Track 2

地下牢の吸血鬼

あら、いらっしゃい。お客様? こんな地下牢にようこそ。 どうしたの? 黙っちゃって。 もしかして、お客様じゃなくて、ご同輩かな? 貴族様には公にできない事も、そりゃあ、あるだろうからね。 ふふっ、かわいそう、腰が抜けちゃった? 震えちゃって、口もきけないの? そんなに怖がらなくても大丈夫。 日陰者同士仲良くしよう。 地下牢暮らしも慣れれば、そう悪くないよ。 お食事も貰えるし。あまり沢山じゃないけどね。 だから、貰えた時にはちゃんとお行儀よく食べ物に感謝しないといけないよ。 こんな風にね、 「我等と屍人は夜の底を疾く駆ける」 ありがとう、いただきます。 あー、ふー ふふっ、いい反応。 少しは緊張、解けた? 大丈夫だよ、かじったりしないから。 あれ? 逆効果だったかな。ごめん、ごめん。 手を貸してあげるから、ほら立って。 あっ、今の私の鉄板ネタだから他の人には秘密にしてね。 それで、要件は何かな? 何これ? 手紙? しかも、パパから。あー、チャールズ先生の息子さんね。 って、要件くらい自分で言おうよ。 なになに、つまり「明日、発表があるけど小心者だからなんとかしてやってくれ」と。 うん、なんかすっごい説得力あるわー。 じゃあ、治療していこうか。 奥にちゃんとお客様用の椅子があるから。 人間には暗いでしょう。手を取って、私が案内してあげる。 頭触るね。 あっつい。だいぶ血が上っちゃってるみたい。考え過ぎじゃないかな。 それじゃあ、とりあえず血を抜いておこうか。 瀉血するから左の袖を捲って貰える? 止血帯を巻くから抑えていてね。 ぎゅっと絞めて。はい、もういいよ。 受け皿は……この辺かな。 それじゃあ斬るから、じっとしててね。 そんなに震えてたら危ないよ。 えっ、ちゃんと見えてるから大丈夫だよ。 私、夜目が効くし。さっきもお手紙読んだでしょ。 痛くしないから安心して、ヒポクラテス直伝の腕前見せてあげる。 んー、何か言ったかなー。お・ね・え・さ・ん。よく聞こえなかったなー。 ぼくー、えらい子でちゅから、じっとして、お口も閉じていましょうねー。 でないと、手が滑っちゃうかも。 はい、おしまい。ねっ、痛くなかったでしょ。 血が抜けていけば緊張も取れてくよ。 と、言いたいところだけど、あなたは結構筋金入りみたいだね。 こういうのはあまり好きじゃないんだけど。 あー、こほん。 息を吸ってー、全部吐いてー。 吸ってー、吐いてー。 まぶたが重い、重い。 どうせ何も見えないんだから、重さに任せて目を閉じちゃおうか。 あなたの左腕を、暖かいものがつたっていく。 指先から滴って、ポタリ、ポタリと落ちていく。 ポタリ、ポタリ、音に耳を澄ませてみて。 心地のいい音が広がっていく、満たされていく。 ポタリ、ポタリ、熱が流れていく。 力が抜けて気持ちがいい、気持ちがいいね。 ポタリ、ポタリ、感情がしたたり落ちていく。 頭の中が空っぽになっていく。 もう一度、大きく息を吸ってー、吐いてー。 どう? 少しは緊張、解けたかな? それなら、よかった。 それにしても、 ふんふん、あなた香水はいいセンスしてるね。 ラベンダーだね、いい香り。 地下牢暮らしも悪くないんだけど、ジメジメしてるからカビ臭いのは問題なんだよね。あと編み物の滑りが悪いのも。 うん、そろそろ血が止まってきたみたいだね。 腕、拭いてあげる。 あっ、手に付いちゃった。 ちょっと味見。 ちゅ。 うえっ、あなたの血、結構脂っこくて臭みがあるね。 お肉ばっかりじゃなくて、好き嫌いせず野菜も食べなさい。 健康は食事から。そんなのだから発表くらいでビクビクしちゃうんだよ。 仕方ないから鼻つまんで飲も。 ん゛っ、ん゛っ、ん゛っ。 ぷはー、全部飲めた。この風味、あなた羊さんのお肉ばっかり食べてるでしょ。 あれ? もしかして、私が吸血鬼だって聞かされてなかった? こうして瀉血してあげる代わりに抜いた血を頂いているんだけど。 失礼しちゃうね。私は医療行為で「たまたま」出た物を飲んでいるだけで、食べるために動物を殺している人間の方が余程野蛮だと思わない? メェ~メェ~メェ~。 僕たちは美味しかった? メェ~。 罪悪感を刻み込んで食生活を正してあげる。 これも医者の仕事です。 反省して血をもっと美味し……じゃなかった綺麗にしなさい。 あなた達は、綺麗に飾られた料理しか見ていないから自分の残酷さに気づけないのかなー、んー。 私は、同じ姿形をして、言葉も通じる人間から血を飲まないといけないから結構堪えるんだよ。 怖がられるの、嫌だし。 からかうのは好きだけど。 分かれば、よろしい。 じゃあ、止血帯外すね。 ああっ、まだ袖下ろしちゃダメだって。血が固まってないんだから。 袖汚れちゃうよ、血の汚れはなかなか落ちないんだからね。 せっかく仕立てのいいフリルなのに、デザインは古臭いけど。 まあ、でもそのセンスは嫌いじゃないよ。 私も「ちょっとだけ」古い女だからね。 ほら、血が固まるまで発表の練習してみなさい。 おねーさんが聴いてあげるから。 ふろ……ぎすとん? へぇ、それが火の元なんだね。 それで、それで。 ねぇ、もしかしてあなたって……結構、優秀だったりする? いや、頼りなさそうだからつい。 ふふっ、ごめんなさい。