Track 4

4. ニャンコ、ワンワン、ピョンピョン・後

――先輩の話、なかなか楽しませてもらった。 私よりか、よほど順風満帆な人生だな。もちろんさざ波ばかりじゃない。 辛い事、悲しい事、たくさんあったろう。なければそれは人生とは呼ばぬ。 誰もがそうやって生きてる。まっすぐ歩けるひとなんてひとりもいない。 でも私はそれから炙れた。 ただの道。そう道だ。私はただの道を歩いてきた。だからこんなひとなんです。 たぶん。たぶん私は、誰よりもまともじゃない。でも狂ってない。決して。 私はですね、たとえば森鴎外は苦手なんです。 理性、知性、世界の中の世界を描くさま。お手本という存在が怖くて怖くて。 親、教師、お手本は私を見下し、蔑む。異常なものを見る目で突き刺してくる。 己がまともであり己が正しいのであると、私を迫害し続けてきたんです。 で、だ。その、お前は、先輩は。違う。 どうして? どうして先輩は、私を……。 いい。言うな。分かってるよ。お前はきっと「好きだから」と答えるだろう。 好き、だから……。なんてずるい言葉だろう。 私の浅学を、苦悩を、人生を、一切合財吹き飛ばしてしまうだなんて。 よりにもよって、たった一言で。 先輩。 欲張りで、ごめんなさい。もう一度、「好き」を私に……ください。 ……、……ん……。 ふふ。あはは。……ああ、好き、か……。 どうしてだろう。笑いが、こんなに自然に溢れてきて……嬉しい、のかな。 きっと家守は、すごく嬉しいんだ。温かいんだ……。 先輩。お前は私が……どんなひとであったとしても、受け入れてくれるか。 ……はい。話します。 私は、父さんだけが家族だった。いやあれは、家族と呼べるか分からないか。 うるせえよ死にやがれ殺すぞ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ。 そんな事を、そんな言葉を、娘に吐き散らすのが親か? 家族ですか? 家守依知は、私は、そういう日々の頂上にいました。 あいつは昨日から帰らない。いつも私が学校に行く頃すれ違って、 目も合わしません。その方が楽。あいつもきっと楽だろう。 だから私、誰とも喋らないの。今は先輩だ。お前だけです。 世界に私をつなぎとめてる唯一の存在、それがお前。 話が逸れたな。続けます。 家守依知の作り方、教えるから。 まず……妖の母と、漸の父を用意します。漸は知ってるか? 妖とひと、その二者の世界を知る存在をそう呼びます。 と言っても、父は……母が妖である事を知らず。 無責任に孕ませて、産ませて、……まあ、逃げるのが一歩早かったのが母だ。 結果がこれ。ひとでも妖でもない、成り損ないのゴミがひたすら黄昏。 ひとの身体で、妖の力を持って、ひと以外のものが見えて、聞こえて。 気づいたら、狂人扱いの哀れな女……家守依知の出来上がり。 ……以上。 ぁあ……ぁあああ。あああああああああ。ああああああ! ああ、喋って、しまった。もう、もう取り返しがつかない。やってしまった。 誰にも話した事のない、話してはならない事だったのに。 よりによって、この世界でこの人生で誰よりも嫌われたくない相手に! ………………せんぱ。……きらいに、ならないで……。 私の事、嫌いにならないで。好きのままでいて。 なにか、言って。言ってください。言って言って言って言って言って。 言葉をくださいっ。先輩の言葉、お前の言葉、私にくださいっ。 先輩が消えたらそのときはわたしはもう――うぁ――!? ………………。 ……うぅッ……せんぱ、せんぱい……おまえ……。 ううっ。ぅううッ。あり、あり……がと、う。 ……好き……好きスキスキッ。 すきすきすきすきすきすきすきっ。だいすきっ。すきいっ。 私、私は……ほんとは、大切にされたかった。 ニャンコのように、ワンワンのように、ピョンピョンのように、 愛玩でもいい、誰かに大切に必要にされて、 されて、それで、私もっ、私もぉ……、……。 先輩ッ、せんぱいせんぱいせんぱいせんぱいっ……。 好きっ。好きですっ。好きだっ。好きだよっ。 ぼくも俺も私もお前が先輩がだれだれだれだれよりも好きッ! はあッ……はあッ。せん、せんぱ、怖い……? 怖いの……? 心配、いらないですよ。今はちょっとだけ、上の方にいるだけ。 ねえ先輩。答えて。答えなくていい。 黒崎がいいの? それともドォル? 霧? 咲雪? 先輩が見ていいのは、家守依知だけですよ。 あはははは……誰だろうね。また変なものが見えてる。聞こえてる。 でも大丈夫。私、しっかり先輩の事を見てるから。聞いてるから。 誰にも先輩を渡しはしない。私も誰かに取られたりしないから。 だから先輩、先輩。私を見て。聞いて。私、おかしくないでしょ? 変な事言ってますか? 言ってないですよね。 だって私、狂ってないから。 誰だ、私を狂人扱いする奴は。みんな。みんなだ。先輩以外のみんなです。 先輩だけが私をまともに取り扱って見て話してそばにいてくれるんだ。 だからというわけじゃありません。先輩が好きです。先輩、先輩。 「好き」を教えてくれた先輩。私の話を、私を受け入れてくれた先輩。 もう離しません逃がしません行かせません。絶対、絶対絶対絶対絶対これ絶対。 絶対はないって誰かが言ってました。それはうそです。 絶対はある。だって私が証明できるから。私の先輩への好きは、絶対だ。 絶対。確実。100%。 くふふふふ……。ふふっ、ふはっ……あっはっはっはっはっは! ……なんて、あは、ちょっと大げさすぎたかしら。 声、震えてるよ。大丈夫か? 怖かったですか? ごめんね、ごめんごめん、 脅かすつもりはなかった。ただ、その、「好き」を伝える方法がね、 まだ手探りという感じなので……。探り探り……探り探り。 私と一緒に、探してくれませんか。全てを探しにいきましょう。 ああ私、お願いばかりしてるな。これじゃあ不平等ですね。 私、先輩の言う事なんでも聞きます。どんな事もします。 お前が望む事、私、私……何でも言ってください。言って。言え。 家守依知は新しい居場所を、いや、初めての居場所を手に入れた。 お前の人形だ。いやもはやワンワンだ。耳としっぽがいりますね。 これからは私は生涯、いや輪廻転生もずっとお前に――