Track 2

流れる指と囁く声と…

【崔破】 この屋敷の警備は、厳重だ…… ここに忍び込むのも、かなりの苦労を要した…… いつ見つかるとも限らん…… ゆえに、急な展開になってしまうは道理…… だが、できれば……時間をかけて、おまえのことを、知りたい…… 少々破綻しておるが、許せ…… 髪に、触れるぞ……痛くはせん…… ただその感触を、知りたいだけだ…… おぉ……なんという手触りだ…… まるで、指に溶けてゆくようだ…… 俺が以前触れた髪とは、全く異なる…… 手入れが違うと、こうも変わるものか…… 存じておるかもしれんが、我ら忍者集団は、 己(おの)が支持する大名が合戦を起こした際に手を貸し、多くの者を殺めることがある…… ある時、俺が参加していた合戦にて、みすぼらしい女子の最期を、看取ったことがあった…… その女子は、相手側の領地の村娘で……衣服も髪も、ボロボロだった…… なぜ看取ってやったのかは、わからん…… いつの間にか俺は、合戦の最中、女子を抱き起こし、手を取っていた…… そしてその女子は……一瞬だけ、嬉しそうな笑みを浮かべ……俺の腕の中で、息絶えた…… だからどうということでもない…… 今の世の中では、ありふれた光景だ…… だが、なぜだろうな…… あの女子も、強き家に産まれていれば、このように美しく育ったかもしれぬと…… フッ……そんな悲しそうな顔をするな…… 別に、おまえを責めているわけではない…… ただ……この世の絶対的な理のようなものに…… 些かの空しさを、感じるだけだ…… すまぬ……なぜこのようなことを喋っておるのか、自分でもわからぬ…… 今まで、誰にもこのようなことを、聞かせたことはなかった…… 不思議だ……やはり、おまえは…… ん……眼帯に、興味があるのか……? この奥には……なにもない……傷が、あるだけだ…… ……見たいのか……? よかろう……しばし、待て…… ……見えぬのだ……もう、なにも…… ここにはなにも、残っておらぬ…… 幼き頃から戦場に立ち続け…… 多くの血と、命を奪ってきた…… その代償としては、あまりに小さき傷だ…… 気に留めるほどのものではない…… ……労わってくれるのか……? 俺の話を聞いてもなお……優しく、触れてくれるというのか…… ん……温もりと、肌の感触…… 久しく忘れていた……こんなにも…… ≪外を歩く音が近づいてくる≫ 【見回り兵】 ……姫様……起きておるのですか? なにやら声が聞こえた気がしましたが…… ≪姫、起き上がって仕切りの向こうへ歩いていく≫ 【見回り兵】 姫様、このような時間まで起きておると身体に障りますぞ 大事な時期が迫っておりますゆえ、何卒ご配慮なされますよう…… 【見回り兵】 それと……少々奥を拝見してもよろしいですかな? 聞き慣れぬ声が聞こえた気がしたもので…… 【見回り兵】 ……む……そのように立ち塞がられては…… むぅ、そのように、睨まれましても…… 【見回り兵】 う……ゴホンッ! し、仕方ありませんな……確かに、拙者のような者には無縁の場所…… 【見回り兵】 失礼つかまつった……ごゆるりと、お休みくだされ…… ≪見回り兵が去っていくのを確認してから障子を閉め、姫が戻ってくる≫ 【崔破】 どうして、かばった……? 寝所に忍び込んだだけの、俺を…… ≪また右目の傷に触れる≫ ん……少し、こそばゆいな……だが、悪い気はしない…… おまえの手は……温かさに、満ちている…… だがこのままでは、またいずれ見つかるやもしれん…… もう少し、近くへ…… ≪二人して布団にもぐりこむ≫ 【崔破】 ん……このくらいならば、外に声が漏れることもなかろう…… 少々こそばゆいかもしれんが、我慢してくれ…… 俺はまだ、おまえのことがわかっていない…… 何に惹かれているのかを……知りたいのだ…… だが、もしもおまえの心が嫌がるようであれば…… 意思を示してくれれば、潔く立ち去ろう…… 俺はおまえのことを知りたいが、無理にとまでは考えておらん…… ……そうか、わかった…… ではこのまま、喋らせてもらう…… 先ほどの男が言っていたのは、大大名への謁見だな…… 以前、俺が護送したときの行き先も、その大大名の居城だった…… ……より強き者への、贈り物か…… おまえの父は、隣接した大大名と組み、後ろ盾を得、憂いを絶ちたいと…… 各地の諸大名が欲しがる姫を差し出し、家の守りを磐石にするつもりか…… おまえはその、生贄……というわけだな…… おまえは……それでよいのか……? そこにおまえの意思は……あるのか? そうか……決まったこと…… 産まれ落ちたときからの、さだめ…… ……なるほど、わかったかもしれん…… おまえに惹かれた、その訳が…… 似ているのだ……境遇に違いはあれど、生かされ方が…… 幼き頃から、自分の意思を表に出すことを許されず…… 誰にも真に理解されず、内側にしまいこみ…… 自分とも他人とも、向き合うことをやめた…… 誰にも願いを聞き入れてもらえないがため、意思を言葉に乗せることを、怖がっている…… それが枷となり……いつしか、声にならなくなって…… おまえを、押し殺していったのだな…… おまえに感じた魅力は、外面ではなかった…… 内側に隠れた……誰も知らぬ、本当のおまえ…… それを、俺は見てしまったというのか…… あの一瞬……ほんの一瞬、目が合っただけで…… めぐり合わせ……初めて、気持ちが揺らいでいる…… 心が、おまえのことをもっと、理解したがっている……