青空市の町ブーリュ
《ざわざわ……がやがや、きぃ……ばこんっ》
《ばさっ……とんっとん》
ルーナ
「あむっ……んっ、ふわぁ……あつつ♪
行商人さんっ、露天で買った名物だっていうこの魚のサンド美味しいですよ!
サクって暖かい魚のフライに、野菜のソースが掛かってて……♪
ソースのベースがさっぱりしてるから、フライを食べてるのにすごくあっさり食べられるわ♪あ……むっ♪」
水気を含んだ風が運ばれてくる。賑やかな人たちに掛け声が飛び交う。
今あなたはルーナと共に、露天で買ったこの町の名物である白身魚を揚げてパンに挟んだものを食べながら、この町ブーリュの青空市に参加すべく大布を広げていている最中であった。
ほくほくと湯気立つような白身魚の暖かと、彼女の言う通り香辛料で味を調えたあっさり目のソースの組み合わせは、準備をしながらの食事にはマッチしていて、中々に作業を捗らせてくれる。
大半の品物は取引所で捌(さば)けていて既に手元にはなかったが。
いくつか残った品があり、あなたはその処分のため、空の下でやるこのバザールの席の権利を手に入れたのであった。
ルーナ
「ごくんつ……んぅっ、美味しかった……ご馳走様でした。
ふふ……それにしても、こうしていると町にお店を持ったみたいで、何だか素敵だわ♪
行商人さんっ!こっちは前に出した方が見栄えがいいかしら?それとも、見易さ重視で種類ごとに分けてしまった方が良いかしら?」
ルーナはこれから広げる品を袋から出しては、あぁでもないこうでもないと考え布の上にお店を開くべく、楽しげに品物を並べていく。
あくまで、売れ残った品物の処分のためなのだが……彼女にとっては、そうではないようだ。
いつもは行商する品物に関しては、あなたに任せて口出しを出来なかっただけに、自分がそうした商売の事に関われるのが嬉しいのもあるのかもしれない。
ルーナ
「とりあえずこんな感じで如何かしら、行商人さんっ!
結構綺麗に並べられたと思うのだけれど……大丈夫?
これなら平気? あはっ、それなら嬉しいわっ♪」
ルーナ
「それにしても、この町はこうした青空市というの?
お店の人じゃなくて、色んな人がお店を出すのね……さっき聞いたけど、お隣さんはお肉屋さんだけど、今日は余った家具を売るらしいわ!
お仕事を持ってる方でも全然違うものを売ってたり……何だかとても不思議」
ルーナは周りに広がっている、あなた達と同じように品物を並べている人たちを不思議そうな顔を眺めている。
元々、ここブーリュの町はフェアリアの北部、水の精霊アクアローズが治める大地の2割を埋める大河(たいが)、フェアリオールから分かれた支流の根元に出来た町だ。
そのため大小の船を使った物の行き交いが多い町であり、様々な地域の品物に溢れ、商人だけでなく市民の間でも品物のやりとりが盛んになったという経緯があったらしい。
この青空市も、そうした物が盛んに行き交いする過程で風習となったものの一つであると、あなたは聞いていた。
ルーナ
「ふわぁー……成る程。
物がいっぱい行ったり来たりするから、そういう事をする場所とか機会とか。
えっとなんて言ったかしら……行商人さんに教えてもらった……そう、需要(じゅよう)!
その、需要が高くなったから、こういう行事が出来たという事なのね?」
依然(イゼン)教えた言葉を必死に思い出し言葉にするルーナ。
あなたがその通りと頷いてみせると、ぱぁっと顔を輝かせて楽しげに笑う。
フード越しであっても、彼女の声には含みが無く邪気がない。
そのため、どんな表情かは顔を隠す揺れるフード越しでも、声音(こわね)の明るさを聞けばあなたにはどんな顔をしているか想像できてしまうのであった。
ルーナ
「やったぁ、正解!
えへへ……どうかしら、行商人さんっ!
私も、ちょっとずつ詳しくなってきたと思わない?ふふ……なんちゃって♪」
腕を腰に当て、ふんっと小さな胸を張るルーナ。
すぐに照れるように、頬を赤くしてそっぽを向いてしまった所を見るに本気ではなかったのだろうが、あなたと旅を始めて得た知識から自分で答えを導き出せた事が嬉しいのであろう。
無邪気に喜ばれる事に、なんとも言えぬくすぐったい思いを抱いているあなたの前に、ふっと影が差した。
見れば、長袖のチュニックを着(き)、腰のベルトでズボンと共に留めていて、頭には日除けであろうつばの長い帽子を被っている中年の男性だった。
あなたと似たような姿である事から、彼も恐らく……行商人であろう。
中年
「ほー……こいつは始めてみる細工物だ。
緑色が鮮やかで美しいが、何処の出のものなんだぃ?」
ルーナ
「あ、それはですね……!あ……え、えっと……ぎょ、行商人さんっ!」
フード姿で顔を見せないようにしている自分に声が掛かると思わなかったのか、ルーナは慌てた様子であなたに顔を向ける。
あなたが対応をしてもいいが、とはいえ売れれば御の字、絶対に売らなければいけない品でなし。
――折角だから、自分でやってみるといい。どんな結果になっても怒らないから。
と、あなたは折角なので、手伝う気に溢れていた彼女へとそのまま任せる事した。
ルーナ
「えぇっ!?わ、私が?!
出来るかしら、でも……折角だし。……うん、分かりました!
私、頑張るわ……っ!」
あなたが一声そう告げると、戸惑いながらもルーナは気合を入れた。
商売の手伝いをしたい様子だったし、これもまぁ良い勉強だろうと横目で見守っていると、カチコチと緊張しながらもルーナはお客の方に向き直り、どうにか言葉を紡いでいく。
その様子を見て、男は一瞬眉をあげてあなたの顔を見たが……あなたが頷くと、すぐにルーナに視線を戻した。
中年
「ほっほぉ?不安そうだったが、君が教えてくれるという事でいいのかね?
見た所、年は若いようだけれど……ん?
その肌の色は……南なら兎も角この辺じゃ珍しい肌の色だな。
ふむ、人族かね?それもドワーフ?毛深くはないし獣人ってことはないだろうが……。
あーいや、彼等も耳や尻尾だけ生えてる種族もいるんだったか……」
ルーナ
「あぅ、あの……私の種族は、内緒です!
お客さんがご興味があるのは、こちらの原石を使った細工物にではなかったですか?」
中年
「ん……おぉ、そうだった。
いや、すまない。話をする相手の事を知りたくなる性質なものでね。
ふむ、まぁ言えない事情があるならそれは構わんが……で、こいつは一体なんだい?」
ルーナ
「この町、ブーリュから支流のアクアリス川を東に進んでいった先になるウィーロックという町の品物です!
風翠石という宝石が名産で、ご覧の通りとても綺麗な透き通った緑色をしているんです!
これは原石を使ってますけど、もっと大きなカットをされたものは、草木の新芽と空が溶け合ったみたいな本当に綺麗な色をしていて……何処出だしてもきっと素晴らしく目を引くと思いますよっ!」
中年
「ほぉ、これが風翠石だったのか……!
こちらの地方で取れるとは聞いてはいたが、成る程……確かに美しい緑色だ。
原石であってもこの美しさなら、もっと人の手が入ったものはさぞ美しいんだろうなぁ……」
ルーナ
「えぇ、それはもうっ!
でも、これも風翠石ですから!ぱっと見ですと、カットしたものには輝きは劣るかもしれませんが。
手にとって、しっかり見て頂ければ、使う度に手に触れる度に、この透き通った緑色が風を運んできてくれるような……とっても見てて、使ってて心地良いものなのは保障いたしますっ!」
男は、風翠石の原石を小さく砕いて散りばめて作った小物入れを手に取り、成る程成る程と言いながら頷いている。
ルーナもそれを見て、これはいけると思ったのか。勢い込んで品物の案内をしている。
一見、ルーナが強く押しているように見えなくもない……が。
中年
「成る程、ふぅーむ……確かにこれは良い品のように思えてきた!」
ルーナ
「でしょう!是非是非お勧めいたします!」
中年
「けれど!あー……声からするに、お嬢ちゃんでいいかね?
ふむ、これは原石という事はそちらウィーロックに行けば、もっと綺麗な品が幾らでもあるんじゃないかね?この町からならそう遠くもなし、買い付けに行けない距離ではないなぁ。
そうすると、ここで買う理由がなぁー……うーん?」
ルーナ
「へっ?!
いえでも、今ここにあるのは……あれ、え……あ、えっと……あぅ!?」
男がさも残念と、口元に手をあて悩んでいるといった仕草で言葉を作る。
ルーナはそれを受けて一瞬ぽかんっとした顔をしてから、慌てて何か言おうとしているが、男の言うとおりなのは間違いない。
根の素直な彼女では、咄嗟に言葉を言い返すのは難しかったのかもしれない。
中年
「うーむ、そうなるとなぁ……まぁ、少し手心というか。
ある程度……うん、懐に優しい金額だと手を出してもいいかと思うんだがなぁ。
うーん、お嬢ちゃんはこいつに幾らの値を付けてるだったかね?」
ルーナ
「え、え、えっ!?
あ、あのあの、えっと……お、お安く、お安くですか、えっと。
そ、そうですね……仕入れた時は、えぇっと!?」
あわあわと、どうすればいいのかと慌てる少女。
時折、涙でも浮かんでいそうな勢いで、フード越しにちらりちらりと視線があなたに向くものの。
――これも勉強のうちだ。どんな価格になってもいいから頑張るように。
ルーナ
「えぇ……っ!?
ぅ、頑張るけれど。ぅぅ……行商人さぁん……」
とだけ、あなたが返すと、どうにか言葉を作ろうとしていたが段々と頭が垂れていき……最後には、殆ど仕入れ値と変わらぬ額を男に告げる事になっていた。
中年
「はっはっは、このサイズの小箱にしてはその値段ならかなりお買い得ですな!
いやー、良い買い物が出来ました!」
ルーナ
「はぅぅぅ……お買い上げありがとうございます。
ごめんなさい、行商人さん……ぐす」
しょんぼりと口元すら見えなくなる程、がっくりと肩を落としたルーナの頭をぽんぽんと撫でてやりながら、男に向かってあなたは軽く礼をした。
こんな茶番にわざわざ付き合ってくれた気の良い男に払う代金としては、多少の損は許容の範囲だと、そう思ったためであった。
中年
「はっは……手厳しい師匠ですなぁ。
少しやり過ぎたかと思いましたが、あなたがその様子なら丁度良かったのでしょう。
品(しな)も良いし、また今度見かけたら声を掛けさせて頂きますよ」
あなたの様子に、中年の男は少しだけ苦笑を浮かべると小箱を片手にまた青空市へと戻っていく。
そしてそんなやりとりを聞いていたルーナは、手の下にあった顔をぽかんっとさせて、あなたの顔を見つめていた。
ルーナ
「え……え、えっ!?
い、今のなんですか?お客さんと行商人さん、分かり合ってたみたいな……お知り合い、だったんですか?」
戸惑うルーナにあなたが首を横に振って違うと答えると、余計に訳が分からないと少女は眉に皺を作る。
――ネタを明かせば大したことはない、交渉などに慣れていないルーナに任せた時点で最初からある程度安くなる事は織り込み済みだったんだ。
あの人も最初に目で確認してきたから、構わないと伝えておいただけだよ。
なんてことはないとばかりにあなたがそう言うと、ルーナは口と目を大きく見開かせた。
必死に頑張っていたのに、最初から計算の上だったと言われては彼女も立つ瀬がないのだろう。
ルーナ
「もぉ、そんな……ひどいっ!!
私、行商人さんに損させちゃいけないって必死に頑張ろうとしてたのにっ!?
最初から織り込み済みだったって、そんなのないわっ!!」
感情の激しさを示すようにフードのぶんぶんと音を立て、肩と一緒に揺れている。
絵に描いたような怒っていますという様相に、あなたの苦笑が漏れるがこればかりは仕方が無い。
――最初から何事も上手くいく人間なんていないのだ。最初のうちは失敗するのも計算に入れておかないとね。
そう諭しては見るものの、最初から期待されてなかったと思った少女の機嫌は中々直らない。
むすっとした顔でそっぽを向きながら、まだ残っている品物を見つめて唸り声をあげるのだ。
ルーナ
「ふんだ……っ。
次は、行商人さんが驚くくらい売りますからね!もう……もう、ほんっとひどい人なんだからっ!」
この後日が暮れるまであなたとルーナは青空市で店を広げていたが……世の中はそれほど甘くはなかったとだけ、お伝えしておこうと思う。
ルーナ
「うぅぅぅっ……行商人さんっ!
もうちょっと、もうちょっとだけお時間頂戴っ!もう終わりって、そんなぁ……ふぇぇんっ」