Track 3

8日目

―通学路・朝― 妹176「(兄ちゃんから口を利いてもらえなくなって、一週間が経った)」 妹177「(今日も鞄の中には兄ちゃんお手製弁当が入ってる)」 妹178「(お風呂から上がったら、そっとホットミルクを差し出してくる兄ちゃん。出会い頭に適当な悪態をついても聖人君子な兄ちゃん。気まぐれにホットケーキとか差し出すと綺麗に食べてくれる兄ちゃん。あ、これは前からだったわ)」 妹179「(なんというか、最近のあたしは、兄ちゃんの声を聞こうと必死になってる)」 妹180「(声を聞きたくなくても兄ちゃんの叱る声が飛んできていた。何かと突っかかってみれば、すぐさま反応を示してくれた。正直鬱陶しいと思ってた)」 妹181「(思ってたんだけど……」) 妹182「はぁ……」 妹183「兄ちゃんと、話したいなぁ……」 ―学校・間休憩― 妹184「(会話はないけど、あたしの生活の中で兄ちゃんの存在がどんどん大きくなってきているのだ)」 妹185「(なんだかんだで、学校のある日は毎日お弁当作ってくれるし、家ではあたしの見たいチャンネルを独占させてくれるし、休日は家の中の掃除もしてくれているし、あたしの掃除当番の日もお風呂掃除してくれていたりしてる)」 妹186「(お母さんの兄ちゃん株価もうなぎ上りみたい)」 妹187「(まぁ、そのお陰で、あたしは面倒なことから解放されてのびのびと日常生活を送れていられるわけなんだけど……)」 ~カットした部分~ 友「あ、あれあんたのお兄さんじゃない?」 妹188「えっ!? ホント!? あ、ほんとだ。兄ちゃん!! にーぃちゃーぁあん!!」 兄「……」 目が合う。 妹189「ぶいっ!!」 兄「……」 兄、立ち去る。 妹190「ぁあれっ」 友「ん、どったの? 喧嘩?」 妹191「ぁいや、喧嘩ってわけじゃ……あはは」 妹192「(あぁいう露骨な態度は、胸にくるのです)」 ~カットされた部分~ ―通学路・夕方― 妹193「(最初は、あぁいう無視をされたときに、イラッときて“こぉんの小姑が!”と叫びそうになるくらいの器量があったんだけど……)」 妹194「(今は、心がチクリとくるのです)」 妹195「(あの日、兄ちゃんと口論になったときに、つい口走ってしまった言葉……)」 妹196「(もし、あれが原因で兄ちゃんが口を利いてくれなくなったのなら、少し割り切れるところがあるんです)」 妹197「(兄ちゃんに愛想尽かされたんだ、って。もう、嫌われてしまったんだ、って)」 妹198「(でも、嫌われたとしたら、どうしてあんなにあたしに気を回してくれるんだろう。どうしてあたしが喜ぶようなことをするんだろう、って)」 妹199「(いっそのこと、嫌いになったのなら、とことん嫌ってくれたほうがマシだ、って最近は思ってしまいます)」 妹200「(だって、あんなに気を遣わされたら、まだあたしは兄ちゃんの許容範囲内にいるのかなって、頑張れば、また口を利いてもらえるのかなって、そう思って、頑張って兄ちゃんにアプローチをかけちゃうんです)」 妹201「聞いてよー! 今日ね、友達のみっちゃんがね、あたしのことを無駄テンションで鬱陶しいって言ってきたんだよ? 酷いと思わない?」 兄「……」 妹202「ってか無駄テンションってなんだよ! 無駄っていうことはあれか、テンションが高すぎるってわけじゃなくて、必要のないテンションで話してるってこと!? ってそれつまり無駄な高いテンションってことじゃーん! 結局高いってことじゃーん!」 兄「……」 妹203「あはは……」 妹204「(こうやって、兄ちゃんに話しかけちゃうじゃん。また、馬鹿みたいに笑い合いたいって思っちゃうじゃんっ! また、兄ちゃんに叱られたいって思っちゃうじゃんっ!! 兄ちゃんと、話したいって……思っちゃうじゃん……)」 妹205「……兄ちゃん。スーパー寄ってこうよ。あたし、ちょっと買いたいものがあってさー」 兄「……」 妹206「ま、といっても強引に連れ込んじゃうんだけどねー! ほらほらー、もたもたしないで入る入るー!」 ―スーパー・夕方― 妹207「さー、今日も張り切ってお買い物と参じようではないか!」 兄「……」 妹208「うぅっ、人の目が……。兄ちゃん、ごめん。さっさとお買い物済ませよう?」 兄「……はぁ」 妹209「(あ、兄ちゃんが溜息ついた。うわ、兄ちゃんに呆れられた。うあっ、どうしよう凄い嬉しい! なにこの感動凄いよあたし!)」 兄「……」 妹210「(って待て待て。これじゃあたしがただの変態になっちゃうじゃん。駄目駄目、羞恥心は持たないと。超えてはならないボーダーを越えては駄目だぞ、あたし!)」 妹211「あたしが欲しいものは後でいいよ。さっさ、行こいこー」 兄「……」 妹212「おっと、もやしだね? もやしは値段の割に栄養価のある良い食べ物だね。お目が高いねぇ、よっ!」 妹213「おっとぉ、お次はピーマンだぁ。全国の小学生諸君が嫌いな食べ物Best3に常にランクインしてくるという緑黄色野菜だね。あ、あたしは食べられるぞ、もちろんっ! もう子供じゃないからな!」 妹214「おー、お次は玉ねぎ、玉ねぎだね? 大衆の人気物、それぞ玉ねぎであろう。みんな大好きカレーにシチューに、牛丼、ハンバーグ、サラダにも玉ねぎは欠かせないね。そしてお袋の味っそう肉☆じゃがっ! それに欠かせないのも玉ねぎさっ! 血液をさらさらにする効果もあるし、良いこと尽くしだねっ!」 兄「……」 兄、頭をしばく。 妹215「あいてっ! なにすんのさ!」 兄、さらにしばく。 妹216「いた、痛い、いたいいたい! ごめん、ごめんっ! もう茶々入れないから、静かにしてるから!」 兄「……」 妹217「いてて……、結構本気でツッコミ入れてきてたよ。でも……ふふっ、とうとう兄ちゃんとコミュニケーションを取れたぜっ。さすがに公衆の面前であんなノリを披露されたら堪ったもんじゃないかー」 妹218「……よかった。赤の他人のフリをされるんじゃないかって思ってたんだよね」 兄「……」 妹219「さすがに、そこまでのことはしないよね? 兄ちゃん。あたし、兄ちゃんの妹で、いいんだよね?」 兄「……」 妹220「……ふんっ。いいもん。返事がなくても、うろたえないからな。きじょーに振舞ってやる。兄ちゃんのその化けの皮を剥がすのはあたしなんだからな!」 妹221「って、その態度はあたしにだけだったっけ。うぅー、そんな特別扱いいらないよー……」 兄「……」 妹222「……それで、あたしが立ち直るまで待ってくれてるんですよねー、いやいーよそういうの。先にどんどん進んでいっていいよー。あっ、あたしあのクリームたっぷりのプリン食べたいなー、なんてっ」 ―自宅・夜― 妹223「ふっふっふ」 兄「……」 妹224「あっはっは」 兄「……」 妹225「どうだ、妹が通りを塞いでいるのだぞ。無視できまい!」 兄「……」 妹226「どうしたどうした、ん~? なに廊下に突っ立てるのだ? 兄ちゃんは廊下に住むつもりなのかな?」 兄「……」 妹227「さぁさぁ、観念して、両手を広げてるあたしの胸に……」 兄「……」 兄、歩く。 妹228「胸、に……」 歩く。 妹229「飛び込ん、で……」 兄、妹を抱きしめる。 妹230「ひゃうっ。に、兄ちゃん? い、いきなり抱きしめるのは、あ、あたしの心の準備ってものが……」 妹231「わわっ、抱き上げられて、に、兄ちゃん、あたしをどうするつもりで――」 兄、妹を抱き抱えて180度回転して手を離す。 妹232「あ、あー?(←回転中) ぅおっ。(←手を離される)」 兄「……」 妹233「……」 妹234「――っは! やられた! 抱きしめられてつい我を忘れてしまったが、これじゃただ邪魔な置物を脇にどけただけじゃないか! てかあたしは置物なのか! 自分で言っててやんなるーっ!」 妹235「く、くぅ……。やっぱこんなのじゃ駄目か……。口を利かずにいられちゃうからなぁ……。ボディタッチは受けられるけど、やっぱあたしは会話がしたいよ……。うぅー、兄ちゃーん……」 ―兄部屋・夜― 妹236「兄ちゃーん。入るぞー」 妹237「やっ。お邪魔します。いらっしゃいませ。いえいえご丁寧にどうも。ゆっくりお寛ぎください。では有難く寛がせていただきます」 兄「……」 妹238「うぅ……さすがに反応なしの一人芝居は空しいっ。だが、それくらいでへこたれたりはしないっ! 兄ちゃん、お夜食持って来ました!」 兄「……」 妹239「今日は、スーパーでこっそり買ってきた、兄ちゃんの大好物ー♪」 兄「……」 妹240「ででんっ! バームクーヘン! そして牛乳もセットだよ。一緒に食べるの好きだよね?」 兄「……」 妹241「そして、これをなんと……今日はぁ……」 兄「……」 妹242「妹のあたしが、食べさせて上げるよ! きゃーっ!!」 兄「……」 妹243「ってことで、机の空スペースにお盆を置かせていただきまして……。ふふん、はい、兄ちゃん。あーんっ」 兄「……」 妹244「……ほーぅら口を開けないとあたしのフォークが兄ちゃんの唇を突き刺しちゃうよぉ~?」 兄「ふがむご」 妹245「そうそう、大人しく口を開けてねー。もー、まったく兄ちゃんは世話が焼けるなぁ」 兄「もぐもぐ」 妹246「はい、牛乳はストローで飲んでねー。はーいじゃあぶすりっと!」 兄「もぐんぐ」 妹247「ぁー……」 兄「……」 妹248「うーん……」 兄「……」 妹249「なんか、違うなぁ……。あたしは兄ちゃんとこういうことがしたいわけじゃないんだよなぁ……」 妹250「ごめん、兄ちゃん。残りは自分で食べてね! 食器はお風呂入るときにリビングに置いてくれればいいから!」 妹、扉閉める。 妹251「うーん……。色々強引なアプローチかけてみたけど……こうじゃない……」 妹252「なんだかこれじゃ、話すことができなくなった人を介護してるみたいじゃん」 妹253「ちーがーうのっ、あたしは兄ちゃんと会話がしたいのっ! あぁいう触れ合いじゃなくて、もっと……」 妹254「うぅ……そもそもあんなに強引にしたら、兄ちゃんに嫌われちゃうよね……?」 妹255「スーパーでも叱られちゃったし……。怒鳴られはしなかったけど」 妹256「叱るなら声で言って欲しかったなぁ。手で叩かれるだけってのは、なんだか……嫌だよ」 妹257「はぁ……お風呂入ろ」