第2話
―リビング・夜―
妹065「あれ。兄さん、まだ起きてたの。こんな時間までテレビ鑑賞? 寝る前にテレビの画面見てたら、目が冴えちゃうわよ?」
兄 「おー。もうちょっと」
妹066「もうちょっとだけ? ふぅ、本当かしら。明日は早いんだから、兄さんはいつもより早く寝ないと」
兄 「おー」
妹067「おー、じゃないー。生返事なんだからー」
ぼすっ
妹068「ふぅ」
兄 「なんだ、お前も見るのか」
妹069「今日の試合の結果でしょ? 私も一応気になる」
兄 「なーにが気になるだ」
妹070「なによ、気になっちゃ駄目なの? 子供のころから毎年、毎年、春から秋までずーっと、毎日のようにテレビ中継を見させられてる私の身にもなってみてよ。
お陰でゴールデン番組には疎くなっちゃったわ」
兄 「半年の我慢だ」
妹071「半年の我慢? その半年が長いのよ。それに、もう我慢するのはやめたわ。一緒に楽しめば、苦にならないわけだし」
兄 「なるほど。合理的だ」
妹072「でしょ? 合理的な考えなの」
兄 「……」(テレビに夢中)
妹073「……」
妹074「(試合の結果なんてさっき見たから知ってるのよねー。あー、暇だわ)」
妹075「(……兄さんの足)」
妹076「つんつーん」
兄 「なんだ」
妹077「なんでもなーい」
兄 「そうか」
妹078「べしっ、べしべしっ」
兄 「なんで足を叩く」
妹079「ふふっ。そこに足があるから叩いてるだけー」
兄 「やってろ」
妹080「(あ。無関心を貫くつもりだ。ちぇ、つまんないわね)」
妹081「……。あ、終わり?」
兄 「終わったな」
妹082「そう。なら、さっさと寝ちゃいましょ。あっ、歯磨きした?」
兄 「したー」
妹083「うむ、ならばよし」
とん、とん、とん
がちゃ
ぱたん
妹084「おやすみなさーい」
兄 「待てまてまてマテ」
妹085「ほら、兄さんも早く入って? 早く寝ないといけないんでしょ?」
兄 「ごく自然に布団の中に入ってるのは何故だ」
妹086「んー、なーに? またそのやりとりしないといけないの? そろそろ口で言うのも面倒になったって言ったでしょ。有無も言わずに、とっとと入って」
兄 「あのな? お前ももう年頃だ。いい加減一人で寝――」
妹087「寝るときにつまんない説教なんて聴きたくなーい。それになに? いい歳なんだから一人で寝ろ? 説教になってない。なんで歳を重ねたら、一緒に寝ちゃいけないのよ」
兄 「そりゃ、もう一人で寝ても怖くないだろ」
妹088「あー、そういうこと。一緒に寝る理由が、“一人だと怖いから”っていう理屈ならまかり通るわね。
でも残念、私は一人でも寝れるわ。第一、怖いから一緒に寝るだなんてこと、今までしたことがないわ」
兄 「嘘付け」
妹089「う、嘘じゃない。それに! 私が兄さんと一緒に寝たいのは、怖いからじゃない」
兄 「じゃあなんだ」
妹090「じゃあなんだ、って……。すべてのことに理由をつけないと納得しないの? 兄さん面倒」
兄 「はぐらかすな」
妹091「別にはぐらかしたんじゃ……。ただ、兄さんと一緒のベッドで寝たいなーって、そう思っただけ」
兄 「なんじゃそら」
妹092「一人で寝るのも別にいいんだけど、たまーに兄さんと一緒に寝たいって思うの。ただそれだけ」
兄 「ふーん」
妹093「これでいい? 説教が終わったのなら、さっさと入ってちょうだい」
兄 「はいはい」
もぞもぞ
妹094「ん……。じゃ、電気消して」
兄 「はいな」
ピ
兄 「……」
妹095「……」
妹096「兄さんは……」
兄 「ん」
妹097「(説教の仕方が下手……なんて、別にいま言わなくてもいいわね。私も眠いし)」
妹098「……んーん。なんでもない」
兄 「そうか」
妹099「腕貸して」
兄 「ん」
妹100「うん。ありがと」
妹101「……おやすみなさい、兄さん」
兄 「おやすみ」
3~5分、呼吸音を挿む。
兄 「……妹」
妹102「ぅ、ん……? なに……にーさん……」
兄 「……すき……だ」
妹103「っ……。また……、すきって……」
兄 「あいして……る……」
妹104「……、寝ぼけてるの……? 寝ぼけた、ふり……してるの?」
兄 「(ぎくり」
妹105「兄さん? 兄さんっ」ゆさゆさ
兄 「ぐうぐう」
妹106「はぁ……。たちの悪い冗談か何かよ、もう……」
妹107「妹に“好き”とか“愛してる”だとか、気持ち悪い。寝言なら許されるとでも思ってるの?」
妹108「……」もぞもぞ
妹109「気持ち悪い。本当、気持ち悪い兄さん。寝てるとはいえ、妹のことを好きだなんて……」
妹110「……、どんな夢見てるのかしら。私に好きと言わないと、殺される夢? もしかして、私じゃなくて、名前が同じ他の誰かへの言葉だったり」
妹111「ふぅ……。可哀相な兄さん。好きでもない人に向かって、好きと言わされるなんて、不憫だわ。同情する」
妹112「すぅ……すぅ……。ま、いいんじゃないの。兄さんにはお似合いの道楽かも。……ふふっ、さすがに酷かったか」
妹113「すぅ……すぅ……、ん……ふぅ……、すぅ……すぅ……」
―ダイニング・朝―
妹114「兄さん」
兄 「ん」
妹115「最近、寝言が酷いの自覚してる?」
兄 「いや」
妹116「酷いもんよー、それはそれは。支離滅裂で、何が言いたいのかさっぱりなの。無駄にはっきりした声で言うから、私てっきり起きてて言ってるのかと思った」
兄 「まじかー」
妹117「夢見が悪いのかなんだか知らないけど、不気味だからどうにかしてくれない? 安眠できない」
兄 「一緒に寝なければいいんだろ」
妹118「一緒に寝なければいい? ふん、根本的な解決になってない。不気味な寝言をしてるのは兄さん、私は正常。
なんで正常な私のほうが、異常な兄さんをほっぽり出さなきゃいけないの? 改善すべきは兄さんのほうでしょ」
兄 「むか」
妹119「自分の責任を周りのせいにするのはどうかと思う。ま、教えるだけ教えたから。どう対処するかは兄さんが考えて」
兄 「むかむか」
妹120「……な、なに?」
兄 「寝言といえば、お前だって夜な夜な一人でぶつぶつ言ってるじゃねーか」
妹121「え、うそ。私、寝言いってた?」
妹122「(ひゃー、兄さんみたいなあんな恥ずかしいこと言ってたらどうしようっ! すきー、だいすきーとかっ)」
兄 「あぁ、そりゃ大声で。溜まらず起きちまったよ」
妹123「そ、そう。ちなみに、なんて?」
兄 「“兄さんだいすきーあいしてるーあいらぶゆー”だ」
妹124「……、“にーさんだいすきーあいしてるーあいらぶゆーぅ”?」
兄 「そうだ!」
妹125「(……。ねーわ)」
妹126「あそ。じゃ、そろそろ私出るから」
兄 「おおい! ちょちょちょちょまてーい!」
妹127「なに? 兄さんの戯言に付き合ってる暇ないんだけど。じゃれたいならそこらの野良とじゃれてて」
兄 「いや、お前の寝言! お前もあんだけ酷いんだから改善する必要があるだろって話!」
妹128「私の寝言? はぁ、なんでそんな夢物語を真に受けないといけないの? もっとマシな嘘をついて」
兄 「ぐ、ぐぐぐ」
妹129「私が寝言で“兄さん愛してますー”だなんて、万が一にでもありえない。……兄さんじゃあるまいし」
兄 「俺だってそんなこと! おぉぉー……」
妹130「兄さんは寝言を言わないようにする策でも考えてて。こういうの考えるの得意でしょ? 兄さんのアイディア性、私買ってるから」
兄 「あ、お、おう」
妹131「ん。それじゃ、行ってきまーす」
兄 「気をつけろよー」
ばたん
妹132「ふぅ……。私が兄さん大好きあいらぶゆうーだなんて言うわけないでしょーが」
妹133「……。うん。ない。ないない。有り得ない」
妹134「はぁ……学校いこ」