Track 11

内緒の内証

エリス:  はぁ、顎が疲れた。喘ぐ演技も楽ではないな。  おい、リリフローラはまだ扉の向こう側に張り付いているようだ。  私達のセックスは、快楽の為ではなく他に目的があっての行為だと、リリフローラに伝わるように話を合わせろ。  それとも、この事を忘れさせる為に、本当にリリフローラの記憶を弄っていいのか?  これでお前のセックスに関するデータは充分だな。ご苦労。  まあ、私は全く気持ちよくなかったが、客観的に見れば問題はないだろう。  射精感はある程度自分でコントロールできるようだし、射精した後に勃起を持続させることも……そういえば、木蓮の花言葉は持続性だったな。  木蓮にはな、それとは別にもう一つ花言葉があるんだ。  もう一つの花言葉は、自然への愛だ。  お前は……セクサロイドに愛情は芽生えると思うか?  まあ黙って聞け。何もロマンチックな話をしようという訳ではない。  セクサロイドの感情について、少し気に掛かることがあってな。  今回はお前の技量を測るという名目でセックスに及んだが、それと同時に、セクサロイドの愛情をはかる目的もあったんだ。  セクサロイドは基本的に、人間に対して嫌悪感を抱くことはない。  要するに、誰にでもいい顔をするんだ。  その方が、セックスを行うにあたって都合がいいからな。相手に愛されていると感じながら交わった方が、快感を得やすいだろう  セクサロイドの存在意義はセックスだ。それはセクサロイド自身も自覚していて、より良いセックスを行動指針として定めている  本能、と言ってもいい。セクサロイドにとって、セックスの快感を高めることは、本能に基づく行為なんだ。  だから、セクサロイドがセックスの相手に対して抱いている好意的な感情が、単にセックスの効果を高める為のものなのか、それとも純粋な愛情なのか、判別するのが難しい。  で、その好意的な感情を今回のセックスで焙り出して、どちらに傾くのかを見定めようと思ってな。  セクサロイドの愛情をはかると言ったが、なにもリリフローラの愛情をはかった訳ではない。セクサロイドは他にも沢山いるからな。  リリフローラの型式番号が、HX-02だろう。  その前に作られた、HX-01の事を言っているんだ。  HX-01、それが私の型式番号だ。  お前はリリフローラを初めて見た時、私の顔に似ていると言ったな。  同じシリーズだからな、似ているのも当然だ。  フッ、どうした。セクサロイドの私がセクサロイドを作るのはおかしいか?  作り方さえインプットされていれば、セクサロイドがセクサロイドを作ることも可能だ。  組み立てに関しては、むしろ人間よりもセクサロイドのほうが向いているんだぞ。機械は精密な作業が得意だからな。  何故今まで黙っていたかって、お前は元々どこの馬の骨とも知れん奴だし、そんな奴にわざわざ自分の弱みを教えるはずがないだろう。  まあ、しばらくお前を観察してきて、お前がただの馬鹿だということが分かったからな。馬鹿に弱みを教えたところでなにも出来んだろう。  それでだな、セクサロイドである私は、お前に対して、ある感情を抱いていたんだ。  その感情がどういったものなのか、それを調べるために性行為に及んだ。  この感情は、やはり先ほど言ったような、セクサロイドに備わった本能的なものだったようだ。  お前と性行為に及んでいる間、私は常に理性的な思考を保っていたからな。感情を刺激されるようなことは一切なかった。  キスを拒んだのも、私がセクサロイドだからだ。  私は口から燃料以外の異物を取り込むと、動作不良を引き起こす。  人間の体液も異物だからな。舌を絡めるようなキスは、相手の唾液が体内に入り込んでしまう。  フッ……キスもできないセクサロイドなんて、滑稽だろう。  ちなみに、私の体から排出される体液は、全て燃料だ。燃料を体液に見立てている。  だから、自分の唾液であれば、飲み込んでも問題はないという訳だ。  燃料を体液に使い回すというのも気味の悪い話だが、この燃料は人体に対しても無害だからな。色々と都合がよかったんだろう。  一般的なセクサロイドは、口から入った人間の体液を体内に溜めておいて、セックスが終わった後で取り出して処分するような構造になっている。  ただ口から入ったものが管を通過してゴミ箱に到達するだけだから、味覚機能も備わっていない。  しかし私を作った人間は、どうしてもセクサロイドに食事をさせたかったようでな。  はじめは、口から取り入れた異物を燃料に変換する方法を考えていたようだが、どうしても不可能だったんだろうな。  結局、口から燃料を入れて味覚を刺激するという、今の形に落ち着いたようだ。  その所為で、キスができないセクサロイドという歪なものが出来上がった訳だ。  リリフローラがそういう構造になっているのも、私の中にインプットされているセクサロイドの作り方が、それしかなかったからだ。  私を作った人間は、異物を燃料に変換する構想を、あとから実現するつもりだったんだろうか。フッ、馬鹿な話だな。  と、まあ、そういう訳だ。  長々とつまらんことを話してしまったな。  しかし、事情をしっかり説明しておかないと、お前が変な勘違いを起こしそうだったからな。  昨日からのやり取りは全て演技だ。くれぐれも、私の演技を真に受けて引きずったりするなよ。  よし、ご苦労だった。もう行っていいぞ。  おい、リリフローラはまだ……。  ……あー、待て。ベッドのシーツを替えたい。このシーツを剥がして持って行け。  ……よし、もう行っていいぞ。