第七話
「積極的な幼馴染」
―教室前・放課後―
【男】
「(そろそろかなー」ぼーっ
がらがら
【やつこ】
「それでは、みっちゃん隊長。失礼するであります」
【みっちゃん】
「おう。また明日にな」
【やつこ】
「わかりましたであります。また明日であります」
目が合う
【やつこ】
「あっ」
ととと…
【やつこ】
「へへへ。お待たせー」
【男】
「おう」
【やつこ】
「んんぅー、はぐー」ぎゅう
【男】
「うぉわっ!?」
【やつこ】
「ん? どうしたの? 口ぱくぱくしてる」
【男】
「ばか、離れろ!」ぐいっ
【やつこ】
「うわっ、とっとっ」
【やつこ】
「……引っぺがすなんて酷いよー。あ、もしかして……
嫌だったかな」
【男】
「そうじゃなくてだな……。あー、もう!」
【やつこ】
「え? そうじゃ、なくて……?」
【男】
「耳貸せ」
【やつこ】
「へ? 耳? ……貸してもいいけど、ちゃんと返して
よ?」
【男】
「お約束はいいんだよ」
【やつこ】
「へへ、このお約束、一度使ってみたかったんだあ」
【男】
「そうかい……」
【男】
「んんっ(咳払い)。……あのな? あぁいうことは人前
ではしちゃ駄目だ」小声
【やつこ】
「ん、なになに? ……人前で抱き付くな……?」小声
【男】
「そうだ」小声
【やつこ】
「えー。でも、昨日はそっちから抱き締めてきたじゃん」小声
【男】
「お前、それ他の誰かに言ったんじゃないだろうな……」小声
【やつこ】
「む。失礼だなあ。あることないこと、みんなに全部話
したりなんてしてないよぉ。ハグされたのも、誰にも
言ってないよ? 禁則事項ですっ、だよ?」小声
【男】
「そりゃ、ないことまで話されたら堪ったもんじゃない
わ」小声
【男】
「つか、誰かいつ人前で抱き締めたりしたよ」小声
【やつこ】
「む、むむ。確かに、人前で抱き締められたりはしてな
いなぁ」小声
【男】
「そういうことだ」小声
【やつこ】
「んん……。うん、わかった……」小声
【男】
「わかってくれたか」
【やつこ】
「言われてみれば、人前で抱き付くって、ちょこっとど
ころじゃなく恥ずかしい行為だったね……。んん、軽
率でした……」
【男】
「なんだ。ちゃんと理解できてるじゃねーか。お前にも
一般的な解釈があったんだな」
【やつこ】
「む。なにその言い方。まるで私が一般的な解釈を持って
ないみたいじゃんかー。私だって、何が恥ずかしいこと
なのかーくらいわかってるよ。馬鹿にすんなよー?」
【男】
「そうかい」
【やつこ】
「…………」
【男】
「……どうした?」
【やつこ】
「う、ん……。恥ずかしいってわかってるはずなん、だ
けど……」
【男】
「ん?」
【やつこ】
「……抱き付いちゃ……、だめ、かな……?」
【男】
「は」
【やつこ】
「あ。んーんっ! なんでもないっ。困らせちゃうね、
うん。忘れて忘れてっ」
【男】
「お、おう」
【やつこ】
「さーぁっ! 今日もどこか寄って帰ろっか? あ、商
店街のお肉屋さん寄ってこーよ! 今日はメンチカツ
のお口なんだぁ」
―通学路・夕方―
【やつこ】
「めんっちっかつっ♪ めんっちっかつっ♪ きょーお
ーもきょーとーてめーんちっかつっ♪」ふんふふーん
【男】
「ご機嫌だな」
【やつこ】
「んふふ。別に、今日が特別機嫌が良いってわけじゃな
いよ? 私は毎日幸せに生きてるもん。だから、毎日
がご機嫌だよ?」
【男】
「……そうだな」
【やつこ】
「朝起きて、君と学校に行って、みっちゃんとお話して、
ご飯食べて、みんなからお菓子貰って、……こうして、
君と一緒に帰って」
【やつこ】
「毎日が幸せ。ずっと幸せ。お父さんがいて、お母さん
がいて、妹がいて。みっちゃんがいて、クラスのみん
ながいて、……君がいて」
【やつこ】
「みんな優しくて、大好きで。――すっっっごく、幸せ
っ!」
【男】
「……そうか」
【やつこ】
「そしてなにより、食べたい物、美味しい物が食べられ
るのって……極上の幸せだよねっ!?」
【男】
「結局食い物じゃねーか!!!」
【やつこ】
「へへ。やっぱり、食べ物は譲れないのです」
【男】
「ったく」
【やつこ】
「……だから、君には一番感謝してるよ?」
【男】
「……へ」
【やつこ】
「だって、他でもない君が、私に食べ物の魅力を教えて
くれたんだもん。……大切な人だよ?」
【男】
「ぐっ、なんつーか、あんま嬉しくないぞそれ」
【やつこ】
「嬉しくない? む、贅沢言ってぇ……」
【男】
「それにあれは……なんというか、餌付けみたいなもん
だ」
【やつこ】
「え、餌付けっ!? 私に食べ物くれてたのって、そう
いう理由っ!? 私はペットなのかっ!」
【男】
「ははは。冗談じょうだん」
【やつこ】
「むぐ……。冗談でも、言っていい冗談と悪い冗談があ
るよ……」
【男】
「すまんすまん」
【やつこ】
「……でも。……それでも、やっぱり……、君には感謝
だよ」
【男】
「ん」
【やつこ】
「食べ物のこともそうだけど、それだけじゃない。私が
沢山我が儘言って、沢山迷惑かけても、側にいてくれ
た。ずっと隣にいてくれた、大切な人……」
【やつこ】
「大好きな、君のこと。……ほんとに、感謝してるよ?」
【男】
「……またか」
【やつこ】
「うん? ……、どうか……した?」
【男】
「それは告白か?」
【やつこ】
「へ? こくはく……? ……(思考中)。――っ(気付
く)、ち、ちがっ、違う違うっ! そうじゃないよ!」
【やつこ】
「た、ただ、私の中の好感度ランキングで、単独一位な
だけで……、付き合ってくださいっていう告白じゃな
いよっ」
【男】
「好きは好きでも、友達として好きってことか?」
【やつこ】
「ん……。君がよく使う、その“友達として好き”って
いうの、よくわかんないよ……」
【やつこ】
「好きに種類なんてないよ。君も、みっちゃんも、お母
さんも、みんな、みんな大好きだもん」
【男】
「博愛精神ですね。わかります。あーはいはい。通常運
行ね」
【やつこ】
「はくあい、せー……しん? ……なにそれ?」
【男】
「きにすんな」
【やつこ】
「うぅ……。またはぐらかされたよ……」
【男】
「お前って、誰でも彼でも好き好き言ってんのか?」
【やつこ】
「へ? む。失礼だなあ。誰でも彼でも好き好き言って
ないよ。私にお菓子をくれる子にしか言ってませんー」
【男】
「それ問題発言だぞ」
【やつこ】
「あ、そういえば、君が“好き”って言うのあんまり聞
いたことないね。なにか理由があるの?」
【男】
「……普通の人間は、無闇やたらと“好き好き”言った
りしないものなのだよ、ホームズ先生」
【やつこ】
「へ? そうなの? ……そっか。みんなは、好きなの
に好きって言えないんだ……」
【やつこ】
「はっ、そういえば。クラスの子が好きな人に好きーっ
て言えなくて悩んでるって言ってた。……素直に言っ
ちゃえばいいのにね」
【男】
「……そーだな」
【男】
「(それができたら俺だってこんな苦労してねーわ)」
【やつこ】
「……。君は、どう?」
【男】
「へ?」
【やつこ】
「好きな人、いないの?」
【男】
「ど、どストレートな質問するのな……」
【やつこ】
「まーまー恥ずかしがらずに答えちゃいなよーYOU☆」
【男】
「いない」
【やつこ】
「えー? いないのー? なーんだ、つまんなーい」
【男】
「つまんないって、お前な……」
【やつこ】
「……好きな人がいるなら、それってどういう気持ちな
のか、教えてもらおうかと思ったんだけどなぁ」
【男】
「……」
【男】
「お前、さ」
【やつこ】
「うん? どした?」
【男】
「好きでもないのに、俺に抱き付いてきたのか?」
【やつこ】
「へ? ……あぁ、さっき私からハグしちゃったこと?
へへ、ごめんごめん。今度からは気をつけ――」
【男】
「そうじゃない!!」
【やつこ】
「――ひぅっ! ど、どうしたの? 大声出して……」
【男】
「お前はっ! ……好きでもないやつに、抱きつくのか
って訊いてるんだ」
【やつこ】
「あ……。へへ、なーんだ。そういうことかー。私が君
以外の人にも抱きつくんじゃないかーっていうこと?」
【男】
「む、ぐ……」
【やつこ】
「……。あのとき、人目も気にしないで君に抱き付いち
ゃったのは、自分でもちょこっとびっくりしてるの。
体が勝手に動いたーというかなんというか……」
【やつこ】
「君と、朝に登校してから一度も会わなかったから、目
の前に君がいて嬉しくなっちゃったのかな? へへ」
【男】
「……臆面もなく、よく言うな……そんなこと」
【やつこ】
「ん……。でもね、君だから、だよ? 君だから、嬉し
くて……ハグしたいーって思ったの」
【やつこ】
「お嫁さんごっこで、君とハグしてから……。私、君と
ハグするの……好きになっちゃったの」
【やつこ】
「君の匂いに包まれて……体のちょこっと上から、ぎゅ
ーって押し潰されながら、後ろからぐいーって抱き抱
えられるのがね? すっごく安心するんだあ」
【男】
「それって、別に俺じゃなくても、体格差があれば誰で
も」
【やつこ】
「んーん。君じゃないとできないよ? ……君とじゃな
いと、こうはならないよ?」
【やつこ】
「……わかるもん。君じゃなきゃダメだーって。上手く
説明できないけど、自信はあるよ? それと……」
【男】
「それと?」
【やつこ】
「君とじゃないと、しちゃダメだーって……。なんとな
く、そう思うから」
【男】
「……」
【やつこ】
「だから、他の人に抱きつくとか、そんなことしないよ?
……へへ。やきもち焼いてくれたのかな?」
【男】
「あほ」
【やつこ】
「くすっ。そーんな顔で“あほー”って言っても、全然
説得力がないよ?」
【男】
「うるさい」
【やつこ】
「ふふっ。……(振り向く)、ほら。おいで?」
【男】
「は」
【やつこ】
「ハグ。……してもいいよ?」
【男】
「いや、なんで」
【やつこ】
「だって、もうクラスのみんなはいないよ? それにこ
の公園、人通り少ないし」
【男】
「そういう問題じゃなくてっ! 別に俺はしたいとかそ
んなこと言ってないだろ!」
【やつこ】
「むぅ……。察し悪いなぁ、もう……。私がしたいのっ。
……ハグ……、してほしいのっ」
【やつこ】
「ほら……して? お嫁さんごっこの、続き……。お嫁
さんの幸せ、私に教えて……?」
【男】
「……っ。たく……」
ぎゅう
【やつこ】
「んっ。ふぁぁ……、んん……、ハグだぁ……。ん……、
私も……ぎゅぅぅぅー」
【やつこ】
「んー……。はぁぁ……。すんすん、すん……。すぅー
…………っ、はぁぁぁー……っ。んふふ、君の匂いー
……んん~」
【男】
「……もういいか?」
【やつこ】
「んんっ、もうちょこっとだけ……。あと、少しー……。
んん……。ぎゅーって、して……? ぎゅーって、密
着させてー……」
【男】
「(あー軟らかいし軟らかいし軟らかい。ふよふよしてる
って。胸めっちゃ当たってるしよぉぉぉ)」
【やつこ】
「んんっ、ん。そう……。ぎゅぅー……。はぁぁぁ……
幸せだよぉー……」
【男】
「も、もうやめよう」
【やつこ】
「んぁっ、離しちゃった……」
【男】
「人が来てからじゃ遅いからな。来る前にやめておかな
いと」
【やつこ】
「あー、そっか。人が来ちゃうかもしれないもんね。う
ん、しょうがないね」
【やつこ】
「ふふっ。――よーし! それじゃメンチカツ食べに行
こーーーう!! スキップすきっぷ~。ほら! 置い
て行っちゃうぞーっ!」たたたっ
【男】
「……元気なお姫様だな」
?