冒険者の酒場と変わった関係
《ざわざわ……》
リィン
「じゃあ、今日もお疲れさま!
かんぱーい!」
《かちんっ、ごくんごくん……》
かちんっと、あなたとリィンが運ばれてきたお酒の入ったジョッキを打ち合わせる。
最初のころは食べ物を頼むだけで精一杯だったが、最近では食事に一杯のお酒をつける程度の贅沢は出来るようになってきた。
リィンはエールよりも蜂蜜酒(ハチミツシュ)の方が好みのようで、淡く甘い香りを放つ金色の酒を楽しそうに飲んで薄っすら頬を赤くさせている。
リィン
「んふっ、おいし……♪
ふーっ♪ 依頼のウルフの皮も納品出来たし、結構まとまったお金になったわね♪
薬草とかポーションの消耗品は買い直して……装備の新調するには、まだ足りないわねぇ。
私は身軽さがあるからいいけど、あなたは攻撃受け止めるんだし……早めに鉄の装備をもうちょっと整えたいんだけどねぇ」
料理が来るまでの間、リィンと一緒に今後の予定を考える。
これもまた、最近の日課になったものの一つであった。
今日あった反省点や今後の予定を料理を摘みながら、2人で相談し時には改善を、時には対策を、時には……ちょっとした喧嘩をしながら決めていく。
たまには意見の違いで不機嫌になる事もあったが、それもまた2人で前に進んでいく実感のように感じられて、あなたにとっては楽しみの一つであった。
リィン
「冬が本格的になるとモンスターの数も少なくなるし……いても、凶暴な奴が出易くなったりもするしね。
今のうちにもうちょっと稼いでおかなきゃダメかなぁ……。何か冬の内職みたいなのも探しておかないとね……ん?
……ちょっと、聞いてる? さっきから私の顔を、ぼーっと見てるだけだったりしないっ?」
あなたが、リィンの力が抜けた少しだけとろんとし始めた目や、赤い頬を微笑ましく見ていたのがバレたようだ。
むぅと頬を膨らませ怒る彼女に、聞いていたとあなたが頷くと、疑わしそうな目で見られてしまう。
こうしたまっすぐにこちらを見てくれるようになった様子が、余計に微笑ましくて仕方ないのだが……。
世間的にはこれもやっぱり、尻に敷かれているっていうことになるのかな?とあなたは心の中で少しだけ苦笑を漏らした。
リィン
「まったくぅ……あなたがそうやって素直に反応する時ほど、意外と聞いてなかったりするのよね。
2人の予定なんだからちゃんと聞いてて、ちょ・う・だ・い!
あっこら! またそうやって笑って誤魔化そうとして……!」
冒険者
「あーリィンちゃん!リィンちゃんじゃないか! やぁ奇遇だね!
今日も仕事あがり? ハハ、俺もなんだぁ……! いやータイミングいいなぁ、やっぱり何か相性いいんじゃないかなぁ俺たち!
…………あ、相棒さんもどうも」
リィン
「あ、えっと……ザックさんでしたっけ?
ふふ、この間ぶりですぅ ……えぇ、私たちもさっき来た所で、奇遇ですね?
あは、あははは……♪」
冒険者
「だよねぇ! そうだよね! やっぱ何かこう運命的な、相性の良さっていうかさぁ!
……ねぇ、リィンちゃん前も誘ったけど俺たちと一緒に一回臨時で組んでみない?
きっとすごく良い冒険が出来ると思うんだ、俺!!」
リィン
「あぁ、私一人で……って奴ですか?
うーん、ご存知の通り私今コンビを組んでますし……、私を評価して頂けるのは嬉しいですけどぉ
って、きゃっ!? ちょ……ど、どうしたの急に抱きしめて……やだ、ちょっと恥ずかしいってば!」
《ぐいっ、ぎゅっ》
楽しいひと時が、最近リィンに絡んでくる冒険者がやってきたせいで台無しになる。
あなたの存在には気付いているようだが、気にせず彼女に絡みにいく神経だけはすさまじいと思う。どうにも、彼女はこういう相手に絡まれ易い性質(たち)なのかもしれない。
けれど、そのせいで彼女があたりさわりなく断ろうとする……昔の名残を出さざるを得なくなるのが、あなたには気に入らなかった。
彼女自身が嫌がっていたその態度を取らせたくなくて、気付くと……あなたは彼女を抱きしめ、男を睨んでいた。
冒険者
「っ! ……あんたっ!」
リィン
「あー、バカ! 怒らせちゃうじゃない……!
このぐらいちゃんと自分で対処できるから、放してって……なんで更に強く抱きしめるのっ!」
胸の中でリィンが抗議をするが、今だけはそれは聞けない。
一種の独占欲ようなものが混じっていると分かってはいるが、これだけは引く訳にはいかないのだ。
彼女と一緒にいると決めた以上、彼女を悲しませないようにするのは自分の役目だという思いが、貴方の胸の中に湧いていた。
幸い、彼の仲間や周りの冒険者達がすぐに止めに入ってくれたため、不貞腐れたように舌打ちをして、リィンに言い寄った冒険者は離れていった。
ほっと安堵の溜息をあなたが吐き出していると、その胸をぎゅっと強く抓られた。
下を向けば、腕の中に収まって、先ほどよりも顔を赤く染め、眉が険しくなっている少女が、何か物言いたげにあなたを睨んでいた。
リィン
「もぉ……どうしてこういう時、あなたは私の言うこと聞いてくれないのかしらっ!
普段は私の事を優先してくれるのに、こういう事にはすごく頑固でっ!
あれくらいは上手く切り抜けられるし、あなたが嫌な目に合わないようにしたいっていつも言ってるじゃない!」
《ぎゅぅぅぅっ……》
抓る力が強くなり、あなたの胸が赤くなっていく。
痛いのでそろそろ止めて欲しいと思いつつ、あなたは彼女に定番のようになっている、いつもの言葉を返すことにした。
君が嫌な思いをするのは自分が嫌な思いをする以上に耐えられないから、と。
リィン
「……また、それ?
毎回そう言うのよね……ふんっ!
それ言えば、私が喜ぶと思ってるんでしょう……ふんっ、ふん!
はぁ……もういいわ、まったく♪
次は、私に任せて頂戴よね?」
リィンの口元が一瞬ほころぶが、それは彼女のためにも見なかった事にしておく。
いつも通り頷いてはみせつつも……、次も同じ事があればまた同じようにするだろうな、とあなたは内心で思うのであった。
周りからも何やら微笑ましいというか、仕方が無いなという生暖かい目を向けられているような気がするが、いつもの事なのであなたは気にしない事にした。
《ことん、じゅわー……》
リィン
「ん、料理が来たわね!
変なトラブルのせいで余計お腹空いちゃったわ。
さ……食べましょ♪ ふふ、何だったら、あ~ん、とかしてあげましょうか?
あは、じょーだん♪ 冗談よ♪ ……どうしてもっていうなら、やってあげてもいいけどっ♪ ふふ、なんてね♪」
先ほどの事もあってか、嬉しそうに料理を食べるリィンは愛らしく……だからこそ相棒として大事にしなければならないと思う。
こうして彼女を見ていると、そういえば生活や装備の事にかかりっきりで今まであまり気持ちを伝えるプレゼントを渡したことがなかったな、という思いがふと湧いてきた。
折角まとまったお金が入った事だし、ここは何か考えてみるのもいいかもしれない。
リィン
「んー?もぐ……なぁひ? ごっくん……明日の買い物の予定?
えーっと依頼は受けてないし、いつもの店を回ってあとは食べ物とか見て回るつもりだったけど?
……へ、蚤の市? あー……そうえいば、そんなのやってたわね。
色んな人が物を持ち寄って売ってるから、家具とか日用品とかが多いんだっけ?
行きたいの? へぇ……珍しいわね、あなたがそういうの興味を示すなんて?
そうねー……確かに行った事ないし、楽しいかもしれないわね♪
ん、分かったわ!じゃあ明日は買い物終わったら、蚤の市に寄って帰りましょう♪」
楽しそうに笑い返してくれたリィンの笑顔を見ながら、あなたは彼女に似合うものが何かあるだろうか、と一人思いを馳せるのであった。