Track 3

2-1.一緒に街デート

 今日は、週に二度のお休みの日です。  店員が私とご主人しかいないので、私たちのお休みはそのまま本屋のお休みにもなります。  ご主人は特に気にせずにお休みを取りますし、私にも取らせます。まあ、売上的には何も問題ないからでしょうけれど。  ちなみに、ご主人からは、“給料”として結構な額のお金もいただいています。  ここにいられるだけで十分です、と何度も断っているのですが、ご主人は「悪いから」と無理やり渡してきます。  そういうわけなので、私は何の気兼ねもなく、自由な時間を過ごせるのです。  しかし……  ……ご主人。お洗濯、終わりました。  他に何か、お手伝いすることはありませんか。  ……え? いえ。その……  遊びに行けば、と言われても……  ……何もやることがないのです。  今まで、お休み自体はたくさんありましたが……どこにもいけない状態でしたから……。  ダークエルフが街に出るわけにはいきませんし……  かといって、このまま家にいても、特に何もすることがありません……  ……いっそ、今から本屋を開けてもいいですか、ご主人。店番だけなら、問題なくできますので……  ……? どうして謝るのですか、ご主人?  …………。  あ、はい……これからどこかにお出かけするのですね、ご主人。  では、私は留守番……ですか?  ……私も、一緒に?  そう、ですね。ご主人と一緒なら、街を歩いていても、問題はないと思いますし……  ……ありがとう、ございます。ご主人と一緒に、行きたいです。  すぐに、準備してきますっ。 * * *  ……街に出るのは、久しぶりな気がします。  ご主人と、服を買いに来て以来……でしょうか。  ……あのときはまだ、ご主人のことを疑っていましたね。  あれから、そんなに時間が経っていないのに……とても昔のことに感じられます。  ……はい、ご主人。念のため、フードを被っています。いくら人通りが多くて誤魔化せるとはいえ、私がダークエルフだというのは、一目で分かってしまいますから。  ……はい。そうですね。人間の目は、少しだけ怖いですし、嫌いです。  もちろん、ご主人以外の人間が、ですけれど……。  私がダークエルフだと分かれば、何をしてくるのか分からない……その印象は、変わっていません。  ……もし、この人ごみの中で一人になったら……と考えると。  正直、怖いです。  …………。  ……あの、ご主人。  よければ……手を握っていても、いいですか?  ……はい♪  ありがとう、ございます。  ご主人の、手……とても、大きくて、たくましい、です。  ……いえ。確かに、ゴツゴツしてますけど……でも、私の好きな、ご主人の手です。  ……ふふっ♪  ところで、ご主人。今日はどちらへ?  ……私に、街を案内してくれる……のですか。  ありがとう、ございます。でも、ご主人。私は、あまり街の中を歩くことはできないですから……むしろ、案内していただくのであれば、街の外のほうが……。  ……あ、はい。こっちの細い道、ですね。  どこに行くのですか? 街の中央通りから逸れて、裏路地のほうに来ていますが……  ……日があまり差していないですね。何だか、雰囲気が暗くて、じめじめしています。  この街に、こんな道があったのですね。  ……ご主人。あの物陰に、人がいます。こっちをじっと見ているようですが……  大丈夫なのですか? あまり治安がよくなさそうな雰囲気ですが……  ……大丈夫? そうなの、ですか?  あ……。あそこの人……よく見れば、人間ではありません。  あれは……エルフ、ですか?  純血のエルフが、こんな街に……珍しい……  ……それに、向こうの通りにいる人は……オークではないですか。あっちにいるのは、ホビット……?  ……随分と、人間以外の種族が多い路地なのですね。まるで、うちの本屋に来る客層のようです。  この辺り一帯は、人間以外が多く集まっている地区、なのですか。  ですが……それこそ、あまり治安がよくない場所なのでは? 裏路地ですし、他人の目も少ないですし……  ……そんなことはないんですか? それは、なぜ?  ……ああ、なるほど。本屋のお客と、同じ理屈なのですね。  基本的に、みんなきな臭い出自だから、ここから追い出されないように、面倒なことを起こしたくはないのですね。  でも……人間以外の種族がこんなに集まっている地区は、初めて見ました。  ……はい。私、他の街もいくつか見てきましたが……奴隷商人の家でもない限り、珍しいことです。  こうまで一か所に集まっている、ということは……意外と居心地がいい場所なのかもしれません。  ……なるほど、ご主人。だから、この場所が壊されないように、相互監視の目が行き届いている……と。  こんなに暗い雰囲気なのに、治安がいい……というのは、納得できるかもしれません。  ご主人……ここなら、フードを被らずに歩いても、大丈夫、なのでしょうか……  …………。  …………。  ……ふぅ。  少し、目線は感じましたが……誰も、何も言ってきません。  嫌悪感のようなものは、感じません……  中央通りとは、本当に、感覚が違うようです……。  ……はぁ。  ご主人の、言う通り……大丈夫そうですね……。  ご主人。この地区のことを、私に教えたかったのですね。  ……ありがとう、ございます。  出かけられる場所が、できました。  ……周りをよく見ると、狭い道の中でも、お店が多いですね。服とか、装飾品とか……。あの看板は……武器屋? どんな品ぞろえなのでしょうか……。  ご主人。……少し、見て回っても?  ……はい♪ ありがとう、ございます……。  あそこに、食料品店もありますね。……もしかすると、ご主人はいつもここで食材を?  そうなのですか……。では、今度から、私も買い物に行くようにしますね。  ……え? お腹、ですか? あ、はい。少しだけ、すいています。  何か、食べられるお店もあるんですか?  ……そこ、食堂なんですか? とてもそうには見えないですけど……。  ……ご主人の行きつけのお店なんですか。  なるほど……ご主人の好きな味、興味があります。  行きましょう、ご主人。  そういう風にして……  私たちは一日中、その路地を歩き続けました。  ご主人は……本当に、不思議な人です。  独りぼっちだった私に、居場所を与えてくれただけでなく……  次から次へと、その居場所を、増やしてくれるのですから。