2日目
―通学路・朝―
妹088「(あの後、髪を乾かして寛いでいたところに兄ちゃんが現れて、ホットミルクを置いていった。終始無言だったけど。砂糖も入ってて凄くおいしかったなぁ)」
妹089「(それで、兄ちゃんのことを色々考えてたら眠っちゃってて、朝、目が覚めてリビングに下りたら、また兄ちゃんがお弁当を作ってくれてたんだ)」
妹090「(……でも、挨拶をしても返してくれないし、お母さんとは普通に話してるし……)」
妹091「(今日もまた、一人で学校に通ってる)」
妹092「(別に一人だと学校に通えないわけじゃないけど、なんだか……)」
妹093「(この、虚無感が……なんだか嫌)」
妹094「(いつもいたはずの人がいないだけなのに、この、日常からなんらかのピースが欠けてしまったような……そんな感覚)」
妹095「(ムカつく。こんな感覚を持たせた兄ちゃんがムカつく)」
妹096「(だけど、鞄の中には、いつもないはずのお弁当が入ってて、しかもそれを作ったのは兄ちゃんで……)」
妹097「あー、もーなんなの。兄ちゃんがなにを考えてるのか全く解んないよ……」
妹098「……今日も、兄ちゃんと話せないの、かな……」
妹099「……」
―学校・昼―
妹100「そーぉっと、そーぉっと……うわっ、やっぱり綺麗……」
友「どったの? そんなこそこそして」
妹101「え!? いや、あの、煮崩れしてないかなーとか気になっちゃって、あははっ……」
友「ふぅん。またお兄さんの作ったお弁当?」
妹102「うん。なんか解んないんだけど、朝、下りたらコレが置いてあってね」
友「愛妻弁当なわけだ」
妹103「あ、愛妻べん……! って、兄貴は妻じゃねーよ!!」
友「愛する妻への弁当だったりして」
妹104「愛する妻への弁当~? あー、はいはい。勝手に言ってろばーか」
友「はいはい。いただきまーす」
妹105「……いただきます」
妹106「あ、また卵焼き入ってる。味は…………うん。甘い」
妹107「他は……、レバニラだ。昨日スーパーで買ってたのはこの為だったんだ。残り物じゃなくて、わざわざ食材買いに行って……」
妹108「……」
友「箸が進んでないぞ?」
妹109「あ、うん。食べる食べる」
妹110「……むぐむぐ」
妹111「……おいし」
―家・夕方―
妹112「――っただいまっっ!!!」
母「おかえり」
妹113「お母さん、今日の晩御飯なに!?」
母「今日は――」
妹114「それあたしが作る!!!」
母「まだ何も言ってないでしょ」
妹115「もう、なにを作るのでもいいよ。とにかく今日の晩御飯はあたしに作らせて、お願い!」
母「そりゃいいに決まってるじゃない」
妹116「ありがと! でも作り方解んないから、そこは教えてくださいな」
母「はいはい」
妹117「よし。絶対美味いの作って、あっと言わせてやるんだから。見てろよーくふふ」
母「いいから手洗ってきなさい」
妹118「あぁ、そっか。――ラジャ! 手、洗ってきます!」
―リビング・晩―
妹119「……」
兄「明日のことなんだけど……」
母「なになに」
妹120「(今は晩御飯。兄ちゃんとお母さんが談笑に耽ってる。あたしはというと……)」
兄「水泳がな……」
母「あーね」
妹121「(緊張でうまく会話に入れないよぉ!)」
妹122「(兄ちゃんの頑固さからして、気が緩んだところを攻めてもあたしに口を利いてくれるとは思わない。けど、家族団欒のときなんだし、あたしも口を挟まないといけないのに……)」
兄「ん」
妹123「(きゃあああああ! 兄ちゃんがあたしの作った一品目、卵焼きに手を伸ばしたよおおぉ! お母さんみたいに焦げ目の付いてない綺麗な焼き加減じゃないし、層も厚い見苦しい一品なんだけどぉ)」
兄「母さん、失敗した?」
妹124「(いやああ、お母さんに失敗したかーとか訊いてるぅう! 違うよ、本気だよ! ただ訓練が足りなかっただけなの!)」
母「成功なんじゃない?」
妹125「(お母さんフォロー下手過ぎんだろぉぃ! “成功なんじゃない? かっこわら”とか泣かせるつもりかっちゅーの!)」
兄「なんじゃそら」
妹126「(ほらもう兄ちゃんも不審がってるし、もーやだ……)」
母「それ妹が作ったんよ」
兄「……」
妹127「(ちょっ、おいこらばばぁ!! なんで兄ちゃんが口に入れたタイミングであたしが作ったってバラすの!? あーもうやだ顔熱くなってきた……。やっぱ晩御飯作るだなんて言わなきゃよかった。……でも、兄ちゃんが食材買ってまであたしに弁当作ってくれたんだし、あたしだって兄ちゃんに……。あたしの作ったの食べて欲しかったんだもん……)」
兄「ふぅん」
妹128「(兄ちゃん固まってる。口だけは動いてるけど……。うぅー、お母さんにやにやし過ぎ。後で絶対怒るんだから)」
兄「……」
妹129「……」
兄「んでな……」
妹130「(あ、兄ちゃん、なんの感想も言わなかった。そっかー、駄目だったかー。砂糖たっぷりの卵焼き、兄ちゃんも好きだったと思うんだけどなぁ……)」
兄「あとー」
妹131「(あー、そのスープもあたし。あたしが味付けして、味見もしたやつだ。うわー、どうしよ。飲んでる、飲んでるよぉ……。あぁ、だめだめ。こんなにじっと見つめたら勘繰られる、平常心平常心……すぅ、はぁ……)」
兄「おかわり」
母「はいよ」
妹132「(兄ちゃん、よく食べるなぁ……。男の子だからかな? あー、そのきゅうりの酢の物もあたしだよぉ。ひゃー食べてる。感想は……ない。まぁ、確かにいつも感想なんて言ってないんだけどさ。うぅー、気になる……)」
兄「もう一杯頂戴」
母「今日はよく食べるのね」
兄「体育あったから腹減ってて」
母「あー、はいはい。妹は?」
妹133「んえっ!? あ、あたし? いや、あたしはまだおかわりは、いい、かな。あんまり沢山食べても、太っちゃうし。へへ……」
兄「……」
母「よく言うわ」
妹134「兄ちゃんはよく食べるよね。成長期終わったんだから、もう食べなくてもいいんじゃない? これからは食べれば食べるほどお腹に溜まって、お父さんみたいなお腹になっちゃうんだぞ? 遺伝子なんだから、兄ちゃんにもあぁなる素質があるのよ」
母「てことは、妹もあぁなるわけね」
妹135「お、お母さんは黙ってて!! あたしはお父さんみたいにならないもん!!」
母「はいはい」
妹136「もう……」
兄「……」
妹137「……。やっぱり、何も言ってこないんだね……」
兄「……」
妹138「はぁ……」
―リビング・食後―
妹139「もう、お母さん! あんなタイミングでバラさなくてもいいじゃんかさ!」
母「なんのこと?」
妹140「もー、だからー! 兄ちゃんが、あたしの手料理を口に運んだ瞬間に、あたしが作ったことバラしたでしょ!? もっと後にしてよ!」
母「それじゃ意味がないじゃない」
妹141「それじゃ意味がないって、どういうこと?」
母「食べた後にバラして反応見るんじゃなにも面白くないってこと」
妹142「ひっどい、あたしは兄ちゃんの反応を楽しむために作ったんじゃないもん!」
母「じゃあなんのために作ったの?」
妹143「えっ。なんのためって……、それは……」
妹144「……実は、昨日から、兄ちゃんが口を聞いてくれなくて」
母「ふぅん」
妹145「こんなこと初めてだから、どうしていいのかわかんなくてさ。なんかしなきゃって思って……。料理、手伝ってみた」
母「牛乳飲む?」
妹146「え、牛乳? うん、じゃあ……ホットミルクで」
母「ヨーグルト食べる?」
妹147「え、ヨーグルト? うん、じゃあ……貰います」
母「じゃあ待っててね」
妹148「うー、お母さんもあたしの話聞いてくれないよぉ。結構真剣に悩んでるのにぃ……」
母「そんなことないわよ?」
妹149「多分ね、一昨日喧嘩したときに、あたしが“もう話しかけてくんな小姑!!”って言ったのを真に受けてるんだと思うんだよ。あー、もう家族なんだから絶対に口喧嘩くらいでギスギスした関係にはならないと思ったのにぃ……兄ちゃん気にしすぎだよぉ。何度謝っても口利いてくれないし……」
母「兄も兄なりの考えがあるんじゃないの?」
妹150「……兄ちゃんなりの考えってなにさ。あんな無視の仕方されたら心にぐさーって来るっちゅーねん」
母「でも、妹に気を使ってるのは確かよ?」
妹151「え、兄ちゃんがあたしに気を使ってる……? な、なんでそんなこと言えるのさ?」
母「まずそのヨーグルト」
妹152「あ、うん。このヨーグルト」
母「兄が便秘のあんたを気遣って買ってきてくれたものよ?」
妹153「な、なんだってー。このヨーグルトは便秘に悩むあたしのために買ってきてくれたもの、だというのかー」
母「ホットミルクは、最近眠れないあんたのために、寝る前に飲ませるために買ってきてくれたものよ」
妹154「ぎゅ、牛乳に至っては、寝付きの悪いあたしのために買ったもの……」
母「今日の晩御飯だって、結局ほとんどあの子が平らげちゃったじゃない」
妹155「え、晩御飯、ほとんど兄ちゃんが食べてくれてたの? き、緊張してて気付けなかった……」
母「兄があんたのことをそこらに生えてる雑草のように扱っているわけじゃないのよ?」
妹156「んー……た、確かに……。兄ちゃんがあたしを気にかけてくれているのがよく解る……。で、でもなんで無視するの?」
母「恥ずかしいからじゃない?」
妹157「は、恥ずかしいからぁ? 恥ずかしいからあたしに口を利いてくれないの?」
母「あの子も照れ屋だから」
妹158「別に兄ちゃんは照れ屋じゃないと思うけど……。んー……」
母「ま、本当のところは兄にしか解らないわね」
妹159「そうだよね。兄ちゃんがなにを考えてるのかは、兄ちゃんにしか解らない……」
母「単に怒ってるわけじゃないと思うわよ? 気を回してくれてるんだし」
妹160「うん、そうだね。お母さんの話聞く限りだと、兄ちゃんは怒ってるわけじゃなさそうだし……」
母「ま、あんたも少しは兄のことを考えてあげてみたらー」
妹161「うん、わかった。もうちょっと兄ちゃんのこと、考えてみる。……ありがと、お母さん」
母「なんの」
―自室・夜―
妹162「っはぁー! 今日も一日お疲れさん、あったし!」
妹163「ふぅ。今日も色々あったなぁ。面白いことも、疲れたことも。あははっ、特にあたしの卵焼きだって知ったときの兄ちゃんの顔ったら傑作! おっと、これじゃ反応を楽しもうとしたお母さんと同レベルじゃない。消去消去……」
妹164「んっ、あぁーっ! 足が重たいなー。そいや今日はマラソンだったんだっけ。どうりで足が重たいわけだ」
妹165「あ。そういえば、蛇口で顔を洗ってたときに頭からタオルかけられたんだっけ。確か鞄の中にーぃっ。おぉ、あったあった」
妹166「誰のなんだろう。誰のものか解らなくて使うのためらったんだけど、つい使っちゃったんだよね」
妹167「なんでだろう。服で拭いたりすると、すぐ兄ちゃんが叱ってくるから、拭くものにはちゃんと注意――んんっ?」
妹168「くんくん。おっ? くんくん。おおっ? このタオルから香る匂い。もも、もしや!?」
妹169「兄ちゃん!?」
妹170「――っは! いやいや、落ち着きたまえぇあたし。いくら家族だからといって兄ちゃんの匂いを嗅ぎ分けられるだなんてそんな……」
妹171「すーはーすーはー、くんかくんか」
妹172「――っは! いかんいかん、なにをしているんだあたしは!」
妹173「……まぁ、そうだな。誰のものか解らない以上、取り合えずあたしが保管しておくしかないしな、うん」
妹174「はぁ……くんくん。落ち着く……くんくん……」