニエってなんだろう。
わからないけど、ここは寒い。
白梅ちゃんのところに行かなきゃ。
神社に近づくにつれ、冷静になってきた。
冷静になるにつれ、怖くて涙が止まらなくなった。
白梅「ハギ…?どうしたのじゃ?」
白萩「白梅ちゃん…」
白梅ちゃんだけは優しいんだね。
白萩「白梅ちゃん…私…私、イケニエなんだって…」
白梅「イケ、ニエ…」
イケニエと口に出したことで恐怖が襲ってきた。
こんなに現実感ないのに、頭は現実だと理解してしまってる。
白萩「死にたくないよぉ…」
白梅「ハギ…」
死にたくない。
私の人生はなんだったんだろう。
孤独な人生。
支えてくれたお姉ちゃんはもういない。
親友になった白梅ちゃんともお別れになっちゃうのかな。
いやだ、いやだよ…
すがりつくように白梅ちゃんを見た。
それは何かを決心した表情に見えた。
白梅「ずっと孤独で、最後はイケニエになる。忌まわしき村の掟じゃ。
こんなこと、許されるハズないのじゃ。
ハギ、わしの昔話を聞いてくれぬか。」
白萩「昔…話…?」
白梅「そうじゃ。わしが人間だった頃の話…もう100年も前じゃ。
わしは一人っ子じゃったが、生まれた頃から親の愛情を受けずに育った。
不憫に思った隣の家のばあやが世話をしてくれての。
この言葉遣いもばあやを真似して覚えたのじゃ。
わしが14になったころ、今と同じように祭をやることになった。」
白萩「おまつり…」
白梅「気づいたようじゃな。
そう、その時のイケニエがわしじゃ。
イケニエに選ばれる家は決まっておるようでの。
わしがイケニエになるとわかっておったから、親は見捨てたのじゃろうな。」
白萩「白梅ちゃんも、私と同じだったってこと…?」
白梅「そうじゃな。」
白萩「そっか…」
白梅ちゃんと気が合ったのは、お互いの悲しみを分かり合えてたからなのかもしれない。
白梅「イケニエとして祀られた時のことは覚えてないのじゃが、気付いたらこの姿で神社に寝ておった。
どうにも村の衆にはわしの姿が見えないようでの、それから100年、自由気ままに生きてきたのじゃ、ははは。」
白萩「白梅ちゃん…でもその100年は、ずっと一人だったんだよね。」
白梅「まぁ、そうともいうのじゃ。ハギやツバキに見えておるのは、イケニエの可能性があるからなのかもしれぬな。」
私の家がイケニエに選ばれる家。
だとしたらイケニエ候補は私とお姉ちゃん。
お姉ちゃんが冷たくなったのは数ヶ月前…そういえばあの日はお姉ちゃんとお父さんが言い争いをしていた気がする。
白萩「お姉ちゃん…そっか、お姉ちゃんが冷たくなったのは私がイケニエだと知ったから…」
白梅「そうじゃろうな。仲が良ければ良いほど、別れもつらいのじゃ。」
白萩「よかった…嫌われたんじゃなかったんだ。」
大好きで優しいお姉ちゃんは、きっとまだいる。
そうわかっただけで少し安心できた。
白梅「ハギには2つの選択肢がある。
このままイケニエになること。
わしのように狐となり、村の誰からも気付いてもらえなくなる。
イケニエの可能性がなくなったツバキからも。」
白萩「お姉ちゃん…。でも白梅ちゃんには見えるんだよね?」
白梅「狐同士なら見えるじゃろうな。
そしてもう一つ。
イケニエの儀式をやめさせることじゃ。」
白萩「やめさせる?そんなことできるの?」
白梅「狐になってから多少じゃが天候を操れるようになっての。
神のフリをして『イケニエをやめろ』と脅せば儀式もなくなるじゃろう。
イケニエでなくなれば、きっとツバキとも仲直りできるのじゃ。」
白萩「お姉ちゃんと仲直り…したいな。でも…」
白梅「でも?」
白萩「白梅ちゃん言ったよね?
村の人に白梅ちゃんの姿は見えない。
見えるのはイケニエの可能性があるからだって。
じゃあ、イケニエの儀式がなくなったら…」
白梅「ハギもツバキもイケニエではなくなる。わしは見えなくなるじゃろうな。」
白萩「そんな…」
白梅「わしはハギには幸せになってほしいのじゃ。
わしのように孤独に生きることはないのじゃ。」
白萩「白梅ちゃん…ありがとう。」
白梅「さあ、時間もあまりない、決めるのじゃ。」
白萩「うん。私はね…」
白椿「白萩!大丈夫!?」
白萩「ちょっとコケただけだよ、大丈夫。」
お祭りが終わった。白梅ちゃんのおかげでイケニエの儀式はなくなった。
呆然と立ち尽くす私をお姉ちゃんは抱きしめてくれた。
たくさん、たくさん謝りながら。
それからいろんな話をした。
イケニエの話。白梅ちゃんの話。夕日が見える西の高台。
お姉ちゃんは泣きながら微笑んで話を聞いてくれた。
今までを埋めるように、今日はあの神社に二人で行くことになっていた。
白椿「白梅さま、か。白萩を助けてくれたお礼したかったな。」
白梅ちゃんは見えなくなったけど、きっとどこかで見守ってくれている。
だからこれ、食べてくれるよね?
白椿「それは?」
白萩「これはね、白梅ちゃんが大好きなおいなりさん!」
秋風は優しく私達をなでていった。