4. お眠りになる前に
トラック4
【濡れ場に入る前のワンクッション】
〈通常マイク〉
(♩シャワールームの開閉音)
お出かけの疲れは取れましたか?
もう…言ってくだされば、私がお体を洗って差し上げたのに。
あぁっ 別にやましい気持ちなどはなく、旦那様へご奉仕がしたいだけでございます。
…蜜はただの居候。数日間だけの家政婦のようなものです。
そのように意識なさらないで、ただの迷い猫のように思ってくださいませ。
ですが、先程は驚きました…目が覚めたら旦那様のお姿が見当たらないものですから…
いえ、言伝が残されていたのですぐ悟りましたが、
お出かけでしたら私が荷物持ち要員となりましたよ?
け、怪我人ではありますが…。
昼間は寝かしつけるつもりで、私がすやすやと…申し訳ございません…。
え? 渡したい物…ですか?
…これ、私に…?
小さいけれど立派な包み…。
開けますね。
これは…「塗り薬」…?
打撲に効くもの…
もしかしてお出かけは、これを買うために…?
…あ、いえ、すみません、言葉に詰まってしまって。
…私のいない所で、旦那様が私のことを考えていてくれたことが…すごく、嬉しくて…。
旦那様は本当に、優しさの塊のような方でございますね。
ありがとうございます、旦那様…。
…あ、あの。
差し支えなければ…ですが、
こちらの軟膏の塗布を、旦那様にお願いしてもよろしいでしょうか?
強く打ち付けたのが背中でございまして、私の手では届かないのです…。
わ、私だって恥ずかしいのですよ、旦那様の前で肌を晒すなど…!
が、我慢しますので…お願い致します…。
…はい、では…しばらくの間半裸になりますが…ご容赦くださいね…?
(♩衣服脱ぐ音)
右肩甲骨の辺り、ですかね。あと腰の辺りも。
にゃっ!? ひ…お、思いの外冷たかったので、つい声が…失礼しました…。
…旦那様は、力加減が上手でいらっしゃいますよね。
はい。
以前も…。
いえ、何でも…!
「以前よりは楽になりましたが、まだ節々が痛むなぁ」と、独り言ちただけです。
はぁ…今まで車に轢かれた事は幾度もありましたが、この歳にもなると、治りが遅くて困ります。
あ、ええと…
遥か昔ですが、若い頃はかなりやんちゃだったのです。
道路を飛び出す逃走劇などはもう数え切れない程…
あの頃の私は荒んでおりました…。
まぁ、若気の至りというものです。
人々の冷たい心の変わらぬ事を憂いて、私の心までも、固く冷え冷えとしておりましたから。
ですが、今は久しく心が熱を帯びているのです。
いつの時も、恋をすることを忘れてはなりませんね。
…あ、あと首元もお願いします。まだ筋が少し痛むので。
…ふ、ふふっ ちょっと、くすぐったいです旦那様…!
が、我慢はしておりますが…っ
もう~旦那様! わざとでいらっしゃいま…、っ…!
えっ あ、えと、その…
ち、近いです…。
すみません、男性との接触に不慣れでして…!あはは…。
そ、そういえば旦那様、この薬って、塗るとじんじんするものなのですか?
なんだか、旦那様に触られた所が熱くて…
お、おかしな事を申しましたね…! 申し訳ございません、本日はもう就寝致しましょう!
ど、動揺してなど…! さぁさぁ、床(とこ)に向かうのですよ!
(小声で)
はぁ…、どうしてこうも貴方の前では、心の歯車が不安定なのでしょう…。
お薬、ありがとうございました。
旦那様に良くして頂けて、治りが早まる気がします。
…もっと、私が貴方のお役に立てなくては。
【場面転換 リビングから寝室へ】
(♪電気を消す)
…あの。 本日もよろしいのですか? 旦那様のお隣で…。
私は床をお借り出来れば十分有難いのですが…。
(聞き手「怪我人を床に寝かせられないよ」)
…そう、でございますか。
お心配り、ありがとうございます。
体を気遣って頂けるのは、嬉しいですね。
ではお言葉に甘えて。
(♪布団に入る音)
…昼間は旦那様をおちょくりましたが…
いざ招かれて床(とこ)を共にすると、少し、
緊張致しますね。
う、笑わないでくださいませ…!
意地悪く笑む貴方も、魅力的ですが…。
…旦那様。
本日は私の世話ばかりで、ご自分の時間を取れなかったのでは…?
…それは誠ですか?
何かやり残したことは?
…もっと与えられたいもの、足りないものは、本当にありませんか?
ねぇ、旦那様。
ここずっと忙しくて、自分の動物的な欲求に構っている暇(いとま)など無かったのではないでしょうか。
今宵はお時間がたっぷりとありますよ。 それに、欲を押し付ける相手にも困っていない。
…どういう意味かって?
私がお相手して差し上げるという意味ですよ。
貴方の夜伽のお手伝い、どうかこの蜜にさせて頂きたく思っております。
…ですが。
今晩は私の欲ではなく、貴方の欲を満たすための夜です。
ですから、貴方と一つになることは致しません。 貴方から欲しがられたとしても。
代わりに、私が、言葉、指を使って、貴方をとっても気持ちのいい所へ誘(いざな)ってあげます。
…もちろん、この誘いは断って頂いても構いません。
優先すべきは貴方の心。
もしそのような欲求を貴方が感じていないのなら、昼と同じように、ゆっくりと眠りにつきましょう。
そうでなく、心や体のどこかが疼いているのであれば…
貴方が私へ全てを委ねてくださるのなら…
私を抱きしめてくださいませ。
さぁ。如何致しますか?