2-彼女の気持ち
……夜分遅くに失礼いたします、ご主人様。
そろそろお休みのお時間かと思いまして、お茶をお持ちいたしましたが……。
……? ご主人様……?
……あ、ソファーなどでお休みになって……。これでは、お体に障りますのに。
……ご主人様。ご主人様?
……よく、眠っておられます。
よほど疲れておいでなのですね。最近はずっと、忙しくなさっておりましたし。
……坊ちゃまの寝顔。こうしてじっくり拝見するのは久しぶりです。
昔はよく、私の膝の上で眠って下さったものですが……。
……ん、坊ちゃまの髪……少し痛んでいらっしゃいますね。
……爪にも……少々ストレスの兆候が……。お肌のコンディションもよくありません……。
それに……すん……すん……はぁ…………体臭にも、微妙に雑味が混じっておられます……。
やはりお仕事で、疲れておられるのでしょうね……。
せめて良い夢が見られますように、想いを込めて祈っておきましょう……。
…………はあ。私が、癒してさしあげられたらいいのに……。
せめて昔のように甘えて下されば……。
また、耳かきをして差し上げたり、頭を撫でて差し上げたりできますのに。
それだけでなく、気持ちよくお昼寝して頂けるよう、お背中をとんとんして差し上げたり、今日も頑張りましたねって褒めて差し上げたり、さりげなく唇に触れてみたり、お休みになってからこっそりとおでこにキスをしてみたり……。
……と、いけません。またこのような事ばかり考えて……!
しかも後半は、単なる欲望ではないですか……!
……そもそも、私では坊ちゃまを癒して差し上げることなどできないのです。
お互いに子供だった頃は、ただ少し年上と言うだけで、姉役が務まりましたが……。
こう大人になってしまうと、器の浅さが浮き彫りになってしまいますね。
どうして私はこう、母性と言うものに欠けるのでしょうか。
堅苦しい口調といい……自分の欲望を優先してしまう所といい……
これでは、お姉ちゃま失格も当然……。
こんな私にできる事は、責めてこれ以上坊ちゃまに不快な想いを感じさせぬよう、メイドとして一歩引いた態度を保ちつつ、生活とお仕事をサポートすることのみ。
私に癒しを求めておられない以上、それ以外に奉仕の道はありません。
……でも。……本当にそれでよいのでしょうか?
もっと他の、気立てのよいメイドをお側に置くこともできましたのに……。
ご幼少の頃のよしみで、わたくしなどを重用≪ちょうよう≫して下さる、優しい坊ちゃま。
私にもできる事が、他になにか……。
……ああ、お可哀想に。坊ちゃま、なにかうなされていらっしゃいます……。
今見ておられる夢が、お悩みの原因なのでしょうか……?
やはり気になります……どんな悪夢を見ておられるのか、後でさりげなく聞き出してみましょうか……。
……って、私の祈り、逆効果……!? ああ、やはり邪念が混じって……。
いえ、それどころではありません!
坊ちゃまがうなされていると言うのに、まったくもう……!
と、とにかく、起こして差し上げなくては!
ご主人様……。ご主人様……。ご主人様……。
……ご主人様。お目覚め下さいませ、ご主人様。
……おはようございます。お休みの所、大変申しわけございません。
しかし、そのようにソファーでお眠りになられては、翌日に響きます。
どうぞベッドでお休み頂けるよう、お願い申し上げます。
……はい? ええ、カズハでございますが……。
なにか、酷くうなされていらっしゃいましたが、悪い夢でもご覧になったのですか?
……懐かしい夢を見ていたはずが、突然悪夢に……?
……それは、災難でいらっしゃいました。
疲れが溜まっていらっしゃるのでしょう。
そのような時には、悪い夢を見るものです。
一体、なんの夢をご覧になられたのですか?
悪夢を見た時には、人に話すと気が軽くなると申します。
わたくしでよろしければ、お話を伺いますが。
……大丈夫? そう、でございますか……。
いえ、ご主人様がよろしいのでしたら、それで結構でございます。
差し出がましい事を申し上げ、大変申し訳ございません。
それではご主人様、明日も早くから予定がございます。
どうかちゃんと、ベッドでお休み頂けますよう。
それでは失礼を……と、どうなさいましたか、ご主人様? 他に、ご用がございましたか?
……いえ、何でもないのでしたら、よいのですが。
では、お休みなさいませ、ご主人様。また明日も、よろしくお願い申し上げます。
……はあ、やはり仰って下さらなかった……。
私はもう、甘える対象として、全くアテにされていないのですね……。
まあ、私になにかご相談頂いても、上手く慰めて差し上げられるわけでもなし、当然と言えば、当然ですが……。
……はあ、癒して差し上げる事まではできなくても、少しでもストレスを和らげて差し上げられないものでしょうか。
大人の男性というのは、なにをどうしたら喜んでくれるのでしょう……。
大人の、男性……大人の……男と、女……?
……っ、な、何を考えているのでしょうか私は!
まったく差し出がましい……! 身分と言うものをいい加減わきまえなければ……!
……でも。それなら……お役に立てるのでしょうか……? この身体で……坊ちゃまの……お役に……?
……っ。