Track 1

サキのアイスマッサージ

:環境音 FI 冬。山中。木枯らし :SE 冬枯れの山道を男一人歩く足音 :SE パキ、小枝を踏む ;SE ずるっと滑り、山道を滑り落ちていく ;SE ダッシュの足音 16/左前遠→8/左前近 ;SE ガシっと腕をつかまれる ;8/左前近 「…………大丈夫だか? 危ねかったな。 あんちゃ、そこから滑り落ちたら、ケガではすまんかったかもしれんな」 :SE 谷底から拭き上げてくる風 「って、このままだったらあんちゃの腕がきついべな。 いま、ひっぱりあげるだで、肩ぬけんよーに、力いれてな?」 「いでぐねーよに、ゆっぐりすっから―― そーっと――そーっと――ん!」 ;SE 両足が地面につく ;9前遠 「あんちゃ、平気か? まっすぐ立てっか? 膝こ肘こさ、擦りむいでねか? 「ん……怪我のねーよーなら何よりだな。 んであんちゃ、なしてこげな山ん中まで登ってきただ?」 「『ここはどこ――』って…… ああ、迷いこんで来ちまっただか」 「ここはな? ものべの。 人とあやかしがともにくらせる隠れ里の、 そのとっぱずれの山ん中―― ヒノキノ山の、山奥だ」 「『あやかしってなに?』って―― あんちゃ、なーんも知らんでよーもまー、 ものべのにまで迷い込んできたもんだな」 「あやかしいうんは、 もののけやら妖怪やらいわれるもん――バケモンもこど。 そのどれかくらいは、いくらなんでも聞いたこどあんべさ」 「ん? 『化物とかならわかる』だな? あははっ、んだばよかっだ。 へば、そっから話、聞かせるな?」 「化物ってのは細かぐいうと、あやかしの仲間のほんの一部。 モノやらケモノやらが、化けてなるもんだから、“バケモノ”」 「で、もののけいうんは、もーさっと狭い意味。 物の怪(ものの、かい)。物のバケたんで、もののけ」 「長い長いこど人間につかわれた物が付喪(つくも)して、 あやかしとして動いたりしゃべったりするようになったもんが、もののけ、な?」 「んで、あやかしいうんは、 鬼だのかっぱだの天狗だの―― 人間でねくて、もののけやばけものでもねえ存在のこど」 「で、妖怪は、あやかしとバケモノ、物の怪のぜぇんぶひっくるめた呼び方。あやかしが妖(よう)で、物の怪・バケモノが、怪(かい)。 あははっ、書いだまんま、文字の通りだな」 「ものべのではまぁ、妖怪いうこどばはあんまつかわれでねーみてーだな。 だでここじゃ、バケモンのこどもひっくるめでぜーんぶで、“あやかし”」 ;8 /左前近 「ん? まーだあんちゃときだらぽかんとして。 どしただ? ん? ……(呼吸音)……ああ。 サキがあんまり物知りだから、さっとたまげたか」 ;9/前遠 「あははっ、ま、たまげるべなぁ。 こげな山奥に一人で暮らしとる、 角もギラギラしとる鬼こが、 人間の言葉の意味を人間に教えてやるだなんて、 あははっ、まんずおかしな話だもんな」 「ん? ああ、サキいうんはオラの名前(なめぇ)な。 山鬼、山の鬼だから、サキ。 あははっ、簡単な名前だけど、その分、覚えやすいべ?」 「ゆーか……んふふ~。 あんちゃもずいぶんとキモの座ったあんちゃだな。 こげな山奥でよ?」 ;1/前近 「こぉんた近くに鬼こど居って、恐ろしいことねえんだか? サキが人食い鬼だったらさ、あんちゃ、頭からぺろりといかれでるかもしれねのに」 「んん? …… 『落ちそうなところ助けてくれたし、かわいいから怖くない』――って! あんちゃ! あははっ! サキがかわいいって、 冗談のうめえあんちゃだなぁ」 ;SE 背中バンバン 「ああっ!?! ごめんなぁ、痛でかっただか!? サキ、手加減したつもりだったども―― んぁ? ――『痛いのは背中じゃなくて』――ああ…… 足こが今になって傷んできただか。 どれ――」 ;1/前近 しゃがみ 「……あー、熱もってっだな。 さっと挫いてっかもしれねがら……あっ」 ;SE 風吹く 「……あんちゃ、いま震えたな。 人間にゃ、この北風は冷たすぎか」 「……この近くによ、避難小屋っていうのがあっだ。 屋根と壁と床と、暖房器具もついとるで―― そこで足こさ見でやるほうが、あんちゃ、きっと落ち着くな?」 「……ふふっ。やっぱりか。 へば、そこまでサキが、あんちゃのこどつれてってやんな? ――よっと」 :マイクに背中向ける 「……ん? なにしてっだ? 早よ乗れ、おぶされ」 「なぁーに遠慮しでっだ。ええからええから。 サキはな? こう見えても筋金入りの鬼だでよ。 あんちゃの百人の二百人。 あははっ! ぽぽいのぽいで背負えるでなー」 :1/前近 マイクに背中向 「ん――<背負う>――んっ! あんちゃ、見だ目よりもっと軽ぃなぁ。 もっとたーんと食べねばダメだ。 へば、いぐな?」 ;SE 足音 ;SE 縦開きの木のドア、開 「ついただ。 今おろすから、足こさ、余計に傷めねよーに、 気ぃつけてな? ん……<下ろす>」 ;SE ドア閉め ;環境音 Vol↓ ;1/前近 「靴、脱げっだか? 脱げんようなら…… あ、んだか。 自分で脱ぐ気ぃつけて、足こさひねらんようにな?」 「脱げたら、あがって楽にしとけな? サキは、火ぃ起こして湯さ沸かしどくから」 ;14/左後遠  マイクに背中 「灯油は……よしよし、入っでる入っでる」 ;SE 石油ストーブ点火(チチチチ――ボッ) ;以降、環境音「石油ストーブ」 ;14/左後遠 マイク向 「ん? あっ――腰かげんなら、そこの敷物(しきもん) とこのほうがええべ。 尻こさ、その方が痛ぐねし、あっだまるしな」 「湯さ沸かしたら、すぐに足こさ見でやっから、伸ばしで楽に、楽になぁ」 ;16/左前遠 マイクに背中 「……お、しめしめ。まだ凍っでね。こんたら水も――あははっ、出だ出だ」 :SE 薬缶に水道の水を満たす ;16→15/左遠 マイクに背中 「よ――っと」 ;1  「待たせただなや。へば、足こさ見んな?」 「ん……(呼吸音)――さっと伸ばすな? ……どんだ? 痛むか?……(呼吸音)―― あー曲げ伸ばしで傷まねなら、良かったなぁ」 「左足は? ん……(呼吸音)―― ああ……(呼吸音)――なるほどなぁ」 「まんず不幸中の幸いだ。 挫いではね――ただな、あんちゃ……」 「冬の山道、備えもなしに迷い込んできちまっだから。 足この肉がこわばってこわばって―― そんで、動かすと痛でくなっちまってるみでだな」 「んだでよ、しゃっこくしてほぐしてやれば、 きっと少しは楽になるべな」 「ああ、避難小屋の外に井戸こさあったな。 なんぼかだけ待っててけれな?」 ;SE 足音 1/前近→5/後近→13/後遠 ;SE ドア開、ドア閉 ;SE 綱がギシギシきしむ :SE 氷割れる ;SE 井戸のつるべあがる ;13/後遠 マイク背中(編集でドア越し感) 「んっ」 ;ドア開、ドア閉、足音 13/後遠→5/後近→1/前近 ;SE しゃがみ込む ;1/前近 「バリーンって、おっきな音したなぁ。 たまげさせちまったか? ん―― あははっ、平気ならよかっだ」 「今な? 井戸に張っとった氷こ割って、 うふふっ、カケラこたぁんと持ってきただ」 「これを――<氷がぶつかりあう>――こっただして―― サラシこ巻いて――んっ――(呼吸音)―― ああ、よー冷えるなぁ」 「サキにはちょこっとしゃっこいけどな、 あんちゃの熱もった足こには、 きっとひんやり、気持ちいいべな」 「したら、そこにゴローンんて寝てけれ。 一番痛でのは――ん。ふくらはぎだな。 へば……ああ、その前にズボンぬがねば、濡らしちまうな」 「ん? (呼吸音)――ああ、濡らしちまうのは、氷でだ。 人間の技で、アイスマッサージていうのがあるで。 あんちゃの足には、きっとそれが―― 氷こ使って、もみ冷やすのが、一番いいって、サキ思うでな」 「もちろん、あんちゃがイヤなら――ん。 『気持ちよさそう』なら、やっでみるべな。 したっけ、ズボン――――ええ、と――はうっ」 「へ、へば! 早くぬいで、ほんでぺたーって、 腹ばいに寝そべってほしいだよ。 その間、サキはそっぽをむいてるでな」 ;1/前近 マイクに背中 「……(呼吸音)……もおええだか? 脱いで、腹ばいにぺたんてしただか? ……(呼吸音)――」 ;5/後近 マイク向き 「ん! へば、アイスマッサージはじめるな? 右も左もいっぺんにした方があんちゃもきっと楽だと思うで――」 「ん。それでええなら、 両足ぎゅうって、隙間つくらんよーに…… ああ、そうそう、そっただ感じで」 「へば、氷こを―― あ、しゃっこすぎたら、さらしこもっと巻くだで。 遠慮とかしねで言ってな? まずはふくらはぎ、試しにさっと揉み込んでくでな?」 ;SE さらしを撒いた氷で肌をなぜる 「ん――あははっ! ビクってしただな? しゃっこすぎだか? ん――平気? んならよかっただ。 へば、もーなんぼか強めで揉み込むな?」 「ん……(呼吸音)――<氷揉み>―― ん――(呼吸)…… ど? 痛ぐね? しゃっこすぎねか?」 「ん……(呼吸音)――うん――ああ―― 気持ちええなら――あはは、ちゃあんと効いでっだなぁ。 よかったー、ほんたら、このまま続けんな?」 「ん……(氷揉み)――ふっ――(氷揉み)――」 ん……(氷揉み)――んっ――(氷揉み)」 「ストーブでポカポカしてる部屋でさぁ―― ん――(氷揉み)―― アイスマッサージ、なんて――(氷揉み)――んっ―― なーんか、えらい贅沢さ しでる……(呼吸音)―― 気が、しねか?」 「んだな。とっても――(氷揉み)贅沢だなぁ。 氷こ、溶けてぬるぬる滑って――(氷揉み)―― あんちゃの熱っついふくらはぎこ冷やして――(氷揉み) ――けど、ストーブの火で――すぐに――(氷揉み)―― ぽかぽか――(呼吸音)――ぬくまっで――んっ――」 「氷と炎で揉んでんだもんな――(呼吸音)―― 肉の疲れもそりゃ――(氷揉み)―― んっ――凍えて、燃されて――あははっ――(氷揉み) ――あどがたもなく、消えちまう、だな――(氷揉み)」 「ふうっ――(呼吸音)――こっただもんでど? 『気持ちよくって疲れもぬけた』? あははっ、そんたらなによりだー」 「あんちゃの足こさ握り潰さしたらいけんでなぁー、 力を抜きに抜いたでな、気づかれしたけど―― えへへ、楽になったんなら、よかったな」 「(呼吸音)――うん。 ちゃあんと効いてくれたんならさ、 足の他んとごも、アイスマッサージでほぐした方が、 もっとあんちゃ、楽になるなぁ」 「んふふっ、あんちゃもしてほしいなら、よかっただ。 へば、今度は上むいてごろんだ。 あんちゃのふともも、サキがもみほぐしてあげるなぁ」 「ほーい、ごろんっ」 ;1/前近 「あ……細っごく見えて、案外にたぐまし足してんな。 それだけに、ん……<素手でさする>―― 熱もってパンパンにふくれでるんが、痛痛しぃなぁ」 「疲れたべな? がんばったなぁ。 あんちゃ、よっぽど長いこど迷ってたんだな」 「へば、お腹もすいたべな? あ! んだんだ。こないだ仕留めた鹿こさ埋めであっがら、 ちょうどそろそろ食いごろだべさ」 「えへへっ、体ほぐしたらよ、鍋こにしよな? あんちゃと食べるもみじ鍋、楽しみだなぁ」 「へば、そろそろ太ももほぐすな? ん――<肌さすり>――っっと、 したらな? また足こぎゅーってしめでけろ?」 「――そうそう――<氷揉み>――おおっ!? あははっ! さっきよりもーっとたまげたみでだな」 「腿の方がふくらはぎより効いたんだなぁ――<氷揉み>――ああ、氷の溶けも……<指先で溶けた水をぴちゃぴちゃ> ……ん、ふくらはぎんときより、早けみでだな」 「疲れがそれだけたまってるってことだもんなぁ。 へば――んっ――<強氷揉み>――おおっ!?」 「あははははっ! 今のあんちゃ声、 絞められっどきのイノこみでだったなぁ」 「ま、イノこと違っで、あんちゃの肉じゃ―― <撫でさすり> うふふっ、たどえ喰っでもちょびっとすぎて、 酒の肴にもならなさそーだな?」 「ん? ――ああ――<氷揉み>―― サキはな、お酒が好きなんだぁ。 お酒が好きで大好きで――<氷揉み>…… えへへっ、お酒欲しさに、人間の手伝いいーっぱいしたなぁ」 「手伝って呑んで、手伝って呑んで。 手伝って呑んでたらいつの間に――<氷揉み>―― 人間が、サキのこと慕うようになっでくれてな」 「……お酒とおんなじくれにさぁ――<氷揉み>―― サキ……(呼吸音)――あはっ、 人間の笑った顔も、好きだったなぁ―<氷揉み>」 「っと――<氷揉み>――あんちゃ、案外回復力あっだな。へへ。 太ももも、ほぐれでやわこくなってきたな。 へば、アイスマッサージはこのくれでおしめぇにしどくか」 「揉み返しが来ちまっだらかえってよけいにしんどぐなるし―― あんま長げこど氷あてすぎて、しもやけにでもなったらそらそれで面倒だでな――っと! <手のひらで肌叩く> 「んふふっ、やわこくなったあんちゃの肌さ、ぺちんていい音でなるもんだなぁ。 おなかいっぱいになったら今度はポコンてなるよに、なんのかなぁ?」 「ふふっ、ほんたら、鍋にするべな。 今、鹿の肉掘り返しにいぐけど―― あんちゃも、一緒するだか?」 「あははっ、冗談。冗談だぁ。 へば、さっといってくるだで、 あんちゃはそこで、火の番しててな?」