15日目
―学校・昼―
妹298「(兄ちゃんが口を利いてくれなくなって、二週間が過ぎた)」
妹299「(たった二週間。この間に、あたしの心は随分磨り減った)」
妹300「(特に、兄ちゃんに不満をぶちまけちゃったあの日から今日までの数日。兄ちゃんと極力関わらないようにしていたこの何日かで、あたしの心は随分やつれたような気がする)」
妹301「(あの楽しかった日々はもう帰ってこない。兄ちゃんが、あたしを口で叱ってくれる日は、もう来ない)」
妹302「(今の兄ちゃんは、家族であり妹のあたしを、ただ妹という理由でたくさん気遣ってくれている。もしあたしが家族じゃなかったら、妹じゃなかったら……。そう考えただけでぞっとする)」
妹303「(兄ちゃんと話したい。兄ちゃんの声が聞きたい。そんな欲求はあるけれど、それはもう叶わないと解った)」
妹304「(あの日、兄ちゃんに言ってしまった言葉。兄ちゃんに吐いてしまった暴言。思えばそれがすべての始まりだったのかもしれない)」
妹305「(でも、もう遅いの。何度もそのことについては謝ったけど、どうにもならなかった)」
妹306「(すべてを諦めてしまいたかった。けど……無理だった)」
妹307「(兄ちゃんと関わらないようにしようと決意してからの毎日、あたしの頭をよぎるのは、全部……全部っ!)」
妹308「あのっ、すみません!」
男「ん、どしたの?」
妹309「あぁ、えと、私は、その……」
男「あれ、君、兄の妹じゃね?」
妹310「あ、そうです。妹です。いつも兄がお世話になっています」
男「いえいえご丁寧にどうも」
妹311「ところで、兄はいらっしゃいますか……?」
男「ん、えーっとあいつなら……、おぉ、いるぞ。呼ぶか?」
妹312「あ、はい。お願いします」
妹313「(よかった、兄ちゃん教室にいてくれた……)」
男「おーい、兄ー」
兄「んー?」
妹314「(あ、兄ちゃんだ。男の人と楽しそうに話してる)」
男「客だぞ。妹ちゃんだ」
兄「おー。はいはい」
兄、教室の扉に近づく。
妹315「(うわ、こっちにくる。ふぅー、深呼吸深呼吸……すぅー、はぁ……)」
兄「……」
妹316「えぇっと、兄ちゃん……あの、折り入って相談が、あって、だね……」
兄「……」
妹317「あ、あ……っ、あたしとっ、お弁当食べませんかっ!!」
兄「……」
妹318「あの、都合が悪ければ別に、いいんだ、けど……ホント、なんていうかっ、その……たまには一緒にどうかなー、なんてっ。へへっ」
兄「……」
妹319「だから、一緒にどぉ――」
兄「……」
兄、扉から離れる。
妹320「――あ」
妹321「…………そっ、か。駄目、か」
妹322「そうだよ、ね……。今更一緒に、だなんて……虫のいい話、ないっか」
妹323「あれ、鼻水が……ずずっ。おかしいな、風邪はもう治ったはずなのに。きちんとおかゆ食べて、着替えもして、寝たはずなのに……」
妹、手に持った弁当を奪われる。
妹324「んぇっ、あれっ! あたしのお弁当がっ、あれっ! 兄ちゃんの作ったお弁当――が」
兄「……」
妹325「え……兄ちゃん……? なに、どうしたの? ははっ、お手洗いか?」泣くのを隠すように振る舞ってます。
妹326「って、あーっ! お弁当取ったの兄ちゃんじゃん! え、なに? なんなの!」
兄、廊下を歩く。
妹327「えちょおいこら!! 待てや!! あたしのお弁当返してよ!!! うぅーっ!! なんか言えよもぉ!!」
―中庭・昼―
妹328「い、いただきます」
兄「いただきます」
妹329「……」
兄「……」
妹330「(なんだか解んないけど、兄ちゃんと中庭でお弁当食べる絵図になってる。凄い近くに兄ちゃん座ってる。やだこれ近い。何で兄ちゃん相手にこんな緊張してるんだろあたし)」
妹331「ソーセージぶすりっ」
兄、妹を小突く。
妹332「あいたっ。……えっ、えっ?」
兄「……」
妹333「(兄ちゃんがソーセージを箸で摘んでこれ見よがしに口に運んだ。なに、なんなの?)」
妹334「……ハンバーグぶすりっ」
兄「ふんっ」
妹335「あいつぁっ! ~~っ! もう、手加減してよ!!」
兄「……」
妹336「くぅっ、だんまりかよ……」
兄「……」
妹337「……。そぉ~っ」
兄「……」
兄、殴る構え。
妹338「ひぃっ! もう刺しません! 食べ物を箸で刺しませんから殴る構えを解いてくだせぇっ!!」
兄「……」
妹339「ふぅ……。焦った……」
兄「んぐんぐ」
妹340「……もぐもぐ」
兄「んぐんぐ」
妹341「……外は、日差しがあったかいな」
兄「ぱくもぐ」
妹342「それに、心もあったかいや」
兄「ご馳走さま」
妹343「――ってちょぉ! もう食べ終えたの!? 早い早いよ! 待って、あたしもすぐ食べ終わるから、もう少しだけでいいから一緒に……」
兄「お茶お茶っと」
妹344「ん……。えっと、そのお茶……あたしが貰って、いいの?」
兄「あれー、お茶が見当たらないなー(棒」
妹345「兄ちゃんそっぽ向きながらお茶差し出してる。くすっ、変なの」
兄「どこだー、お茶ー(棒」
妹346「はいはい、しょうがないから、あたしが貰ってあげますよー」
兄「仕方ないからもう一本出すかー(棒」
妹347「……んぐっ……んぐっ……」
兄「……んぐっ……んぐっ……」
妹348・兄「っぷはあぁぁっ!!! ふぃー、うめえええぇえ!!」
妹349・兄「……」
妹350・兄「ぷっ」
兄「――ん゛、ん゛ん゛っ!! んんっ!!」
妹351「あっははは!! 駄目だよ兄ちゃん、誤魔化しきれてないって!! 今笑った、今笑ったもん!! お茶飲む仕草が綺麗にハモリ過ぎて、今笑っちゃったじゃん!!」
兄「あー、雑音が聞こえるわー」
妹352「え、なに? 雑音が聞こえるぅ? 何言ってんだかこの兄は。それで誤魔化したつもりですかーぁ?」
兄「さて、そろそろ行くかなー」
妹353「あーごめんごめんっ! 謝るから腰上げようとしないで! もうちょっとゆっくりしていこうよ」
兄「と思ったけど、これから予定なかったな」
妹354「そうそう、どうせ予定ないんでしょ? だから、ちょこっとだけ、あたしに付き合ってよ」
兄「……」
妹355「……あたしさ、色々考えてみたの。兄ちゃんのこと、あたし自身のこと。そして、これからのこと」
妹356「兄ちゃんに色々暴言吐いちゃって、愛想尽かされて、口利かなくなって……。こうなってみて、初めて解ったことがあるの」
妹357「あたし、兄ちゃんに依存してたんだ。色んな意味で」
妹358「あたしのストレスの捌け口だったり、あたしの悩みの根源だったり」
妹359「同時に、あたしの相談相手で、あたしの良き理解者だったの」
妹360「他の誰よりも、兄ちゃんに、このすべてを依存してた。あたしのパートナーだったの。変な言い方すれば、親友、みたいな?」
妹361「だから、兄ちゃんがあたしに口を利かなくなって、どんどんあたしの手元から離れていって、凄く動揺した」
妹362「自分がなくなるような、そんな気までした」
妹363「だって、この何日間、ずぅぅぅーっと、兄ちゃんのこと考えてたもん。自分のことみたいに、ずーっと兄ちゃんのこと考えてた」
妹364「そこで、はっと気付いたの。家族の、ただの兄なのに、あたしはこんな歳して、兄に依存していたんだって」
妹365「同時に気付いたんだ。兄ちゃんは、いずれあたしの手元から離れるんだ、って。存在そのものが、すぐ傍から離れるんだって」
妹366「当然のことだったんだよね。この二週間、とても異常に感じてたこの関係は、至極当然のことだったんだよ」
妹367「兄ちゃんは、それを先に教えてくれたんだよね」
妹368「だからさ、あたしは兄ちゃんにちゃんと言わなきゃいけないの」
妹369「……ありがとう」
妹370「あたしの支えでいてくれてありがとう。これからあたしは、兄ちゃん以外の、ずっとあたしの支えでいてくれる人に依存するよ」
妹371「だから、兄ちゃん」
妹372「今まで……ホントに、ありがとう――」