人魚の歌声と嵐の前兆
冷たくて深い暗闇の中で貴方は傷ついて眠っている優しくて懐かしい旋律(メロディー)あたたかな微笑みに抱かれて孤独な心の奥溢れる想いずっとずっとこの手を離さない――あっ、海賊さん。
今日も来てくれたのですね!
ということは、その…聴かれて、ましたよね…うぅ、恥ずかしいです…誰にも聴かれていないと思っていたので…はい。
…実は私、歌うのが好きなんです。
以前、暮らしていたところでも、良くこっそりと歌っていて…ここに来ても、歌が好きな事は、変わらなかったみたいです………そんな…褒められると、照れちゃいます…無理をされなくて、良いんですよ。
誰かに聴かせるために、歌っているわけではありませんし…地上で歌ったのは、これが初めてなんです。
いつもは、海の中でイルカさん達と一緒に歌っていましたから…か、可愛いなんて……貴方様は、お上手ですね。
…あら、でもお顔に出ていないから…嘘ではないのでしょうか…?
…少し、水に潜っていても良いでしょうか?
。
…きっと今、お見せできない程顔が赤くなっているので………あ、いえ、側に…いてください一人でいるのは、寂しくて…できれば、もっと、側に…。
隣に、いてくれませんか?
……ぁ。
ありがとう、ございます…こうして、貴方様と一緒にいられると、とても、落ち着いていられます……冷たい水の中なのに、心が温かくなるような気がして…お食事を、持って来て下さったんですね。
ありがとうございます…ところで…。
その、パンでしたら、私も手掴みでも食べられるので…いつも、私の口に入れて食べさせて下さるのは、申し訳ないと言いますか……確かに、パンは濡れてしまいますけど…面倒では、ないのでしょうか?
私が食べるのは、いつもゆっくりですし………そ、そこまで仰るのであれば…。
今日も、よろしくお願いしますね……うぅ。
こうしていると、見つめ合っているみたいで、恥ずかしい…ですね…で、では。
ん、あーん…はむ…ん、んむ……んっ……んく、あぁ…美味しい、です。
ん…あー…む、んむ、んぐ……もぐ、もぐ…んく…あー…む、ん…っ、ん……んむ、もぐ……もぐ……ごくん…あ、あの。
すみません、今…貴方様の指に、く、唇が…触れてしまって…そんな、お腹がすいていたから、とかではなくて…食べさせて頂けるのが、嬉しかったので、つい……うぅ。
いえ、まだ…食べたい…です…食べさせて、もらえますか…?
……ん、ありがとうございます……う、その、食べないのではなくて。
さっきのことがあったので、意識…しちゃってますもう少しだけ、待ってくださいね…ん…あー……む、んむ、んぐ……んっ……もぐ、もぐ……もぐ……ごくん、はぁ…ごちそうさまでした。
とっても、美味しかったです…貴方様は、本当にお優しいんですねこうして、お食事も毎日運んで下さって…食べさせて、いただいて…毎日、私に会いに来てくれて…とっても嬉しいです。
…私、いつも貴方様が来てくださるのを楽しみにしていたんですよ。
暗い船室で、明かりが消えそうになると、貴方様はいつも来てくださいました。
それに、お仕事でお疲れなのに、いつも、夜遅くまで私のお話を聞いていただけました。
…他の海賊さん達が、私の事を恐れて、貴方様だけに私のお世話をさせていた事も知っています。
先日、そのような会話が、天井から微かに聞こえていました。
でも、貴方様は恐れも、嫌な顔もせず、毎日のように私の元へ来て、私のそばで一緒に日々を過ごしてくれましたよね?
…それが、とても嬉しかったです。
…そんな。
どうして、ご自分のことを悪く言うのですか?
…それは。
貴方様の言いたいことは、分かります私達の仲間が、人の手によって…でも、貴方様は違いますとっても、優しい心を持っておられます……はい。
ですから、どんなことを言われたとしても、されたとしても…貴方様のことは、嫌いに…なりませんよ。
今…何と、仰ったのですか?
そう…ですかセイレーンのお肉を口にすると、不老不死になれる…人は、そのように思っているのですね…では、私の命は、港に着いてから数日というところでしょうか…そんな、悲しいお顔をなさらないで下さいどの道、私にはもう居場所がなかったんです。
私達の種族では、生まれた時から決められた相手と夫婦になる風習があるんです。
私は、近いうちに、結婚…させられそうになって…まだ出会っても、お話もしたような事がない方と、そのようなこと…。
色々と考えている内に、気がついたら海の上に出ていたんです。
…でも、最期に、貴方様のような、優しい方に出会うことができましただから、悲しまないで下さい…貴方様は、何も悪くないんです…私のために、そう想ってくれているだけで、この胸は満たされていますから…だから……ぁ。
手を……濡れて、いるのに。
…ふふありがとう、ございます……あぁ、あったかい……その。
お礼に…というわけでは、ないんですけどまた、貴方様のお側で囁かせて頂いても、良いですか?
…怪我は、していなくても。
心の傷を塞いであげたくて……それでは、お耳の近くに…失礼しますね……私の、声先ほど、可愛いと仰ってくださいました…恥ずかしいですけど、一番近いところで…貴方様になら、もっと…聴いてほしいと、思ってしまいました……ふふ、くすぐったいですか?
少しは、気が紛れると良いのですけど……もう。
ご自分を、責めないで下さい……貴方様の優しさは、胸の痛みを消す為のものでは…それだけのものでは、ありませんよ。
だって…私とお話をしている時、笑ってくれているんですから。
その笑顔に、私は…癒されているんですこの何気ない会話が、時間が…大好きでいつ、会いに来て下さるのかと…毎日、楽しみにしているんですよ。
ふふっでも、そうですね…。
このまま、ここから逃げだしてみるのも、1つの考えかもしれません。
…まだ、はっきりとは分かりませんが…。
近いうちに、嵐が来ます…それも、とてつもなく…大きいのが恐らく、この船も…無事では済まないかもしれません…ふふ、怖がらなくても大丈夫ですよもし、そんな日が来たら…その時はまた、今日のように。
…私の側に、いて下さい…約束、ですよ