帰ってきたイトコ
久しぶり…前に会ってから、十年になるわ。
ミズエよ、君のイトコの白澄(しろすみ)ミズエ…忘れてないはずだわ。
私は覚えているもの。
うん…君の部屋、変わってない。
匂いもくんくん…
窓から入る光、それがくれる空気の色も…時計の音も…
昔はよくここで君と遊んだ、けど…ん? 久しぶりにイトコとあったのに、感動が薄いわ…外国式に、美しく成長した私からのハグ&キスでもないと、いけない?
何年会わなくっても、イトコだし、一緒に過ごした時間の貴さは変わらない。
思い出して…
夏の道はセミの声であふれていたわ。
秋、道を転がる枯葉はこそばゆい。
冬、一番を争って踏みしめた新雪。
春、君が追ってくる背中。
そんな全部が今の私をつくってる。
私はまたあえて、嬉しい。
君も嬉しいって言いなさい。
…ん、それでいい。
私の十年間…あれから、ほとんど外国を転々としてたけど、日本語はお母さんがずっと話してたし、大丈夫…流ちょうなものよ。
そう、日本で私の絵の個展があるから、帰ってきた…けど、それだけじゃない。
私は、自分の絵のキャンバスを探しに帰ってきたの…
キャンバスが日本製じゃないとダメなんてないわ。
…そう、そういう事ね…君、私の絵、見たことないのね。
いいの、見ていて欲しかったという気持ちがないというのは、嘘になるけど、私の心の形を知る前、君に見られるというのも少し照れる。
みんな見てる?
みんなは誰だっていいの…君だから恥ずかしい。
私のキャンバスは、人なの…人型のキャンバスに筆を走らせる…そうね、抽象画って呼ばれてる。
私はこの胸の中から出てくるものを、世界で形にしてるだけで、それを描いてるってつもりはないの…きっとそれは、君と見てきた世界の形。
…人型に描く。
それだけは心の中でわかってた…
けど、その人型のキャンバスに、私はいつもひとつ違いを感じてた…感じながら描いてきたの…ずっと、ずっと。
何枚も何枚も、たくさんの季節、長い間、ずっと。
でも、その正体、今わかった。
私のキャンバスは君…絵の具箱の中、ひとつだけ足りなかった色、見つけた。
…もう私は、最高のキャンバスを…描くべき場所を知ってたからだったのね…
何事かわからない?
いいわ、教える。
…だから脱いで。