パート1
見かけない方、ですね。
あら、ずいぶんと、濡れてますね。雨、急に降ってきたから……。ああ、私も人の事言える状態じゃないけれど……くすくす。
ん? ああ、さっきの? あなたのような若い人、こんな田舎には、他に居ないもの。
この付近に住んでいるのはお爺ちゃんとか、おばあちゃんくらいなものよ。
あなた、余所の人なのでしょう? ここって……あなたの親戚が居たりするの? ……あ、違うんだ? ふぅん……。
伝承や言い伝えの調査をしている、か……。珍しいね。 わざわざ調べものする為に、こんな田舎まで来るなんて。
そうね……、このあたりで伝承みたいなのっていえば……ちょうど、こんな感じの天気だし、狐に化かされたりするかもよ。
ほら、天気雨ってやつじゃない? 狐の嫁入りなんかが有名なんだけど……ああ、そんな事は当然知ってます。って感じよね。
そんなにガッカリしなくても、この土地のお話だって少しは時間つぶしには使えるかもよ。
【昔話】
昔々、ちょうどこんな雨の日。当時はこの辺りも深い森の中だったころ。
里へと向かう行商の男が、偶然にも子狐の住みか近くで雨宿りをしていたらしい。
その行商は子狐に気づき、お稲荷をひとつ分け与えたのだという。
子狐はすっかりその行商のことが気に入り、好きになったそうだ。
行商が去った後、子狐はなんとか自分の気持ちを伝えたいと願い、成長したころには人間に化けることができるようになったのだとか。
それから長い間……狐は行商がまた同じ道を通るのをずっと待ち続け、
……っとその前に、そういえば……自己紹介がまだだったわね。私の名前は、前藻玉(まえも たま)よろしくね。
ん? どこかで聞いたことがあるような名前? そんなに珍しい名前では無いと思うけれど……。
そうね、まぁ……タマなんて、ペットの猫につけるような名前だし、最近の若い人ではあまり居ないのかもね。
個人的には覚えやすくて、結構気に入ってたりするのだけれど……。あなたもそう思う? そ、ありがとう。
くしゅん! ……んんっ。このままじゃ風邪をひきそうね……。
ねぇ、あなた。……少し、向こうを向いててもらえる? うん、こっちを見ないでね……。
ん、っしょっと。
んっ、んん……。
ふぅ……。で、……何であなたは当然のように、こっちを見てるのかなぁ?
もう! 向こう向いててって、言ったのに……。