アマミ・サキ
ですからお金はまだ・・・
くぅ、
怒鳴らないで・・・ください!奥には娘が・・・
お願いします、これは・・・お店の売り上げです・・・
今日は帰ってください!
ちぃ、手間かけさせやがって、おい!お前ら行くぞ!
へぁ、これで今夜も飲めそうだぜ!
あはははは!
怖かった?
ふふ、もう大丈夫だから
あ、
お客さんが来た。
ごめんね、
ママ、もう直ぐで行くから
先に寝てて。
ふふ、分かった。
明日は今日の分まで読んであげるね。
よしよし。
さぁ、行きなさい
申し訳ありません、お客様、本日は・・・
まあ、昼間の・・・確かクロアス?様?
間違えてましたら御免なさい。
ふふ、お倒れになった時、騎士のお嬢さんが傍でそう呼んでいらっしゃいました・・・
私はアマミ・サキと言います。
どうぞサキと呼んでください。
え?その、本当によろしいでしょうか?
分かりました。
クロアス?
見ての通り、お店はあの後、営業できない状態になっていまして・・・
折角のご来店なのに、今日のところ・・・
え?お金に困っているではないかって・・・どうしてそれを?
あー、聞こえたのですね、さっきの・・・
あれは・・・その・・・
クロアス!?どうしたんですか?
ハッ、汗がこんなに、もしかして!?
しっかりして、クロアス!
え?なに?
ぷ、ふふふ・・・
お腹が空きすぎて力が入らないって、御免なさい、我慢できずに笑い出してしまいました。
でもよかったです。
綺麗?私・・・ですか?
ふふ、ありがとうございます。
見た目より随分大人ですね。
それより、
何か食べたいものは?
何でもいいって、こんなときに遠慮なんてして・・・
は、分かりました。
もう少し待っていてください、いま作ります。
あ、気にせず、好きなところに座っていいですから。
残っている食材は・・・
(こんな夜中に、空腹で店まで走って来たなんて。
傷もまだ治っていないのに、どうしてそんな無茶を・・・この子ったら・・・)
お待たせ、鶏の唐揚げと、秋刀魚の蒲焼・・・
ごめんね、バジリスクとピラニアの肉さえ残っていれば、もっと美味しくできたのに・・・
こんな家庭料理しか用意できなくて・・・
ちょっと、クロアス?そんなに我慢してました?
え?美味しいって、ふふ。
いいのですよ、お世辞は。
空腹ですから、口に入れたものを美味しく食べられるのも・・・当たり前のこと、ですよね。
ふふ、それでも・・・嬉しい。
ほら、ゆっくりでいいから、誰もとったりはしませんよ。
ふふ、お口に付いていますよ。ここ。
本当、ふふ、子供みたい。
(そんな食べ方を見ていると、なんだかあの人のこと・・・思い出す)
え?いいえ、考えごとなどしていません。
ただ、昔のことをちょっと・・・
もう、クロアスったら、もしかして私をからかっています?
あら、意地悪な子ですね。
ふふ、ごめんなさい。
でも、こんなおばさんの身の上話なんて、きっと、つまらないと思いますよ。
どうしても、聞きたい?
(ここまで食いついて来るとは思わなかったわ。
しかしまただ・・・あんなにキラキラしていたのに、急に言葉を失わせそうな、曇ったその瞳・・・
こんなの見せられたら・・・どうしても応えちゃうのよね・・・ちょっとずるい・・・)
困りました・・・
本当は今日、初めて会ったお客様に話すことではありませんが。
もうこんな歳だし、
「恥ずかしいから嫌だ」なんて言えませんよね。
それに、クロアスが食べているところを隣でじっと見詰めるのもあれですから。
ふふ、君さえよければ。
あ、でも換わりに、ひとつお約束してください。
もうそんな顔をしないこと♪
私、6年前に小さい頃からずっと仲のいい幼馴染の男性と結婚しました。
その後、二人で、王都から遠く離れた、小さな田舎町での暮らしが始まりました。
夫はとても勤労で、毎日欠かさずに畑仕事。
見てろよサキ、もう直ぐで俺達の子供がここで生まれてくる!
あなた、本当に畑が好きなんですね。私、嫉妬しちゃうかもしれませんよ。
いや、悪い、そういう意味で言ったわけじゃないんだ。
ふふ、はいはい、もうご飯ですよ。
先に中で待っています。早くしてくださいね。
その優しさが報われたように、豊作のお陰で、食べ切れなくなった野菜や果物がどんどん増えて、
それで換金して暮らすほどの生活が、
続けるようになりました。
裕福とは言えませんが、特にこれといった不自由もありませんでした。
朝から晩まで、ずっと二人で居られる、それだけで満足。
翌年の春、娘が生まれました、名前はカリン。
ふふ、でしょう?
果物みたい。
可愛くて、あの人らしい名前付け・・・
あっ、しぃーー娘、カリンは今奥で寝ています、大きい声は・・・
ふふ
男性とこんなに楽しく話ができたのは、あの日以来かもしれない・・・
なんだかこの子、クロアスを見ていると思わず重ねちゃう・・・
あなた・・・
後をつけて来たら、魔王様何をしているのだ?あんな大人しい柄でもないくせに。
さっさとお金を渡せばよいものを・・・
よし、ちょうどクロアスも食べ終わったところだし、今日はこの辺にしましょうか?
本当にこんなものしか用意できなくて・・・あっ!お代はいいんです。頂けません。
さぁ、外までお送りしましょうか?もう遅い時間ですし。そろそろ店を閉めないと・・・
クロアス?
お願い、手を・・・
え?
何も言わないで、帰ってください・・・
一杯付き合う?酒を飲まないクロアスに?ですか?
ふふふ、ごめんなさい、つい・・・
断るのよ、サキ!
いい・・・ですよ。
しかし、料理のお詫びとしてね。
あのオンナ、嫌がってるじゃない?なぜっ!?・・・
ヒック、飲み足りねぇな。
ちぃ、インビジブル!
おっ、こんな時間まで開いてるなんて、ラッキー!一杯でも・・・
あーん?
ひぃ!な、なんかいる、怖ぇー!
ふん!にしても解せんな、魔眼の痕跡もないのに、どうしてあの馬鹿に付き合う必要があるのだ?
あー、分からん!見てるこっちがイライラする!
はい、今度は普通のジュースです。
本当に珍しいわね、スライムジュースが苦手な人って
・・・
ゴクゴク・・・
この感覚は知っている
あのとき…初めての夜を迎えようとする
少女の頃・・・
いいえ、もっと単純な・・・
男を求める、女としての本能・・・
え?顔が、赤い?
ごめんなさい、私、そんな顔をしてました?
ちょっと酔っているかも・・・
言い訳するまで、若い男を欲しがっている・・・
この体が・・・疼く
母親になれたのに、あの人の・・・妻なのに・・・情けない
ねぇ、クロアス。
さっきの続き・・・まだ、聞きたい?
ふふ、心配してくれて、ありがとう。
でも大丈夫よ。
そう、これで少しは楽になれるはず。
ゴクゴク、その後は・・・
何もかも順風満帆で、
私にとっては幸せすぎるほど、夢のような日々。
「本当、サキとそっくりだ、将来もきっと美人だな」
「もう、あなたったら・・・」
「ほらカリン、パパだよ~よしよし」
「ふふ、気をつけてくださいね」
「これからは3人で、頑張りましょう、パパ」
秋に入ったある日
「珍しいですね、誰でしょう?パパ、お願いしていい?」
「む?村長?どうした?」
「自警団からの召集命令が来たんじゃ。村の周りになにやら魔物が集まっておるらしい。
その退治にこの村の若者も一緒に参加してほしいでのう」
「え?魔物?」
「危険ですか?その・・・魔物」
「詳しい話はまだ聞いておらんじゃが、自警団からの情報だと大した魔物ではなさそうじゃ」
「あなた、行くのですか?」
「うむ、行く。心配しなくても、魔物はそんなに強くないでしょう?しかも自警団の人も居るって、直ぐに戻るよ。なぁ、村長?」
「ええ、2,3日で帰ってくるはずじゃ」
「そう、ですか・・・」
「じゃ、サキ、行ってくる」
「行ってらっしゃ、パパ」
「カリンと一緒に、ここで待っています」
しかしその後、一週間経っても、夫は帰って来ません。
「よしよし、カリン、もう直ぐでパパが帰ってくるから」
「あっ!ほらカリン、きっとパパだよ!」
「おかえっ・・・村長?どうしたんですか?」
「ハ、ハ・・・ハヤっ、早く逃げるんじゃ!」
「逃げるって、どうして?」
「魔物が直ぐそこに来ているのじゃ!早く逃げないと・・・」
「なに、今の音?」
「ひぃー!ま、魔物じゃ!わしは他の者と一緒に逃げるから、奥さんも子供を連れて早く避難するんじゃ!」
「待ってください!村長!夫は?村の男達は?」
「死んだんじゃ!全員!」
「そん・・・な」
「はっ、カリン!」
「ハァ、ハァ、あなた・・・」
あれからカリンを連れて、あっちこっちで、転々とした生活を繰返す毎日。
そして前の村で、ウルフファング・・・さっきの人達から借金をしました。
借りたお金でお店まで作って、ようやく返したら・・・同額の利子を支払えと・・・
それを断ったところ、店を壊されたのです。
遠く離れたこの村に逃げ込んでも、結局・・・見付けられてしまいました。
以上が、アマミ・サキという女のダメダメ話でした。