Track 5

ひよの耳かき(左のお耳)

;環境音 囲炉裏 FI ;7 「ん……<耳かき音>――んっ……(呼吸音)―― あ、ここ――んっ――<耳かき音>―― ありゃ、けっこうひつこいなぁ――<耳かき音>――ん」 「あいやん、寝る時、左のお耳が上になって寝とるん? え? 『どうしてそう思うの?』って――<耳かき音>―― そりゃ、こげに……ん――<耳かき音>――な? 左のお耳のほーが、よーけに汚れとるからのし」 「下になってるお耳の方が、お耳のよごれも寝とる間に――<耳かき音>――下におっこちそおな気がするでしょお」 「ほんで、上になってるお耳には――<耳かき音>―― あ――(ふーーーーっっ)――ん。こげなふうに――<耳かき音>――ほこりやらチリやらがはいって。 ほんで……ん――<耳かき音>――よーけに汚れるんとちゃうんかな? って」 「ん? 『どうだか次から気にしてみる』……って? ――<耳かき音>―― あー、ほんまやなぁ――<耳かき音>―― ひよもゆーたら……(呼吸音)―― 自分がどげして寝とるかなんて……<耳かき音>、おもいだせんのし」 「ま、どげして寝とっても――<耳かき音>――ん? ああ……送り狼のお話な? ん……<耳かき音>―― 送り狼、な……(呼吸音)――」 「……送り狼、もうおれへんのし。 和歌山にも、ものべののにも…… 日本のどこにも、その他のどこにも―― おれへんの」 「……(呼吸音)――『どうして』って…… ん――<耳かき音>―― ん、と、な? あいやん――<耳かき音>――」 「んとな? <耳かき音>――あいやんは、 あやかしって、どげなもんか――<耳かき音>―― 考えたこと――ある?」 「あんな? ひよもな――<耳かき音>―― たった80年くらいしか生きちょらんあやかしのし。 ん――<耳かき音>――ものべののカミさんに聞かされるまで、少しもしらんかったけど――<耳かき音>」 「あやかしゆーんは、『人の想いが形を持ったもの』やゆー話なん――<耳かき音>―― たとえばな? 大雨も大風も地震もなーんもあれへんのに――<耳かき音>――山がいきなり崩れちょったとするやんなぁ――<耳かき音>」 「どーしてだどーしてだって、頭を捻って、みんなで崩れたとこ見てな?――<耳かき音>―― ほんでだれかが、『崩れたところが大きな足跡みたいになってる』とか言い出して――<耳かき音>――」 「そうしたらな? 答えがでんのはイヤやさけ、 わからんままじゃ、ちとかいも安心できんさけ――<耳かき音>―― 『大きな足が踏みつけたから、土砂崩れがおきた』――って――<耳かき音>―― むかしむかしの人間は、そげなふうに考えたっていう話のし」 「で、そげな話が広ぉ広ぉに広まって、みんなが噂するようになって、 芯から信じ込むようになると――<耳かき音>―― 『大足』いうあやかしが、この世にひょっこり、産まれよるのし――<耳かき音>」 「でな? “送り狼”もおんなじやのし――<耳かき音> はじめは、野のけだものか、ひょっとしたなら人間か―― “誰か”が、人間をぺろりと食べて――<耳かき音>―― この世からあとかたものー、消してしもーて――<耳かき音>」 「怯えた人間が。そげなんを『見えない狼』の仕業だとかなんとか言い出して――<耳かき音>―― ん……みんながそれを信じこんだら……<耳かき音>―― “送り狼”いうあやかしが、産まれよるんよ」 「人間が、芯から信じて怖がる気持ちが、送り狼を強い存在のあやかしにして――<耳かき音>―― ちとかいそれが行き過ぎて、助けてほしい気持ちが強まり、固まって……<耳かき音>――そうして産みだされたんが、“送り雀”――ひよいうことに、なるやんなぁ」 「あ……<耳かき音>―― ん……(呼吸音)――せやなぁ。 あいやんは、ほんまにえらいかしこいなぁ――<耳かき音>」 「ひよが産まれて、人間をどんどん助けて――<耳かき音>―― “送り狼”が大したことないって思われよったら……<耳かき音>―― そんなんなったら、だぁれも送り狼を怖がらんし、信じんよーに、だんだんだんだん、なっていくよし……<耳かき音>」 「ほんで、ラジオやら、テレビやら、インタアネットやらが、あやかしたちの暮らしてた場所を――<耳かき音>――夜の闇の真っ暗さを――<耳かき音>―― どんどん、剥がしてしもたさけ……<耳かき音>」 「人間がだぁれも信じんよーになって、怖がらんよーになったら、ぱあっと、な?――<耳かき音>――」 「“送り狼”――気が付かんうちに、ほんまに、ぱっと――<耳かき音>―― この世から、綺麗に消え失せてしもーたん……(呼吸音)」 「でな? 送り狼がおらなくなったら――<耳かき音>…… そしたら当然、送り雀も……忘れられて、語られなくなるのし――<耳かき音>―― だってそんなん、おる必要さえもう無いもんなぁ」 「さやさけ、ひよな?……<耳かき音>―― 『ひよもそのうち、消えてしまうんやろなぁ』思うて……<耳かき音>――それはちとかい、さみしいような気がするなぁ、て――<耳かき音>―― そげにおもうて、くらしとったんよ――<耳かき音>」 「けど……<耳かき音>―― ものべののカミさんがさそうてくれて……<耳かき音> しつこいくらいに――何度も何度も、さそうてくれて……<耳かき音>」 「おみかんもおうちもくれるいうさけ――<耳かき音>―― 『どーせきえるなら、一度くらいは旅いうもんをしてみてもバチあたらんかなー』て――<耳かき音>―― そう思うてな? ひよ、ここにおひっこししてきたん」 「え? ――(呼吸音)――うん。 せやなぁ、ほんま。えへへへへ――<耳かき音>―― ひよ、おもいきってものべのにこしてきて――<耳かき音>――うん。ほんま、ほんまによかったなぁ」 「あいやんに会えて、おうたもえらい褒めてもろーて……<耳かき音>―― 肩叩きやらツボ押しやら……ふふっ――<耳かき音> ――な? こないして、みみかきやら――<耳かき音>」 「しっとったけど、したことないこと――<耳かき音>―― 一度でいいからしてみたかったこと――<耳かき音>―― よーさん、試すことできて――あ」 「けどけど、ここで満足したらいけんねぇ――<耳かき音>―― んっ……<耳かき音>――あいやんには、 ひよのお手玉と、お手玉歌と……<耳かき音>―― きっと、覚えてほしいのし――<耳かき音>――うん」 ;7(接近ささやき) 「だいたい綺麗になったさけ―― ひよに、お耳のおくまで見せてな? ――(ふーーーーーっ)――」 ;7 「ん――ええあんばいやのし。ほんなら、ぽんぽんで仕上げてしまおなー。 あいやん、もーちとかいだけ、うごかんといてな?」 「ん……<綿毛>――んっ――<綿毛>――うふふっ。 おみみがぜぇんぶきれいになって――<綿毛>―― ちとのおうたで、ちゃあんと拍子とれるよーになったら――<綿毛>――」 「あいやん、おてだま――<綿毛>―― うたいきるまで、続くんかなぁ?――<綿毛>―― ちと、楽しみやのし――(ふーーーーっ)」 「はぁい。できた。 ほんなら、な? もーいっかい。 おみかんお手玉、ためしてみよねぇ」 ;環境音 F.O.