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序章「夭逝の報」

◆序章 「夭逝の報」  とある町に建っている、小さくもしっかりとした佇まいの家屋があ  った。  或る男が、マントに包まれた剣を持ち、その家屋の前に立っている。  この家屋に住む、或る女性を訪ねに――  その荷物と、遺された『言葉』を伝えるために―― 【男】 「……」 【男】 「すぅ……、ふーっ」 【男】 「んっ、ん゛ん゛っ! ……よし」  木造の扉を叩く。 【男】 「すみませーん!」 【セシリア】 「――あっ。はーい! いま開けまーす」  数瞬遅れて、家屋の中から声が返ってきた。  軽快な足音を扉越しに聞いていると、扉がゆっくりと開かれる。 【セシリア】 「こんにちはー」  長髪の温厚な雰囲気をふんだんに纏った女性が現れた。 【セシリア】 「……、どちら様でしょうか?」  見覚えのない顔立ちに一瞬きょとんとしていた女性。  俺はそんな彼女の警戒心を助長させまいと、反復練習していた台詞  を読み上げる。 【男】 「どうも、初めまして。こちらが、勇者殿と僧侶様のご自宅でよろし  かったでしょうか?」 【セシリア】 「あ……どうも、はじめまして……。はい、そうです。ここが、勇者  様のご自宅です」 【セシリア】 「私の家ではありませんが……。あ、私が、その僧侶のセシリアとい  う者です」 【セシリア】 「……もしかして、勇者様に御用でしょうか? お生憎様ですが、勇  者様は、いま家を空けておりまして……」 【男】 「いえ、御用があったのは勇者殿へではありません」 【男】 「僧侶様、……貴女に御用があって参りました」 【セシリア】 「えっ? あ、そうですか……」  目を伏せる。  少しだけ考える仕草を見せると、ゆっくりと顔を上げた。 【セシリア】 「私に御用……ということは、教えを乞いに入らしたのですかっ?  へぇー、今どき珍しい、敬虔な信者様ですねぇ」 【セシリア】 「いいですよ? それでは、ここではなんですので教会のほうに――」 【男】 「い、いえ、違います!」 【男】 「私はそういった御用でここに来たのではありません!」 【セシリア】 「……違うのですか?」 【セシリア】 「……、そうですか。ごめんなさい、少し先走ってしまいましたね」 【セシリア】 「……私に御用がある、でしたか。どういった御用件でしょうか?」 【男】 「……これを、貴女に渡すために」  脇に抱えていた荷物を、恭しく彼女に差し出す。 【セシリア】 「……? これを、私に……? はぁ……、一体なん――っっ!?」  彼女の顔が驚愕に歪む。 【男】 「貴女に、お渡しするようにと仰せつかっております」 【セシリア】 「え……。私にお渡しするように、って……え? っ、だっ、……  だってこれは……あの、まさか――!」 【男】 「……はい」  狼狽える彼女を諭すように、頷いた。 【セシリア】 「……いやっ、そんなはずがありませんっ。なにかの、間違いでしょ  う。……これは……、この、剣は……」 【男】 「……」 【セシリア】 「……あぁ、そういうことですかっ! 勇者様が道に忘れて行ったの  ですねっ」 【セシリア】 「全く、あのお方は……。そそっかしいと言いますか、ざっくばらん  と言いますか……」 【セシリア】 「せっかく女神様から頂いた剣だというのに、手元から離れるような  ことするだなんて……。本当、いい加減なお人です」 【男】 「……僧侶様」 【セシリア】 「……ありがとうございます。これは、私が預かっておきます。勇者  様が帰ってこられた際には、こっ酷く叱っておきますので」  剣へ伸ばした手が震えていた。 【男】 「僧侶様」 【セシリア】 「あぁ、大丈夫ですよっ。心配しないでください」 【セシリア】 「勇者様はお強い方ですから、剣一つ失っても傷一つ作らず、無事…  …帰ってきますから」 【セシリア】 「……それにしても、この度の勇者様はおっちょこちょいですね。剣  だけでなく、盾までお忘れになるだなんて」 【セシリア】 「一体、どうやってそのお体を守るおつもりなんでしょう? 愛用の  マントまで忘れるだなんて――」 【男】 「僧侶様!!」 【セシリア】 「――っっ! 嫌です!!! 聞きたくありませんっ!!!」  頭を振る彼女の肩を掴み、視点を定まらせる。 【男】 「勇者殿は――!」  絶望を拒絶する目をしっかりと見据え、言い放つ。 【男】 「――……亡くなりました」 【セシリア】 「――っ!!!」  勇者の遺品が僧侶の手から滑り落ちた。 【セシリア】 「いい加減なことを言わないでくださいっ!!」 【セシリア】 「勇者様が……亡くなった……? そんなわけがないでしょう。勇者  様は、女神様の御加護を受けているのです!」 【セシリア】 「女神様の御加護を受けた者は、決して朽ちることは許されません。  志半ばでお倒れになっても、その御身は決して……!」 【セシリア】 「――ッ! 屍になどなりません!!」 【セシリア】 「たとえ……! たとえ燃やされようとも、奈落の底に落とされよう  ともっ、御加護がある限り勇者様は……何度でも……何度でも!」 【セシリア】 「生きて……帰って来られます!」 【セシリア】 「いい加減なことを仰って、私を錯乱させようとしても無駄です!  勇者様が……亡くなられることなんて……絶対に、有り得」 【男】 「勇者殿は、既に引退しておられました」 【セシリア】 「……」  彼女の口は、わなわなと動くだけ。  この一言が、どれだけの意味を持つのか。  彼女は嫌というほど自覚しているだろう。 【男】 「定年を迎えられて……、ご隠居していらしたのでしょう?」 【セシリア】 「……そ、そうです。勇者様は、定年を迎えられて……ご隠居してい  らしていました……」 【男】 「定年を迎えられた勇者に、女神様の御加護は与えられない」 【男】 「新たな勇者に、女神様の御加護は移る。……そうでしたよね?」 【セシリア】 「っ……た、たとえ定年を迎えられたとしても! ……女神様の御加  護が与えられなくなったとしても!」 【セシリア】 「それでも、勇者様は勇者様です!」  ……苦しい。  それはとても、苦しい言い訳だ。 【セシリア】 「ご隠居してからも、日々鍛錬は怠らず……、たとえっ、御加護が無  かろうとも! 勇者様はっ、お強い勇者様です!」 【セシリア】 「……お強いのです……。亡くなられたなんて……そんなの、きっと  ……何かの間違いです……」 【男】 「……その涙も、何かの間違いですか?」 【セシリア】 「え……」 【男】 「その涙は……、勇者殿に向けられたものではないのですか?」 【セシリア】 「……ちが、……違います。これは……、この、涙は……ちが……っ」  もう、いいだろう。  素直に認めてしまえばいい。  彼の死を。  己が悲しみを。  うら悲しいままじゃ、流す涙が無駄になってしまう。  せめて、何の意味を持ち、誰に向けての涙なのかくらい決めてやっ  ても罪はないだろう。 【男】 「……」 【セシリア】 「っ、ぁ……。ぅ……ぅぁ……ぁぁぁっ……」 【セシリア】 「ぅっ……ぁぁぁぁっ……! 勇者様ぁ……っ! ゆうしゃ……っ、  さま……っ!!」  寂れた町に、一人の女性の泣き声が響き渡る。  今日、この町の強者が一人、亡くなった。

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