ひよの耳かき(左のお耳)
;環境音 囲炉裏 FI
;7
「ん……<耳かき音>――んっ……(呼吸音)――
あ、ここ――んっ――<耳かき音>――
ありゃ、けっこうひつこいなぁ――<耳かき音>――ん」
「あいやん、寝る時、左のお耳が上になって寝とるん?
え? 『どうしてそう思うの?』って――<耳かき音>――
そりゃ、こげに……ん――<耳かき音>――な?
左のお耳のほーが、よーけに汚れとるからのし」
「下になってるお耳の方が、お耳のよごれも寝とる間に――<耳かき音>――下におっこちそおな気がするでしょお」
「ほんで、上になってるお耳には――<耳かき音>――
あ――(ふーーーーっっ)――ん。こげなふうに――<耳かき音>――ほこりやらチリやらがはいって。
ほんで……ん――<耳かき音>――よーけに汚れるんとちゃうんかな? って」
「ん? 『どうだか次から気にしてみる』……って? ――<耳かき音>――
あー、ほんまやなぁ――<耳かき音>――
ひよもゆーたら……(呼吸音)――
自分がどげして寝とるかなんて……<耳かき音>、おもいだせんのし」
「ま、どげして寝とっても――<耳かき音>――ん?
ああ……送り狼のお話な? ん……<耳かき音>――
送り狼、な……(呼吸音)――」
「……送り狼、もうおれへんのし。
和歌山にも、ものべののにも……
日本のどこにも、その他のどこにも――
おれへんの」
「……(呼吸音)――『どうして』って……
ん――<耳かき音>――
ん、と、な? あいやん――<耳かき音>――」
「んとな? <耳かき音>――あいやんは、
あやかしって、どげなもんか――<耳かき音>――
考えたこと――ある?」
「あんな? ひよもな――<耳かき音>――
たった80年くらいしか生きちょらんあやかしのし。
ん――<耳かき音>――ものべののカミさんに聞かされるまで、少しもしらんかったけど――<耳かき音>」
「あやかしゆーんは、『人の想いが形を持ったもの』やゆー話なん――<耳かき音>――
たとえばな? 大雨も大風も地震もなーんもあれへんのに――<耳かき音>――山がいきなり崩れちょったとするやんなぁ――<耳かき音>」
「どーしてだどーしてだって、頭を捻って、みんなで崩れたとこ見てな?――<耳かき音>――
ほんでだれかが、『崩れたところが大きな足跡みたいになってる』とか言い出して――<耳かき音>――」
「そうしたらな? 答えがでんのはイヤやさけ、
わからんままじゃ、ちとかいも安心できんさけ――<耳かき音>――
『大きな足が踏みつけたから、土砂崩れがおきた』――って――<耳かき音>――
むかしむかしの人間は、そげなふうに考えたっていう話のし」
「で、そげな話が広ぉ広ぉに広まって、みんなが噂するようになって、
芯から信じ込むようになると――<耳かき音>――
『大足』いうあやかしが、この世にひょっこり、産まれよるのし――<耳かき音>」
「でな? “送り狼”もおんなじやのし――<耳かき音>
はじめは、野のけだものか、ひょっとしたなら人間か――
“誰か”が、人間をぺろりと食べて――<耳かき音>――
この世からあとかたものー、消してしもーて――<耳かき音>」
「怯えた人間が。そげなんを『見えない狼』の仕業だとかなんとか言い出して――<耳かき音>――
ん……みんながそれを信じこんだら……<耳かき音>――
“送り狼”いうあやかしが、産まれよるんよ」
「人間が、芯から信じて怖がる気持ちが、送り狼を強い存在のあやかしにして――<耳かき音>――
ちとかいそれが行き過ぎて、助けてほしい気持ちが強まり、固まって……<耳かき音>――そうして産みだされたんが、“送り雀”――ひよいうことに、なるやんなぁ」
「あ……<耳かき音>――
ん……(呼吸音)――せやなぁ。
あいやんは、ほんまにえらいかしこいなぁ――<耳かき音>」
「ひよが産まれて、人間をどんどん助けて――<耳かき音>――
“送り狼”が大したことないって思われよったら……<耳かき音>――
そんなんなったら、だぁれも送り狼を怖がらんし、信じんよーに、だんだんだんだん、なっていくよし……<耳かき音>」
「ほんで、ラジオやら、テレビやら、インタアネットやらが、あやかしたちの暮らしてた場所を――<耳かき音>――夜の闇の真っ暗さを――<耳かき音>――
どんどん、剥がしてしもたさけ……<耳かき音>」
「人間がだぁれも信じんよーになって、怖がらんよーになったら、ぱあっと、な?――<耳かき音>――」
「“送り狼”――気が付かんうちに、ほんまに、ぱっと――<耳かき音>――
この世から、綺麗に消え失せてしもーたん……(呼吸音)」
「でな? 送り狼がおらなくなったら――<耳かき音>……
そしたら当然、送り雀も……忘れられて、語られなくなるのし――<耳かき音>――
だってそんなん、おる必要さえもう無いもんなぁ」
「さやさけ、ひよな?……<耳かき音>――
『ひよもそのうち、消えてしまうんやろなぁ』思うて……<耳かき音>――それはちとかい、さみしいような気がするなぁ、て――<耳かき音>――
そげにおもうて、くらしとったんよ――<耳かき音>」
「けど……<耳かき音>――
ものべののカミさんがさそうてくれて……<耳かき音>
しつこいくらいに――何度も何度も、さそうてくれて……<耳かき音>」
「おみかんもおうちもくれるいうさけ――<耳かき音>――
『どーせきえるなら、一度くらいは旅いうもんをしてみてもバチあたらんかなー』て――<耳かき音>――
そう思うてな? ひよ、ここにおひっこししてきたん」
「え? ――(呼吸音)――うん。
せやなぁ、ほんま。えへへへへ――<耳かき音>――
ひよ、おもいきってものべのにこしてきて――<耳かき音>――うん。ほんま、ほんまによかったなぁ」
「あいやんに会えて、おうたもえらい褒めてもろーて……<耳かき音>――
肩叩きやらツボ押しやら……ふふっ――<耳かき音>
――な? こないして、みみかきやら――<耳かき音>」
「しっとったけど、したことないこと――<耳かき音>――
一度でいいからしてみたかったこと――<耳かき音>――
よーさん、試すことできて――あ」
「けどけど、ここで満足したらいけんねぇ――<耳かき音>――
んっ……<耳かき音>――あいやんには、
ひよのお手玉と、お手玉歌と……<耳かき音>――
きっと、覚えてほしいのし――<耳かき音>――うん」
;7(接近ささやき)
「だいたい綺麗になったさけ――
ひよに、お耳のおくまで見せてな?
――(ふーーーーーっ)――」
;7
「ん――ええあんばいやのし。ほんなら、ぽんぽんで仕上げてしまおなー。
あいやん、もーちとかいだけ、うごかんといてな?」
「ん……<綿毛>――んっ――<綿毛>――うふふっ。
おみみがぜぇんぶきれいになって――<綿毛>――
ちとのおうたで、ちゃあんと拍子とれるよーになったら――<綿毛>――」
「あいやん、おてだま――<綿毛>――
うたいきるまで、続くんかなぁ?――<綿毛>――
ちと、楽しみやのし――(ふーーーーっ)」
「はぁい。できた。
ほんなら、な? もーいっかい。
おみかんお手玉、ためしてみよねぇ」
;環境音 F.O.