サキの耳かき(左耳)
;7/左 顔寄せ
「(ふーーーーーーっ)」
;7/左 通常
「……こっちのお耳も、浅いところはだいたいきれいだな。
左の耳より、もっときれいかもしれんだで……
あんちゃの指先。
右耳の穴に入れやすいの形しでるのかもしれねなぁ」
「んだども――うふふっ――<顔撫で>――
どーでも同じだ
どっちの耳も、サキがキレイキレイにするでなぁ」
「え? 『もう少し撫でてほしい』だか?
ふふっ、冗談ごとでなく、
ほんとにわらしにかえっちまっただか?
あんちゃ、めごいなぁ」
「……あんちゃに甘えられんのな? ――<顔撫>――
サキも、なんだか嬉しいんだわ――<顔撫>――
だけん、たぁんと甘えてけろな?」
「ん……<顔撫>――(呼吸音)――。
こっただ山奥来てもスマホで仕事だもんなぁ――<顔撫>――
あんちゃ、疲れで当だり前だな――<顔撫>――
しんどいなぁ――<顔撫>」
「……いいこだ。いいこ――<顔撫>――
あんちゃはいいこだ――がんばりやさんだ――<顔撫>
――んだども、今日は、うふふふふっ」
;7/左 顔寄せ
「こわぁい鬼につかまっちったもんだでな?――<顔撫>――
言うごど聞かねば、食われちうだ」
;7/左
「んだでな? 仕事(しごど)も勉強(べんきょ)もなぁんもなんでもほったらがして――休まねばまぁ――<顔撫>――
わるぅい鬼この、命令だでな」
「ん? あははっ――だなぁ。
あんちゃも、サキもゆるんだなぁ。
あんちゃ、ほっとした顔しでるもん。
サキもか? んだか、ニコニコかぁ」
「したら、ナデナデはおしまいにして、
耳掃除――させでもらうな?」
;7/左 顔寄せ
「ん……(呼吸音)――(ふーーーーっ)」
;7/左 通常
「うん……<耳かき音>――
ん……<耳かき音>――
あ? ああ……(呼吸音)――
サキがどうして秋田を離れたが――<耳かき音>――
聞かれてただな――」
「サキはな、普通の鬼だったでなぁ――<耳かき音>――
鬼の両親から産まれでよ――<耳かき音>――
んだども、産まれてすぐに置き去りにされて……(呼吸音)――
物心つくまでは、山のケモノとかよ、捕まえて喰っで、育っただ」
「わらしこの鬼にはよ、人間とケモノの違いも、わがんねがらな――<耳かき音>――
山奥の深くに置き去りにさねでねがったら、
そのころにもし、人間と出会ってしまってたらさ――<耳かき音>――」
「ん……(呼吸音)――
サキも人食い鬼になってさ――<耳かき音>――
人間の名のある侍に、退治されてたかもしれんなぁ――<耳かき音>――」
「んだとも、サキがはじめて人間とあったのは――<耳かき音>――
右も左もわからんころでも、腹ぺこんときでもなかっただ――<耳かき音>――
クマこかなんか仕留めで喰っで、腹ぽんぽこで――(呼吸音)――
んふふ、そっただときにな? ガリッガリのじさまと出くわしたんよ」
「じさまは……今思うと坊んさんだったんだろぉなぁ。
ガリガリでまずそうなのに、おっとろくてな――<耳かき音>
おっとろしいけど、サキも鬼だで、逃げるだなんて思いつかねで――<耳かき音>――」
「どうしでええかわからねで、動けんままでおったらさ――
ぷぅんて匂い――い~い匂いが、サキの鼻こさ、くすぐってきただよ」
「ん。んだ――酒だ――<耳かき音>――
じさまが、とっくり取り出して、フタを開けたでま――<耳かき音>――
もうその匂いが、とっくりの中身が気になって気になって――(呼吸音)――
おっがねのも忘れで、ふらふら近づいちまっただ」
「んだどもな? じさまと来たら、サキが手ぇ伸ばしたら――<耳かき音>――
ひょいって、ひょうたんかくしちまうってな。
力づくで――とか思えるような相手でもなかったで――<耳かき音>――
オラ、どうしてええが困っちまって、また動けんよーになってな――<耳かき音>」
「したら、な? じさまがサキに言っただよ――<耳かき音>――
人間の言葉なんて、聞いたこどもならっだこどもねがったのに――<耳かき音>――不思議なもんでな。何いわれてっか、わかったの」
「んだで、いわれたとおりじさま抱えて、峠さ超えで、じさまおろして――(ごくりっ)――
ああ、思い出すだけでも呑みだくなるなぁ」
「ご褒美にもらったひょうたんの中身の――
あのときの酒のうまがったこど!
もうな、サキ――いっぺんでとりこになっちまったの」
「じさまはそれぎり――<耳かき音>――
サキのこどほったらかして山の向こうへと去っていったども――<耳かき音>――
ひとつだけサキに、人間の言葉、教えて残してくれてなぁ――<耳かき音>」
「んと、な? (呼吸音)
――『手伝いすっから、酒こ呑ませな?』
あははっ、こんたが ――<耳かき音>――
サキが一番はじめに覚えた、人の言葉だ」
「はじめは山に来たもんに――<耳かき音>――
それからだんだん――<耳かき音>――
村やら町やらに、こっちからでかけて、でもそういって――<耳かき音>――」
「したらな? だぁんだん……<耳かき音>――
人間の方から、サキを頼るようになってきたんだぁ」
「そんころにはさ――<耳かき音>――サキも、
人間の言葉をすっかり覚えで――<耳かき音>――
人間のこども、まぁまぁ好きになってからなぁ――<耳かき音>――
酒だけじゃなく、頼られるのもまぁ、嬉しぐて――(呼吸音)」
「火事も消したし、いぐねぇ長者をこらしめもした――<耳かき音>――
山から材木たんと運んで、戦のときには鉄砲こかついで大砲かついで――<耳かき音>――
サキにお酒さ呑ませてくれた人間を、
必ず助けでやったの――<耳かき音>――」
「したらなぁ、いつの間にちっさい祠ができて――
神社になって――(呼吸音)――
まぁ、カミさまに祀られたんな……<耳かき音>――
んだども……そこから、ズレはじめてちまってなぁ――<耳かき音>」
「人間たちがよ、神社にお参りするようになっで――(呼吸音)――
だんだんと、サキに直接、頼み事をしでこねよーに、なったのさ――<耳かき音>」
「『恐れ多い』だなんだって……<耳かき音>――
あははっ、こっちはさ? ご褒美のお酒が目当てなだけなのになぁ――<耳かき音>」
「『神社の酒もサンキチ様のものですだ』って、つきあいのあった年寄り衆なんかは言ってだけどな?――<耳かき音>――
そっただ飲んでも、盗みのみみででんめぐねーのな――(呼吸音)――」
「……人間のこど手伝って、手伝ってやった人間が顔くしゃくしゃにして笑ってさぁ――<耳かき音>――
そうして、一緒に呑むんでなげりゃ……<耳かき音>――
んめぐねーのな」
「んでな? そのうち――
サキが手伝ってやっとった人間たちが代替わりして、代替わりして――<耳かき音>――
そうしたズレが、すり替わるまでになっちまってな――<耳かき音>――」
「サンキチ様から、ミヨシ様――
呼び名が変って、祀られるカミさまも、すりかわったの――<耳かき音>」
「サキが一度もあったこどもねぇ、むかしむかしの豪族が祀られてるってこどになっでな?――<耳かき音>――
人間も、こっただ山鬼さ祀るより、その方があんばいよかったんだろぉなぁ――(呼吸音)――」
「そんたらなったら、もうだぁれも、サキのこど頼らんし、祀りもせんよーになっちまってな――<耳かき音>――ある日ぽこんと、サキはカミさまでのーなったのさぁ――<耳かき音>」
「ただの山鬼に……(呼吸音)――
いや、もう誰からも、頼られるこど恐れられるこどもね、
……だれからも忘れ去られた山鬼に、なっしまっただ――<耳かき音>」
「……あやかしの力の源は、人間の恐れだったり、思いだったり、そういうもんだで――(呼吸音)――
忘れ去られたあやかしは、消えでぐしかね……っと――
<耳かき音>――」
「ん……(ふーーーーーっ)――ありゃま。
話す間にすっかりど、左耳も綺麗にしちまっただな」
;<ティッシュで耳かき拭き>
「ああ……いつの間にか日も落ちて……<顔撫>――
退屈な話につきあわせちまって、悪かっただな」
「え? ――『退屈じゃなかった。話の続きが気になる』って……
はぁ……あははっ! あんちゃもそーとーな変わりもんだなぁ」
「あー……(呼吸音)――うん。
あんちゃみでな細っこいのを、夜の山ん中追い出すわげにも、いかねぇもんな。へば――」
「な? あんちゃ。今夜はここに泊まってげ、な?
サキは本当は、星の天幕、草の布団が一番だども――
一晩くらいは、綿の布団に――へへっ」
;顔寄せ囁き
「……あんちゃどいっしょにくるまって寝んのも、」
まんず、悪くもなさそうだでな」
:環境音FO