1-追憶と悪夢?
……初めまして坊ちゃま。クリスマスパーティでお疲れの所、失礼いたします。
私はメイドの、カズハと申します。父が旦那さまにお世話になっております。
今度から私も、こちらのお屋敷で働くことになりましたので、ご挨拶に伺いました。
坊ちゃまとは歳が近いので、仲良くしてもらうように、と言われております。どうぞよろしくお願いします。
……ええ、そうですね。私の方が、坊ちゃまよりも年上です。
ですが、そのようなことはお気になさらず、どうぞ呼びやすいように……。
…………はい? お姉ちゃま、ですか……?
あの、坊ちゃま? それはどういう……。
……はあ、サンタさんに、『お姉ちゃまが欲しい』、とお願いしたと……。
……なるほど、私の事を、サンタさんからのプレゼントだと思ったのですね……。
しかし坊ちゃま。それは誤解です。私は坊ちゃまのお姉ちゃまなどでは……。
……ああ、そんなに、がっかりしないで下さい。
あの、そもそも坊ちゃまは、どうしてお姉ちゃまが欲しいのですか?
……はい。周りの皆さまが、とても厳しいと……。
だからお姉ちゃまが居れば、甘やかしてもらえると思った……ですか。
……なるほど、坊ちゃまはこのお屋敷の一人息子。躾もさぞや厳しいのでしょうね……。
……しかし坊ちゃま、私はただのメイドです。
坊ちゃまに、お姉ちゃまなどと呼ばせているのがバレたら大変です。とても怒られてしまいます。
……、ですから。
他に、誰もいない時だけですよ?
二人きりの時だけなら、カズハが坊ちゃまの、お姉ちゃまになってさしあげます。
……はい、私でよろしければ。
ただ……私はこの通りの性格です。
誰と接するにもこのような感じで……不愛想とか、愛嬌がないとか、よく言われますし……。
坊ちゃまを、あまり上手には甘やかしてあげられないかもしれません。
それでも、大丈夫ですか?
……え? きれいで優しいから、きっとステキなお姉ちゃまになる……?
……ふふ、ありがとうございます。
坊ちゃまはとても、お優しい方ですね。
……ところで、お姉ちゃまというのは具体的に、何をすればよいのでしょうか……?
……はい、坊ちゃま。どうされました?
……また、耳かきを……?
坊ちゃまは、本当に耳かきがお好きですね。
……お姉ちゃまは、弟に耳かきをしてくれるもの……?
うーん……その認識は、少々違うような気もしますが……。
かしこまりました。では私はこうして、ベッドに腰掛けていますので……。
坊ちゃまもいつも通り、カズハお姉ちゃまのお膝へ。
まずは向こうを向いて、右耳さんを上になさって下さい。
………………。
……よろしいですか?
では、お耳を失礼しますね。
動いてはダメですよ?
………………。
お加減は、いかがでしょうか、坊ちゃま?
……膝枕が柔らかくて気持ちいい……?
私は、耳かきの感想を聞いたつもりだったのですが……。
……まあ、気持ちいいのなら、良かったです。
……しかし坊ちゃま?
たとえ気持ち良くても、あまり女性の脚をべたべた触るものではないですよ?
……いくらふかふかでも、ダメなものはダメです。
……お姉ちゃまが相手でも、いけないものはいけません。
それに、大人しくしていないと危ないです。
坊ちゃまのお耳に傷がついたら、カズハお姉ちゃまは悲しいですよ。
ですから、じっとなさっていて下さいませね。
……はい、お利口さんです。
……………………。
……ん、少し、耳垢が溜まっていますね。
まだお仕事に慣れないもので……。
もっと坊ちゃまと二人の時間を取れるよう、頑張らないと。
カズハはこれでも一応、坊ちゃまのお姉ちゃまを任されているのですから。
……ん……どうも、硬くていけませんね。
……いえ、膝枕の話ではなく、私の性格の話です。
私には、どうにも包容力と言うものが足りません。
……うーん、坊ちゃまにも分かるように言うと、ふわふわした雰囲気……と言いますか、相手を優しく包み込むような感じ……でしょうか。
……え? それなら、私にもある?
……耳かきされているとふわふわして、包まれてる感じがする……?
…………ふふ、ありがとうございます。
坊ちゃまがそう言ってくれるなら、嬉しいです。
……もっと、上手に耳かきできるように、頑張りますね。
……いかがですか坊ちゃま。気持ちいいですか?
……前より上手?
それは良かったです。練習の甲斐がありました。
……はい、他の人のお耳を借りて、耳かきの練習をしているんです。
最近は、して欲しいという人が増えてきて、たくさん練習できるんですよ。
…………と、どうされましたか、坊ちゃま?
……誰で練習しているのか、って……。
同期の、メイドの子たちですとか……。
それと最近、後輩が出来ましたので、彼女たちにお願いする事も多いですね。
でも、どうしてそのようなことを……?
……え? ……男の子にしてあげてたら嫌だから……?
……坊ちゃま……? もしかして、やきもちを……?
……、ありがとうございます。
でも、心配しなくていいですよ。カズハの弟は、坊ちゃまだけですから。
……はい、お約束です。
カズハは、ずっと、ずぅーっと……坊ちゃまだけの、お姉ちゃまです。
だから、ご機嫌直して下さいますか?
……ありがとうございます。
……さ、右耳さんが綺麗になりました。
仕上げに……梵天で、細かい汚れをお取りして……。
………………。
……はい、キレイになりました。
では最後に、ふーふーしますね。
……ほら、逃げてはいけませんよ。くすぐったくても、我慢しないとダメです。男の子なんですから。。
……ふぅぅーっ……。
……はい、よく我慢できましたね。偉かったですよ、坊ちゃま。
これで、右耳さんはおしまいです。今度は、左耳さんをお掃除しますね。
さあ、ごろーんってなさって下さい?
……はい、右耳はこれで完了です。続けて、左耳のお掃除をいたしますね。
坊ちゃま、こちらを向いていただけますか?
……え? 体勢を、入れ替えたい?
いかがなさいました? いつものように、そのまま寝返りを打って下さればよいのですが……。
……あ。もしかして、私のお腹が目の前にあると、息苦しいですか?
……そういうわけではない……?
……良かった。坊ちゃまのご負担になっていたなら、どうしようかと思いました……。
それでしたら坊ちゃま。どうぞこちらを向いてくださいませ。
………………
……はい。今度は左のお耳を、失礼いたします。
動かないで下さいませね。
………………
……ん。あまり、汚れは溜まっておりませんね。
最近はお仕事にも慣れて、こまめにお掃除できるようになりましたから。
……ただ、耳の穴は皮膚が薄く、非常に敏感な上、傷つきやすい部分です。
坊ちゃまのお耳に、もしもの事があっては一大事。
より一層、丁寧にして差し上げないといけませんね。
……幸いにして、最近は先輩の皆さまがたにもご好評を頂き、練習台には困りませんが……。
……あ、しかし、ご安心下さいませ。
練習相手はメイドばかりですし、このようにじっくりとお掃除させて頂くのは、坊ちゃまのお耳だけでございますので。
どうぞご心配なく……。
……と、どうされましたか、坊ちゃま?
……その話は、もう勘弁して欲しい?
……あ、申し訳ございません。
決して、坊ちゃまを揶揄≪やゆ≫するつもりではなく……。
……しかし、そうですね。いつまでも古い話を持ち出されるのは、あまり面白いことではございません。
では、この話は、もうやめにいたしましょう。
大変失礼いたしました、坊ちゃま。
………………。
……坊ちゃま、坊ちゃま?
いかがなさいましたか、坊ちゃま?
先ほどから、ずっと黙っておられますが……。
もしかして、もう眠たくなってしまわれましたか、坊ちゃま……?
……え? 坊ちゃまは、もう卒業する約束……?
あ……申し訳ございません。そうでした。
つい、クセが抜けず……申し訳ございません。
……はい、ご主人様はもう、立派な紳士でございます。
……ええ、もちろん、心からそう思っておりますが……。
ご主人様に嘘を申し上げたことはございません。
出会った日の事が嘘のように、立派にご成長なさって……誠に頼もしい限りでございます。
……では、ご主人様?
仕上げの梵天をいたしますので、じっとなさっていて下さいませ。
…………。
……ん。
はい、キレイになりました。
ちゃんと動かずに我慢なさって、とてもご立派でございましたよ。
では、最後に息を吹きかけますね。
……え? もう大丈夫?
いけません、耳たぶに、細かい耳垢が残っていますから、きちんと払わないと。
……ふぅーっ……。……ふぅぅぅーっ……。
……はい、できました。
お疲れさまでした、ご主人様……。
……と、いかがなさいましたか?
うずくまって、下腹部をおさえて……まさか、お加減でも悪いのですか?
坊ちゃま……坊ちゃま……?
……ご主人様、本日もお疲れさまでした。
今宵もカズハが、お耳をお世話させて頂きます。
どうぞ、こちらへいらして下さいませ、
……? いかがなさいましたか、ご主人様。
……え? 耳かきくらい、もう自分でできる?
……どうなさったのですか、突然……?
いつも申し上げておりますように、お耳の穴はとても敏感です。
ちゃんとしてさしあげないと、傷がついたり、炎症を起こしたりと……。
……もう、子供じゃないから大丈夫?
……あ……そう、ですか……。……そう、ですね……。
ご主人様はもう、お会いした頃の、子供ではないのですよね。
もう……耳かきをさせて喜ぶようなお年頃では、ございませんよね。
申し訳ございません。
幼い頃のご主人様が、私などを慕って下さったのが嬉しくて……。
無意識に、ご成長から目を逸らしていたのかもしれません。
最近は、お姉ちゃま、と呼ばれることもなくなりましたし……。
……かしこまりました。
では今後は、ご主人様に対して、大人の男性として接するようにいたします。
これからも一メイドとして、ご主人様のお役に立てますよう、より一層努力いたしますので……。
どうぞよろしくお願い申し上げます、ご主人様。
……ご主人様。こちら、本日中に処理が必要な書類でございます。
お忙しいとは存じますが、ご確認をよろしくお願い致します。
それと、いくつかパーティのお誘いが。
こちらが一覧です。重要そうなものに印をつけておきましたが……。
この通りに、出欠のお返事をお出ししてもよろしいでしょうか?、
……はい、かしこまりました。ではそのように手配いたします。
……いえ、お礼など言って頂くような事ではございません。
公私にわたってご主人様をサポートするのが、わたくしの務めですから。
……他に、何かご用事はございますでしょうか?
……はい? また、以前のように甘えさせて欲しい……?
まあご主人様……そのような……。
Rそのような情けない事を仰らないで下さいませ。
ご主人様はもう、立派な大人でいらっしゃいます。
それに、子供扱いはしないよう、と仰せつかっておりますが?
Lまあまあ、あの頃は坊ちゃまも思春期で恥ずかしかったのですから。
大人扱いして欲しいと思う時期は、誰にでもあるものです。
Rだからと言って、やってしまったことが許されるわけではございません。
ご主人様に拒絶されたと思って、わたくしもの凄くショックを受けていたではないですか。
Lその点に関しましては、全く全然これっぽっちも擁護≪ようご≫の余地はございませんが……。
でもほら、今はお仕事のストレスとか色々、癒されたいと思っていらっしゃるわけで……。
Rそのような事、今さら言われても困るのではないですか?
いくら昔は可愛がってもらったとは言え、成人男性に甘えたいなどと言われても迷惑でしょうに。
Lまあ、確かにあれ以来、ますますクールというか、突き放すような態度を取られていますものね。
……でも、いくら気まずいからと言って、何もアピールしなければずっとこのままですよ?
R全くでございます。こんな女々しい夢など見ていないで、現実のわたくしにアタックなさいませ。
当たって砕けるとしても、寝言を仰っているよりよほど建設的だと思いますが?
Lそうそう、またカズハに甘えたいのだと、はっきり仰ったらよろしいのです。
こんな風に、夢にまで見るくらいなのですからね。
Rともかくご主人様は受動的に過ぎるのです。チャンスはリスクと引き換えに得られるもの。
いつまでもそのような態度でいれば、失うばかりなのは必然でございます。
さっさとアタックして来て下さいませ。砕けるなら砕けるで早い方がよろしいかと思いますが。
だいたいご主人様は昔から……。
Lまったく、初対面の私をいきなり『お姉ちゃま』とお呼びになった頃の度胸はどこにいかれたのでしょう?
あの頃は本当に素直でしたのに。いつからこのようなウジウジした男になられたのです?
早く目を覚まして、思い切ってぶつかって下さいませ。そうでなければ、いつまでもなにも変わらないままです。
そもそもご主人様は昔からですね……。
……ご主人様。お目覚め下さいませ、ご主人様。
……おはようございます。お休みの所、大変申しわけございません。
しかし、そのようにソファーでお眠りになられては、翌日に響きます。
どうぞベッドでお休み頂けるよう、お願い申し上げます。
……はい? ええ、カズハでございますが……。
なにか、酷くうなされていらっしゃいましたが、悪い夢でもご覧になったのですか?
……懐かしい夢を見ていたはずが、突然悪夢に……?
……それは、災難でいらっしゃいました。
疲れが溜まっていらっしゃるのでしょう。
そのような時には、悪い夢を見るものです。
一体、なんの夢をご覧になられたのですか?
悪夢を見た時には、人に話すと気が軽くなると申します。
わたくしでよろしければ、お話を伺いますが。
……大丈夫? そう、でございますか……。
いえ、ご主人様がよろしいのでしたら、それで結構でございます。
差し出がましい事を申し上げ、大変申し訳ございません。
それではご主人様、明日も早くから予定がございます。
どうかちゃんと、ベッドでお休み頂けますよう。
それでは失礼を……と、どうなさいましたか、ご主人様? 他に、ご用がございますか?
……いえ、何でもないのでしたら、よいのですが。
では、お休みなさいませ、ご主人様。また明日。