ひよの耳かき(右のお耳)
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「♪ 新町通りの おみかん屋
おみかん一貫 いくらです 五百です
まあちょっと まからんか さがらんか ホイ
あなたのこと――とととっ――ありゃっ」
;環境音 囲炉裏 FI
「あいやん、さっきより上手になったな。
えへへ、きっとな?
ひよが手ぇほぐしたげたんが、きいたんやのし」
「ゆーても、ここから先に進めんなぁ。
おんなじトコで、何回もつっかかってしもうとるのし
」
「もーちとかいでぜぇんぶ歌いきれるんやけどなぁ。
ん~……あとなんが足らんのかなー」
「あいやん、わかる?
わからん? うーーーん……(呼吸音)――ん?」
「あいやん、おみみかゆいん?
いま、小指の先いれてほじったよし。
ちとかい、おみみひよに見せてとくれよし」
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「んー……これ。奥にみみかすつまってるかもしれんのし。
あ! ひょっとしたら、そのせいなんとちゃうかなぁ?」
「お耳がつまって、ひよのおうたな? ちゃんとちゃんとは聞こえんで。
せやさけ、拍子がとりづろーて、おてだまコカしちゃうんとちゃう?」
「ふんふん……『そうかも』って、あいやんもそげに思うん?
ほんなら、おみみそーじしよ?
あんな? ひよな? お耳掃除もできるのし」
「えへへ、あいやん? <ひざぽんぽん> ひざまくら。
右のお耳を上にして、ひよのおひざに、おつむ乗せちょくれよし」
「わ。あいやん、おつむ重いなぁ。
ひよのおひざ、ずしっとするのし。
とりあたまのひよとちごおて、あいやんのおつむには、大事なことが、いっぱいいっぱいつまっとるんやろぅなぁ」
;(口寄せ囁き)
「(ふ~~~っ)――けどな? あいやん」
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「お耳のかすまで、たくさん詰めたらいけんのし。
せやさけ、ひよが、きれいきれいにしたげるな?」
「えへへ、耳かき。
これ、な? ちいさな竹の耳かき。ええもんでしょお。
これもものべののカミさんが、ひよにっておいてってくれたもんやのし」
「ん? あ――もちろんよ?
あいやんが初めての人間のお客さんやさけ、
耳かきすんの、ひよ、これが初めてやのし」
「けどな、あいやん。怖がららんでもへーきよ、へーき。
ひよな? ぜったい上手にできるさけ」
「ん……(呼吸音)……ん~~。
そげに心配やったら、そーっとそーっとしてあげるのし」
「そーっと、そーっと。ん……<耳かき音>……
っ……<耳かき音>――(呼吸音)――
あさいとこ、コリコリしよなぁ――<耳かき音>――
ん――んふふー? な? 上手やろ?」
「『はじめてなのにどうしてって』――そんなん――
んっ……<耳かき音>――ん――<耳かき音>――ふふっ。
そんなん、ひよが、送り雀だからに決まっとるのし」
「さっきちとかいだけ言うたやん?……<耳かき音>――
ひよは、送り狼――人間を夜道で食べてまうおとろしあやかしから――<耳かき音>――
人間を逃がすため、ねがわれて産まれてきたあやかしやゆーて……<耳かき音>」
「ゆーたら、ん……(呼吸音)――
ひよ、人間の味方のあやかしやのし。
せやさけな? ひよ……<耳かき音>――
人間をたすけること……たぶん、最初っから上手にできるんよ――<耳かき音>――」
「せーやーさーけー……ん~――<耳かき音>――
ほぉら、えへへへー。
こーんなおっきな耳カスも、はじめてやのにじょおずにとれてしまうんよー――
ひよもななかなか、やるもんやのし」
「ん? ……(呼吸音)――あー……<耳かき音>――
なるほどなー、
いわれてみれば、ふしぎに思うとこかもしれんなー」
「あんな? あいやん。
ひよ、人間の味方やのに、いままで人間とちとかいも触れおーたことがなかったんはな?――<耳かき音>――
ひよが――<耳かき音>――ん……
"人間を逃がすあやかし"だからやのし」
「……(呼吸音)――夜道あるいとって、送り狼に付け狙われたら、もう人間は逃げられへんの――<耳かき音>――ペロリ食べられて、ほんで、お終い……(呼吸音)――」
「そんなのもちろんイヤやさけ……<耳かき音>――
気づけるように、逃げられるよに――<耳かき音>――
送り雀が、ひよが、ん……(呼吸音)――きっと、産み出されよったのし」
「……<耳かき音>――夜道でな? 人間が送り狼につけねらわれてるの見つけたらな?
ひよ……<耳かき音>――大声で鳴いてあげるんよ」
「『ちゅんちゅんちちち、ちゅんちちち』って。
ほいたら人間、だーって走って逃げたらそれで、絶対に助かるんよ」
「そ。送り狼は、送り雀……ひよの鳴き声きいて逃げ出した人間には――<耳かき音>――ぜったい、ぜーったいに追いつけへんの――<耳かき音>――
ひよは、そげな性(しょう)に産まれた――<耳かき音>
『送り狼から、人間が助かるため』の、あやかしやさけ」
「え? あ、そーそー。やっぱりあいやん、かしこいなぁ。
――<耳かき音>――おつむ、ずっしりしとるだけのこと、
あるなぁ――<耳かき音>」
「ひよの声きいた人間は、一目散に逃げ出すか――<耳かき音>
そうせんかったら、送り狼に食べられるかしか、あれへんの」
「せやさけ――<耳かき音>――ひよ、こげなふうに、な?
人間と――<耳かき音>――はなしたり、ふれあったりするのは、はじめてなんよー」
「えへへ――だから――<耳かき音>ひよ――うれしいのし。
あいやんがひよを見つけてくれて、会いに来てくれ――ひゃっ!?」
「あ、あいやん。急にビクってうごいたら、危ないのし。
お耳のおく――(ふーーーっ)――つっついてしまいそで、ひよまでビクってしちゃったのし」
「あ……せやけど……ん――」
:耳寄せささやき
「ん……ん~~っ――(ふーーーっ)」
;3
「右耳、いつの間にすっかり綺麗になったなぁ。
ほんなら、仕上げな? このぽんぽんの方で、
こまかいの、ぜぇんぶとってあげるのし」
「ん――<綿毛耳かき>――んしょっ――<綿毛>――
えへへぇ――あいやん――<綿毛>――
あんばいよさそな――お顔やねぇ――<綿毛>――ん!」
「(ふ~~)――うん。おみみ、ぴかぴかになったなぁ。
ほんなら、次は――って、あいやん?」
「どげしたん? 急になんやら思い出したみたいな顔して、
びくびく、あっちこっちをみたりして――え?」
「『ひよちゃんと会えてるっていうことは、送り狼が近くにいるんじゃ』――って――あはは、あいやん。
あれへんよ。大丈夫やのし」
「もしもそうなら、ひよは大声で鳴いちょるのし。
『ちゅんちゅんちちち、ちゅんちちち』って」
「鳴いちょらゆーことは、送り狼もおらんゆーこと。
……ゆーかな? あいやん。
送り狼は……もうおらんのし」
「え? 『どういうこと?』って……
んー(呼吸音)――えいっ」
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「あはは、あいやん。ごろーんてした。
んふふ、綺麗にころげたなぁ」
「その話はな? すこぉしだけ長くなるさけ。
左のお耳。お掃除しながら――聞いてほしいのし」
;環境音FO