寝物語としての身の上話あるいは世界の全容
「……まだ、起きていたの。この分、起床の時間を遅らせなければならないわ」
「さぁ、早く眠ってちょうだい。なるべくなら、精神的に万全でない状態での実験結果には、したくないの」
「……ふーー…………。あなたが眠りにつくまで、こうして隣で見張らせてもらう」
「…………そう。確かに、見つめているだけでは余計に眠れないわね。どうすれば眠れるか……あなたの希望も受け付ける」
「そうね、それなら……ええと……このアイマスクをつけるといいわ……はい。……苦しくはない、よね?」
「それに……何か、ずっとお話をしていればいいの?」
「わかったわ。喋り疲れてしまうけれど、仕方ない」
「……そうね、名著はほぼ全て記憶しているわ。あなたの知らないものを語ってあげる」
「デカルトの『方法序説』から……、物語なら、ヘミングウェイ『老人と海』……タイトルは知っているでしょう?」
「……ナボコフの『ロリータ』も……、興味があるんじゃないかしら。……逆に眠れなさそう?」
「難しい内容が嫌なら、現代的なライトノベルも網羅している。これは、少し昔のものだけど……『どんかんハーケンマン』……」
「鈍感さにおいては右に出る者がいない派遣社員の主人公が、出張する先々でご都合主義的に乱立するフラグに、全く気付かず……。これも駄目?」
「……えぇ。……私の、こと? ……私の、生い立ち、ね……。」
「自分の身の上を話したことはほとんどない……。きっとつまらない話しかできないし、その記憶はすぐに無駄になってしまうけれど、あなたがそれでいいのなら」
「簡単な話になるわ。……生きていた頃のおうちは、3LDKマンションの一室」
「パパは食品会社の営業職、ママは元会社員の専業主婦。ごく一般的な家庭」
「一人っ子だった私は両親の愛情を受け、おそらく人並みに、幸せに育った」
「日曜日にはお買い物にも、たまにはみんなで遊園地にも行って、はしゃぎ回っていたわ」
「学校に入ってからは、両親が私の教育方針で衝突することが多くなった」
「そのうち、パパの会社の商品で異物混入騒動が起こり、風評被害による経営不振も重なって、パパは暗い顔をしていることが多くなったわ」
「家計はみるみる貧しくなっていった。幸せなんて、いつ崩れ去るかわからないもの」
「ママは私を置いて家からいなくなることが多くなって。両親は顔を合わせれば喧嘩をしないほうが珍しくなってしまって」
「ある日から、私は自分の部屋に閉じ込められるようになった」
「二人とも自分のことだけしか考えられなくなって、まだ手のかかる私のことが邪魔になったのでしょうね」
「私も、そんな両親を見るくらいならと、大人しく部屋の中で、ブランケットに閉じこもっていたわ。扉の向こうから漏れ聞こえる罵声も、耳を塞いで耐えていた」
「用意される食事の頻度も、どんどん少なくなっていって。ずっと同じパジャマだけで過ごすには耐え難い、冬が訪れた」
「気付いたら、無理やり外に出る元気もなくて、そのまま年が明けて、なんとか一人きりの誕生日を迎えて。その一月後に、とうとう衰弱しきってしまったの」
「……ほら、よくある、つまらない話よ。退屈でしょう?」
「思えば、感情表現の仕方を忘れてしまったのはこの頃よ」
「泣けば怒られる、笑っていても腹立たしいと怒られる」
「大好きな両親の邪魔になりたくない、誰にも迷惑をかけないように消えてしまいたい、と思っていた」
「それから、この世界にやって来た私は、優秀な死神を増やすための研究計画の対象に選ばれて、そのままこの役目を受け入れた」
「“お前は死神になった”、なんて言われた時には、この世界の仕組みがわかるようになっていたし、そうやって暮らした方がいいと計算できるようになっていたから」
「そう、生きていた頃から、こんな私だったわけではないのよ。死んでから、今の私が生まれたの」
「聖少女死神計画が終了するまでの経緯は省くけれど……長い間、私たち死神少女同士では交流をすることもあまりなかったわ」
「任務に精一杯だったし、私のように、あるいは私以上に、トラウマを抱えた子ばかりだったから」
「私も、入りたての頃に、たまたま能力的な都合で組んだパートナーがいて、その子だけいればそれでよかった」
「それでも、あの子が来てからかしら……。もともと成功例が多くなかった私たちは、トラウマに押し潰されて精神が壊れてしまったり」
「任務を放棄して行方不明になったり、なんらかの理由で転生してしまったり、だんだんと人数も減ってきて」
「そんな時に入って来たのが、ヒナという子」
「その後すぐに研究が凍結されて、もう死神少女が増えることはなくなって……」
「気がつけば、六人しか残っていなかった私たちは、不思議と彼女を中心に、身を寄せあうようになっていったわ」
「その時には既に、二人組が二組と、一匹狼を気取っていた意地っ張りを手なづけたヒナと……という組み合わせが出来上がっていただけ、というのもあるけれど」
「私もその内の一組で、もう一人は、さっきも言った――……」
「……く、ふぁ……、……やっと、眠ってくれたのね……」
「記憶ばかり頼りに、話しすぎてしまったかしら」
「……今度こそ、おやすみなさい」