2-1.一緒に街デート
今日は、週に二度のお休みの日です。
店員が私とご主人しかいないので、私たちのお休みはそのまま本屋のお休みにもなります。
ご主人は特に気にせずにお休みを取りますし、私にも取らせます。まあ、売上的には何も問題ないからでしょうけれど。
ちなみに、ご主人からは、“給料”として結構な額のお金もいただいています。
ここにいられるだけで十分です、と何度も断っているのですが、ご主人は「悪いから」と無理やり渡してきます。
そういうわけなので、私は何の気兼ねもなく、自由な時間を過ごせるのです。
しかし……
……ご主人。お洗濯、終わりました。
他に何か、お手伝いすることはありませんか。
……え? いえ。その……
遊びに行けば、と言われても……
……何もやることがないのです。
今まで、お休み自体はたくさんありましたが……どこにもいけない状態でしたから……。
ダークエルフが街に出るわけにはいきませんし……
かといって、このまま家にいても、特に何もすることがありません……
……いっそ、今から本屋を開けてもいいですか、ご主人。店番だけなら、問題なくできますので……
……? どうして謝るのですか、ご主人?
…………。
あ、はい……これからどこかにお出かけするのですね、ご主人。
では、私は留守番……ですか?
……私も、一緒に?
そう、ですね。ご主人と一緒なら、街を歩いていても、問題はないと思いますし……
……ありがとう、ございます。ご主人と一緒に、行きたいです。
すぐに、準備してきますっ。
* * *
……街に出るのは、久しぶりな気がします。
ご主人と、服を買いに来て以来……でしょうか。
……あのときはまだ、ご主人のことを疑っていましたね。
あれから、そんなに時間が経っていないのに……とても昔のことに感じられます。
……はい、ご主人。念のため、フードを被っています。いくら人通りが多くて誤魔化せるとはいえ、私がダークエルフだというのは、一目で分かってしまいますから。
……はい。そうですね。人間の目は、少しだけ怖いですし、嫌いです。
もちろん、ご主人以外の人間が、ですけれど……。
私がダークエルフだと分かれば、何をしてくるのか分からない……その印象は、変わっていません。
……もし、この人ごみの中で一人になったら……と考えると。
正直、怖いです。
…………。
……あの、ご主人。
よければ……手を握っていても、いいですか?
……はい♪
ありがとう、ございます。
ご主人の、手……とても、大きくて、たくましい、です。
……いえ。確かに、ゴツゴツしてますけど……でも、私の好きな、ご主人の手です。
……ふふっ♪
ところで、ご主人。今日はどちらへ?
……私に、街を案内してくれる……のですか。
ありがとう、ございます。でも、ご主人。私は、あまり街の中を歩くことはできないですから……むしろ、案内していただくのであれば、街の外のほうが……。
……あ、はい。こっちの細い道、ですね。
どこに行くのですか? 街の中央通りから逸れて、裏路地のほうに来ていますが……
……日があまり差していないですね。何だか、雰囲気が暗くて、じめじめしています。
この街に、こんな道があったのですね。
……ご主人。あの物陰に、人がいます。こっちをじっと見ているようですが……
大丈夫なのですか? あまり治安がよくなさそうな雰囲気ですが……
……大丈夫? そうなの、ですか?
あ……。あそこの人……よく見れば、人間ではありません。
あれは……エルフ、ですか?
純血のエルフが、こんな街に……珍しい……
……それに、向こうの通りにいる人は……オークではないですか。あっちにいるのは、ホビット……?
……随分と、人間以外の種族が多い路地なのですね。まるで、うちの本屋に来る客層のようです。
この辺り一帯は、人間以外が多く集まっている地区、なのですか。
ですが……それこそ、あまり治安がよくない場所なのでは? 裏路地ですし、他人の目も少ないですし……
……そんなことはないんですか? それは、なぜ?
……ああ、なるほど。本屋のお客と、同じ理屈なのですね。
基本的に、みんなきな臭い出自だから、ここから追い出されないように、面倒なことを起こしたくはないのですね。
でも……人間以外の種族がこんなに集まっている地区は、初めて見ました。
……はい。私、他の街もいくつか見てきましたが……奴隷商人の家でもない限り、珍しいことです。
こうまで一か所に集まっている、ということは……意外と居心地がいい場所なのかもしれません。
……なるほど、ご主人。だから、この場所が壊されないように、相互監視の目が行き届いている……と。
こんなに暗い雰囲気なのに、治安がいい……というのは、納得できるかもしれません。
ご主人……ここなら、フードを被らずに歩いても、大丈夫、なのでしょうか……
…………。
…………。
……ふぅ。
少し、目線は感じましたが……誰も、何も言ってきません。
嫌悪感のようなものは、感じません……
中央通りとは、本当に、感覚が違うようです……。
……はぁ。
ご主人の、言う通り……大丈夫そうですね……。
ご主人。この地区のことを、私に教えたかったのですね。
……ありがとう、ございます。
出かけられる場所が、できました。
……周りをよく見ると、狭い道の中でも、お店が多いですね。服とか、装飾品とか……。あの看板は……武器屋? どんな品ぞろえなのでしょうか……。
ご主人。……少し、見て回っても?
……はい♪ ありがとう、ございます……。
あそこに、食料品店もありますね。……もしかすると、ご主人はいつもここで食材を?
そうなのですか……。では、今度から、私も買い物に行くようにしますね。
……え? お腹、ですか? あ、はい。少しだけ、すいています。
何か、食べられるお店もあるんですか?
……そこ、食堂なんですか? とてもそうには見えないですけど……。
……ご主人の行きつけのお店なんですか。
なるほど……ご主人の好きな味、興味があります。
行きましょう、ご主人。
そういう風にして……
私たちは一日中、その路地を歩き続けました。
ご主人は……本当に、不思議な人です。
独りぼっちだった私に、居場所を与えてくれただけでなく……
次から次へと、その居場所を、増やしてくれるのですから。