Track 1

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蝶「なんじゃ? ワシなんかを見おって」 蝶「風鈴館の戸口はここではないぞ……それにまだ客を取る時ではないがの」 蝶「ふむ……」 蝶「そうか、戸が開かなくてここへきおったか」 蝶「見ていてもつまらぬだろ?」 蝶「どうせならワシと遊んではくれぬか?」 蝶「見ての通り鞠つきじゃ、鞠つきはしらぬか? ならひとつ見せてやろうかの」 蝶「あんたがたどこさ 肥後さ」 蝶「肥後どこさ 熊本さ」 蝶「熊本どこさ 船場さ 」 蝶「船場山には狸がおってさ」 蝶「それを猟師が鉄砲で撃ってさ」 蝶「煮てさ 焼いてさ 食ってさ」 蝶「それを木の葉でちょいとかぶせ」 蝶「こんな感じで鞠をつくのじゃが……うむ、一緒に同じように歌いながら鞠をつくのもよいが、それだと少しものたりぬな」 蝶「歌い終わるまでに順番に鞠を送り合う遊びなんてどうかの?」 蝶「ほれ、近くへこい、歌はワシが歌ってやろう」 蝶「初めてでも何とかなるだろ。ゆくぞ……」 蝶「あんたがたどこさ 肥後さ」 蝶「肥後どこさ 熊本さ」 蝶「熊本どこさ 船場さ」 蝶「船場山には狸がおってさ」 蝶「それを猟師が鉄砲で撃ってさ」 蝶「煮てさ 焼いてさ 食ってさ」 蝶「それを木の葉でちょいとかぶせ」 蝶「ほう、やるではないか!」 蝶「ククッ、愉快じゃ、お主からは面白い匂いがするぞ」 蝶「のう? まだ時間もあるのかの? もう少しワシに付き合え」 蝶「特別じゃ。お主を風鈴館に招き入れてやろう」 蝶「どれ……」 蝶「今の時間は受付番がおらんからの、ワシがかわりに受付をしてやる」 蝶「さて……、風鈴館へよくきたな」 蝶「ん? 何をしておる? 立ってないで、ここに記帳をせぬか」 蝶「まだ名乗ってなかったな」 蝶「ワシの名は蝶(かわひらこ)。今日、お主の相手はワシがしてやろう」 蝶「……なんじゃ、この容姿に怖気づいてしまったか? まぁ見た目だけは童だからの……」 蝶「じゃがお主が気にする必要はないぞ? ワシはここの誰よりも、風鈴館には長くいるからの……。キシシッ」 蝶「……容姿に油断しておると、あとで痛い目を見るやもしれんぞ」 蝶「ククッ冗談じゃ、手が止まっておるぞ」 蝶「こらこら、慌てるでない、ゆっくり丁寧にかかぬか」 蝶「焦っていては綺麗な字も汚くなるぞ」 蝶「ところでお主よ、風鈴館のことをどこまで知っておる?」 蝶「いやの、受付に立ったからにはワシも仕事をせねばと思うてな、まぁ聞け」 蝶「お主のような客が来る度に受付交代するのが、この風鈴館の仕来りでな」 蝶「今はワシが受付をしたからの、ワシがお主を部屋へと連れていき、他の者が受付を変わる仕組みという訳じゃ」 蝶「とはいえ、さっきも言った通り風鈴館は今の時間はまだ開いていないのでな、変わりになる者はおらぬ」 蝶「どれ、ちょうど書き終わったかの」 蝶「うむ。よい名じゃ……。それに、綺麗にかけているではないか」 蝶「ほれ……こっちへこい」 蝶「履物を預かってやろう」 蝶「これを……受け取れ」 蝶「なんじゃ下手くそじゃの……ワシは預かるのはどうも苦手での、木札はお主に預けるぞ」 蝶「アの壱じゃ、一番いい場所に入れといてやったからの、大事に持っておれ」 蝶「今は誰も来ぬからな、代わりの受付は呼ばぬ」 蝶「ほれ、ついてこい。少し歩くぞ」 蝶「外が明るい分、ここは余計に暗くていかんな」 蝶「慣れてるとはいえ、恥はかけんからのぉ。どうじゃ、お主ひとつワシの願いを聞いてくれぬか?」 蝶「なぁに、簡単なことよ。お主の手を握るだけじゃ」 蝶「さすがに二人とも一緒に転ぶ、といった愉快なことが起こることもあるまいて」 蝶「ククッ、それはそれで楽し気ではあるがの……うむ、助かる」 蝶「ここから二階にあがるぞ」 蝶「これこれ、あせるな、ワシはこの通りお主より足が短いからの、ゆっくり……ゆっくり、の?」 蝶「ほれ……」 蝶「なんじゃ、こう寄り添われた方がお主は好みと思うてな」 蝶「こんな童の身体でも、頼られとると嬉しいのではないか?」 蝶「クククッ……いや、すまんすまん」 蝶「笑ってしまった礼じゃ、部屋につくまでこうしておいてやる」 蝶「お主も、そっちの方が、嬉しかろ? くくく……」 蝶「ついたぞ」 蝶「広い部屋じゃが気にするな、入れ」 蝶「よい景色じゃろ?」 蝶「ここの大窓は雨でも降らん限り、ずっとあけておるからの」 蝶「ちょうど目の前に枝垂桜の樹頭が見えるじゃろ? 桜の花が一望でき見事なものであろう」 蝶「こんな離れたところで見ていては少し勿体ないのぅ」 蝶「ほれ、行くぞ」 蝶「なんじゃ広縁がめずらしいのか?」 蝶「風鈴館はこれでも旅館なのだがな」 蝶「お主も座れ」 蝶「せっかくこんないい場所を用意したんじゃ、一杯くらい飲んでやらんとこの桜も機嫌を損ねてしまうぞ」 蝶「眺めて楽しむでも、褒めてやるでも、ため息の一つでもついてやるといい」 蝶「どうした? 酒はいかんか? なに、こんなものただの水じゃろうに」 蝶「ほれ見ろ、酒に花びらが落ちたぞ。これが真の桜酒じゃ」

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