夜町星蘭の秘めごとII
09. 夜町星蘭の秘め事Ⅱ
○深夜のサロン内《視点:星蘭》
<状況>
桔梗が自室に戻った後。
残業を抜け出してきた教師の一華が、
施術を受けるためにサロンを訪れてきた。
(星蘭)
おっ、一華ちゃんいらっしゃーい。
今日のお仕事は終わりかい?
(一華)
そんなわけないだろう。絶賛残業中だ。
(星蘭)
ふふっ、だろうねー。
まぁまぁ、残業には休憩も大事ってことで、
立ってないで座ったらどうだい?
一華せ・ん・せ♡
(一華)
……はぁ、で、サロンの方はどうだ?
(星蘭)
んー、そうだねぇ。
新人の夢亜ちゃんは、
ボクと違って真面目でいい子だね。
いやぁ、人手が増えて助かるよー。
(一華)
そうか。宵坂はどうだ?
(星蘭)
んー、月乃ちゃんかい?
そうだね、最近は仲の良い後輩ができて、
前よりも少し、楽しそうに見えるよ。
まぁ、何かを抱えてるのは、
変わらないみたいだけど。
(一華)
……そうか、次期チーフは宵坂に任せるんだろう?
(星蘭)
んー、そうだね。
ボクが引退したら、
チーフは月乃ちゃんに任せるのが自然だろうし。
……その時は、話しても良いかい?
サロンに隠された、秘密のこと。
(一華)
それは任せる。
このサロンは、生徒主体のものだからな。
(星蘭)
ふふっ、じゃあ遠慮なく☆
本来、裏顧問の先生だけに伝わる秘密なんだってね?
(一華)
そうだな。言い当てられた時は驚いた。
(星蘭)
ふっふっふー。
ボクの頭脳と情報網を駆使すれば、
真実にたどり着くのは簡単だったさ☆
ってか、下着姿での施術が伝統とか、
普通にツッコミどころしかなかったしー?
ふふっ☆
▽神妙な声色になって。
……蜜月の灯り、ね。
かつて恋人たちが逢瀬を重ねた、寄宿舎の隠し部屋。
下着姿のエステサロンを謳ったのも、
最初はカモフラージュだったんだろうね。
今でこそ、学園内での恋愛は普通になったけど、
昔は厳しかったんでしょ?
(一華)
まぁ、そうだな。
(星蘭)
ふふっ、だろうねー。
今はエステサロンの方が本質になったけど、
ボクらの先輩たちが残した、
『蜜月の灯り』って場所と意味は、生き続けてる。
月乃ちゃんや夢亜ちゃんが抱えてる、悩みの本質は、
残念だけど薄っすらとしか分からない。
だけど、もしこの場所で想いが叶うなら。
二人には、心から笑えるようになって欲しいな。
(一華)
……。
(星蘭)
って、どうしたのさ一華ちゃん?
急に黙り込んじゃって?
(一華)
お前は、どうなんだ?
(星蘭)
▽飄々とした様子で。
え、ボクかい?
ふっふっふ、この夜町星蘭が、
色恋沙汰に溺れるとでも?
(一華)
夜町、私は真面目な話をしてるんだぞ?
(星蘭)
▽素の声色になって。
……っ。
はぁ、やれやれ。
一華ちゃんには敵わないね。
……ボクの家のこと、知ってるでしょ?
ボクの将来は、生まれた時から決まってる。
カルミア学園はね、夜町家の子女が代々、
花嫁修行に使ってきた学校なのさ。
そして、大学を出て、大人になったら……。
顔も知らない許嫁と、結婚させられる。
▽自嘲するように。
ボクは一人娘だからねー。
逃げ場なんて、物心付いた時から、どこにもなかったよ。
(一華)
それで、お前は良いのか?
(星蘭)
……良いも何も、ボクに選ぶ権利はないからね。
だけど、この学園で過ごしてる間だけは、
本当のボクでいられたと思えるよ。
卒業した後も、きっとこの気持ちは変わらない。
……あの日。
手を引いてくれてありがとね、一華先生。
(一華)
……そうか。
(星蘭)
▽いつもの調子に戻って。
はいはーいっ!
そこ、暗い顔しなーいっ。
まだ一学期も終わってないんだしさ☆
それに、お仕事も残ってるんでしょ?
教頭先生に見つかる前に、
ささっとマッサージしちゃうから、横になりなよ?
(一華)
……分かった。何かあれば言うんだぞ、夜町。
(星蘭)
あー、はいはい。
そんなに心配してくれるなら、
ボクのこと攫ってもいいんだよ?
(一華)
……。
(星蘭)
ふふっ、なんちゃって☆
そんな真顔にならないでよー☆
んじゃ、施術の準備するねー☆
▽切実な声で。
そうやってボクは、今宵も笑顔を取り繕う。
本当は、今すぐにでも貴女への気持ちを伝えたい。
あの家から、ボクを連れ去って欲しい。
けど、そんな我儘、言えるわけないじゃないか。
ボクと違って、一華ちゃんの未来には、たくさんの可能性がある。
ボクの身勝手で、その芽を摘むなんて……出来っこない。
だからね、お願い、一華ちゃん。
貴女の隣で過ごす、最後の季節を。
一生忘れられない思い出にしてね?