10日目
―自室・朝―
妹259「けほん、けほん」
妹260「(風邪を引いてしまったのです)」
妹261「(せっかくの休日、今日はうざったがれるくらい兄ちゃんに構ってやる予定だったんだけど、そんな気力すら湧いてこない)」
妹262「(気だるさと倦怠感の合併症。心身共に参っちゃってるみたい。気持ちだけじゃなくて、思考までもが下向きに修正されちゃう)」
妹263「(ゆっくりと現実だけを見つめる時間を与えられた気分。そんなもの与えられても困っちゃう。現実なんて見たくないし……)」
妹264「(実際、兄ちゃんは未だにあたしと口を利いてくれないし、あたし以外とは楽しそうに会話してる。お母さんとは、なんだか、前以上に楽しく会話しているような気もする。きっとお母さんの兄ちゃんに対しての評価が上がったのが原因かも。もしくは、自分と比べて実に楽しそうな兄と母を見て、余計に楽しそうだと思っちゃったのかも)」
妹265「(なんで兄ちゃんはあたしに口を利いてくれないんだろう。ムカつく。お母さんとばかり話してる兄ちゃんがムカつく。そんなに話すことがあるなら、少しくらいあたしに話しかけてもいいじゃん)」
妹266「(なんでだろう。どうして話しかけてくれないんだろう。もしかして、あたしに話題を振っても面白い反応をしないから、とか。嘘、それだったらとっくの昔にお互いの会話がなくなってるはず。ついこの間まで楽しく会話してたのに)」
妹267「(そりゃ、喧嘩もよくしてたけど……。それは、単なるお互いのコミュニケーションで……)」
コンコン。
妹268「――っ。は、はーい」
兄「……」
妹269「あ……兄、ちゃん」
兄「……」
妹270「ご、ごめんね。風邪引いちゃった。うつっちゃうから、あたしに近づかないほうが……」気丈に振る舞おうとする。
兄「……」
兄、ベッドの傍に座る。
妹271「……、なに、それ。おかゆ……?」
兄「……」
妹272「タオルに、代えのパジャマ……」
兄「……」
妹273「もう、ホント……なんなの、その気遣い……」
兄「……」
妹274「なんか……言ってよ……」
兄「……」
妹275「どうせ、そのおかゆだって……兄ちゃんが作ってくれたものなんでしょ? 梅干しまで乗っけちゃってさ、なんなの……なんなんだよ……」
兄「……」
妹276「無言でスプーン近づけて来ないでよ……怖いよ……。兄ちゃんが何を考えてるのか、全然解んないよ……」
兄「……」
妹277「……いら、ない」
妹278「……そんな優しさ、いらない」
妹279「兄ちゃん気付いてる……? 兄ちゃんがそうやって、あたしに気遣って、気遣って気遣って、気遣うたびに! あたしはっ! 苦しいの!! 心が抉られるの!!」
妹280「嫌うなら嫌ってよ!! 見捨てるなら見捨ててよ!! あたしに気遣わないでよ!!」
妹281「……っ。苦しいよ……。なんであたしは、兄ちゃんに大切にされているような気持ちと、兄ちゃんに嫌われてるような気持ちを共有しなくちゃいけないの……?」
妹282「大切にされてるのはすっごく嬉しいんだよ……? 今まで馬鹿みたいに喧嘩してきたし、兄ちゃんには色々口酸っぱく説教されてきたけど、それでもやっぱり、大切な家族なんだなって。妹のあたしでも、兄ちゃんの大切なモノの一つなんだって……そう思えた」
妹283「でも、無視されるのは辛いよ。口を利いてくれないのは辛いよ……。あたしはここにいるんだよ!? 兄ちゃんの目の前に、ちゃんといるんだよ!! ちゃんとあたしを見てよ!! ――あたしだけを見てよ!!!」
妹284「見て……欲しいよ……。他の誰でもない……。たった一人の妹なんだよ……?」
妹285「………………」
兄「……」
妹286「……っ……ははっ……なに言ってんだろ、あたし……」
妹287「ごめんね。なんか、変なこと口走っちゃったかもしんない。あれは、そう、なんていう……か……」
妹288「か……風邪引いてるとねっ、思いも寄らないことが頭をよぎっちゃってさっ」
妹289「ついつい、口が勝手に動いちゃうってことがあるよねっ! うんっ、あるある……」
妹290「……兄ちゃん。そのおかゆ、お盆に置いて」
妹291「大丈夫、きちんと食べるから」
妹292「この歳になって、兄から“あーん”して食べさせてもらったとなっちゃ、人生の汚点になっちゃうからね」
妹293「だから……ごめん」
妹294「…………っ……でていって、くれる?」←泣き堪え。
妹295「……っ………………っ、……でていって」←泣き堪え。
兄「……」
扉閉まる。
妹296「…………なに、いってんの…………ばかっ……あたしの、……ばかぁっ……」