Track 1

いつもの二人

1  一日目 「いつもの二人」  部屋に優衣が訪ねてきていた。  パジャマ着の格好で一人、机に向かっている。 【優衣】 「『重心の座標を求める公式は以下のようである。また、これを理解  するに当たっては、力のモーメントを用いると良い』……」 【優衣】 「ふうん……」  カリカリ…… 【兄】 「……」  カリカリ……  黙々と勉強をする優衣の後姿を眺める。  ペンが方眼紙の上を走る音を聞きながら携帯を弄る。  そろそろ飽きてきた。 【優衣】 「にーいさーん」  抑揚のない間延びした声。 【兄】 「んー?」 【優衣】 「ドップラー効果っていうのは結構有名な単語で、どんなものなのか  兄さんも知っているでしょう?」 【兄】 「ああ」  音源が移動すると、発する音と聴き取る音が微妙に違うアレだ。 【優衣】 「じゃあ、遠心力っていうのは、どんなものだと思う?」 【兄】 「そりゃおめえ、ぐるぐる回ると外側に働くヘンテコな力だ」 【優衣】 「うん、そうね。軸から向かって外側に働く力よね」 【優衣】 「とーころがどっこい! 兄さん、きてきて。これを見て」 【兄】 「んー?」  立ち上がり、机の側まで寄る。 【優衣】 「ここ、ここ。遠心力の解説が書いているでしょう」 【兄】 「おう」 【優衣】 「読んでみるわね。んんっ」 【優衣】 「『遠心力は、系に関係する“回転軸”および“回転する物体”を観  測者とした場合に発生する見かけの力である』……」 【兄】 「ほうほう」  ……。 【兄】 「わけわからん」 【優衣】 「要は、『遠心力は“回している側”または“回される側”が勝手に  感じているだけの、実際には存在しない力』っていうことなのよ!」 【兄】 「ほーん」  で? 【優衣】 「ただの慣性力でしかないのね……いやあ、驚きだわ。  物理は奥が深いわね……はぁ~専攻してよかった~」  幸せそうな表情。 【兄】 「なんなん。兄を放っておいてなんなん」 【優衣】 「あ、ごめんなさい。少し頭を使うような話、兄さんにはまだ早かっ  たかーしらー?」 【兄】 「おんどりゃおめえ好き勝手言わせておけば」 【優衣】 「きゃー、冴えない兄さんが襲ってきたーっ。犯されるわー、きゃー、  きゃー」 【兄】 「そうか。おやすみ」 【優衣】 「あー、ごめんごめん! もう……。待って、私ももう寝るから」  教科書類を仕舞い始める優衣に声を掛ける。 【兄】 「お前、また一緒に寝ようとか言うつもりか?」 【優衣】 「え? あ……うん、そうだけど」 【兄】 「あのなぁ、いい加減にもう一人で寝たらどうだ?」 【優衣】 「……駄目?」 【兄】 「駄目というか……」 【優衣】 「別にいま始まったことじゃないでしょう? 昨日だって一緒に寝た  じゃない」 【兄】 「二連荘じゃねーか!」 【優衣】 「それにその前は、なん週間も前でしょう? つべこべ文句を言わな  いの。冴えないだけじゃなくてせこい兄さん?」 【兄】 「変な呼び方すんな」 【優衣】 「ふふっ。あら~……? まさか……年頃の女の子に添い寝されるの  に戸惑っちゃうのー? あらあらー、ウブな兄さんでちゅねー」 【兄】 「くっ……」  相変わらず人を小馬鹿にしおって! 【優衣】 「ふふっ。はーい、言い淀んだ兄さんの負けー! 敗者は潔く布団に  潜るべーし!」 【兄】 「えー」 【優衣】 「ほーらっ、さっさと布団に潜って?  兄さんは壁側が特等席でしょー?」  決めつけで特等扱いにするな。 【兄】 「くそ、わーったわーった。潜りゃいいんだろ潜りゃ」  埒が明かない。  抗弁は止めて、布団に潜り込む。  ひんやりとした物に全身を包み込まれる感覚。  寒い日はこれが辛いんだ。  きっとこいつも、これが嫌だから添い寝というイベントで気を紛ら  わせようとしているのかもしれない。  その優衣はと言えば、順当に事が進んだことにご満悦な様子だ。 【優衣】 「うん、よしよし。お利口ーお利口ー」  言いながら布団を捲って、息を吐きながら横に寝転ぶ。 【優衣】 「っ、うぅ~。はぁぁ、んもー面倒なお小言のせいでちょっと冷えち  ゃったじゃない。うぅ、さぶさぶー、兄さんの足で暖を取ろうっと」 【兄】 「つめた!」  布団の中で足先を絡ませてきた。 【優衣】 「うわ、兄さんってば靴下穿いてる!」 【優衣】 「…………。まさか……毎日穿いて寝てるの!?」 【兄】 「そうだが、知らなかったのか?」 【優衣】 「全っ然、知らなかった……。  あんなに一緒に寝てるのに……不覚だわ」 【兄】 「そういえばお前はずっと素足だな」  毎夜の姿を思い出してみる。  うん、確かに素足だ。  靴下を穿けばいいのに、しょっちゅう足を摺り合わせていた。 【優衣】 「ふぅ……まったく、兄さん?」  お小言が来そうな予感がプンプンする。 【優衣】 「いくら寒いからといって、寝るときは靴下を脱がないと健康に悪い  わよー?」 【兄】 「そうなのか?」 【優衣】 「えぇ、本当よ。嘘はつかないわ」 【優衣】 「確かに、手足を温めることは副交感神経の働きを促して体をリラッ  クスさせることに繋がるわ」 【優衣】 「眠くなり始めると手足の温度が二度近く上昇すると言うし、擬似的  ではあるけれど、入眠まで導くことには繋がると思う」 【優衣】 「でも、眠りについてからは話が別よ」 【優衣】 「睡眠時は副交感神経系が優位で、血圧も脈拍も低下するの」 【優衣】 「代わりに末梢の血管が拡張するんだけど、そこで靴下を穿いていた  ら……どうかしら?」 【優衣】 「私たちが思っている以上に末梢神経は敏感よ。いま兄さんが穿いて  いる、こんなぴっちりとした靴下じゃ、血管は縮んでるわ」 【優衣】 「それでいて、睡眠時は深部体温を下げるために汗を搔いているの。  主に手の甲と胸部にね」 【優衣】 「布団の中は汗による蒸気でムレムレ」 【優衣】 「……もし、靴下がその湿気を吸い込んでしまったら、どうなるかし  ら?」 【優衣】 「水は温度を奪う作用があるの。……となると、末梢神経が縮んでし  まってうまく血液が循環しない足先から体温を奪うことになるわ」 【優衣】 「あら大変、温めるつもりがもっと足先を冷やしてしまうことになっ  ちゃった」 【優衣】 「こういった体の部分的変化は身体的に悪影響を及ぼすわ。脳の意図  しない体温の変化は自律神経を乱れさせる原因にもなる」 【優衣】 「冷え症が悪化することだってあるわ」 【優衣】 「どう? なかなか勉強になる話だったでしょ?」  微笑みながら言った。 【兄】 「そうだな……」 【兄】 「まあまあ興味深い話だった」  だからと言って靴下を脱ぐ気はないが。  だって冷たいんだもん。  寒いんだもん。  体に悪いと言われても、こればっかりは止める気にはならないね。 【優衣】 「私から言わせてみれば、靴下を穿くことは、冷え切った布団に潜り  込む際の、あの『冷たいっ』って感覚から逃げるためのもの」 【優衣】 「布団が温まれば、布団が靴下代わりになるわ。靴下なんて逆に鬱陶  しいことこの上ない、ってねー」  言いながら、足先が冷えるのか布団の奥のほうでもぞもぞと足を動  かしている。 【優衣】 「う、ぅ~……さむさむぅ……。ん、ほら兄さん? 私の話聴いてた  でしょ? さっさとっ、靴下を、脱ーぐ、っ」  足首の当たりを優衣の足指が蠢き、靴下の縁から指が差し込まれる。  そのまま器用にぐいぐいとずらし始める。 【兄】 「ちょ、痛い、痛い! 爪がえぐってる! いてえっての!」 【優衣】 「もー暴れないのーっ、足で靴下を脱がすの難しいんだから……。  んっ、爪が刺さるのくらい我慢してちょーだい、っ」  両の足を上手く使い、靴下を脱がしていく。  抵抗する気も失せて好きなようにさせていると、あっという間に両  足分を脱がされてしまっていた。 【優衣】 「ふう、脱げた」 【兄】 「シクシク、脱がされた」 【優衣】 「もう、ほんっと……手間の掛かる兄さん。いつまでも子供みたいな  んだから」  【兄】 「うるさいよ」  暗がりで顔色は正確に窺えない。  兄を小馬鹿にする優衣は、きっといつものように妙に嬉しそうな顔  をしながら悪態を吐いているだろう。 【優衣】 「……ん……そう、ね」  思案をするような声。  【優衣】 「靴下を穿かなきゃ駄目なくらい寒がりな兄ーさーん」 【兄】 「どうした、理屈屋のコテコテ理系妹ー」 【優衣】 「んー……すりすり」  足先に添えられる肌の感触。 【優衣】 「ふふっ、冷え切った足を温めるのは人肌が一番だと思わなーい?  すりすり~、すりすり~」 【兄】 「ちょ、ちょっと待って下さる?」 【優衣】 「んー? なに、どうして敬語なのよ」  笑いながら訊いてきた。 【兄】 「足を摺り寄せられるのは、さすがになんかむず痒い」 【優衣】 「ん。むず痒い? なあにその感想。よくわからないんだけど。どう  してむず痒いの~?」 【兄】 「どうしてと言われても」 【兄】 「……俺からもやってみようか?」 【優衣】 「ふうん? くす、どーぞ。次は兄さんから動かしてみて」 【優衣】 「寒いときに自分の両足で摩擦熱を引き起こすときのように、私の足  を使っていいわよー」  すぐそばにある優衣の素足。  片方の足を両足で挟み、転がすようにして摩擦する。  露出して乾燥した肌は、すりすりと滑らかに滑る。  堪らず優衣が鼻で息づく。 【優衣】 「ん、っ、ふっ。……あ、あぁ、兄さんの言いたいこと、なんとなく  解ったわ……。なるほど、確かにむず痒いわね……」 【兄】 「だろう?」 【優衣】 「あまり足を使って人を触るっていう動作はしないものね。足を使わ  れているっていう事実に変な違和感を覚えるし……」 【優衣】 「あと、何より足をすり寄せられるっていうのに慣れてないみたい。  純粋に、ふふっ、くすぐったいっていう感覚も兼ね備えてる」 【優衣】 「でも、なんか……あれね」  楽しそうな声色で優衣は言う。 【優衣】 「ちょっと……ふふ、くすくすっ、くす」 【兄】 「なんだ、唐突に」  堪え切れないといった様子でくつくつと笑っている。 【優衣】 「あぁ、ごめんなさい。ふふっ」 【優衣】 「……こうやって、足先だけを使って子供のようなじゃれ合いをする  の……嫌いじゃないわーって思ってね」 【優衣】 「童心に返ってみたーってところかしら」  言いたいことはなんとなく解る。  意味もないじゃれ合いや突き合いをする子供の行動に近しいものを  俺も感じていた。  無邪気な子供の遊び。  そう考えると、こうしてする添い寝も、昔から続く言わば子供の頃  の習慣の名残と思えるわけで。  別段、緊張することはない。  俺たち兄妹の子供っぽい一面ということだ。  うむ、心が落ち着いてきた。 【優衣】 「んふふー、にーいさーん。ぎゅーう」  ぎゅむ 【兄】 「……なんで抱き付く」 【優衣】 「んー……? ん、なんか今日は……甘えたい気分?」 【兄】 「いままでそんな日なかっただろう」 【優衣】 「うん、そうね。今までこんなに甘えたいって思ったことないかも」 【優衣】 「まあ、場の流れというか、雰囲気というか」 【優衣】 「童心に返って、兄さんに甘えたいー……クスッ。  そういう理由じゃあ、駄目?」 【兄】 「駄目というか……」  胸の柔らかさが駄目というか。  やっていることは子供っぽいかもしれないけど、感触は子供じゃな  いというか。  くそ、どうして落ち着いてきていた心をわざわざ乱れさせるんだ! 【優衣】 「ん~?」 【兄】 「だ、駄目だ駄目だ! 離れなさい!」  肩を掴んで強引に引き剥がしにかかる。 【優衣】 「っ、うわ! なに、なんで肩を押してくるのっ、――ぐむ。  ちょっと、顔まで押さなくたっていいじゃない!」 【兄】 「うるせーやい! 向こうむいてろくそったれ!」 【優衣】 「ん、なにをそんなに怒ってるのよ……。  はいはい、向こうをむいてればいいのねー、はーいはい」  素直に背中を向ける。  よ、よし。これで平常心を取り戻せるはずだ。  くそ、今日はいつも以上に疲れるやり合いだったな。 【優衣】 「……」 【兄】 「……」  急な静けさ。  寝る前の盛り上がりから落ち着いていく一連の流れは、妙な寂しさ  を感じる。  まだまだ話し続けたいと思ってても、もしかしたらもう眠りたいの  かもしれないという気が立ちはだかる。  話し掛けてくれればすぐに声を返してやるのにーと思いながら目を  閉じて……  そのままいつの間には自分も…… 【優衣】 「――兄さん?」 【兄】 「ん……?」 【優衣】 「背中、くっつけてもいい?」  まだ甘えたいモードは継続中なのだろうか。  背中か……。  背中なら、まあ大丈夫だろう。  柔らかい部位はないしな、女性は感じない。 【兄】 「ん」  どっちとも取れる適当な返事をした。 【優衣】 「ありがと」  声色のニュアンスから肯定と判断したらしい。  セミダブルのベッドは二人で寝るには少々キツい。  片方が寝返りを打てば、もう片方に被害が及ぶ。  妹との距離は人一人分も離れていない。  ずりずりとこちらに寄れば、あっという間に背中は到達する。 【兄】 「まだ甘えたいモードか?」 【優衣】 「ぇ……? ……あぁ、そうね。  うん、まだ甘えたいモードかも」 【兄】 「そうか」  仕方ないやつだ。  腕を優衣の腹に回す。 【優衣】 「ぁ……」  うん、心が冷静だと妹想いな良き兄として振舞える。  いつもと違って兄を慕ってくれているモード全開の妹を、無碍には  できないだろう?  少しくらいは寛大な心を持ってして、受け止めてやらんとな。 【優衣】 「……ふふっ、兄さんも甘えたいモード?」 【兄】 「お兄ちゃんモードだ」 【優衣】 「お兄ちゃんモード……。ふうん、おにいちゃん、ね……」  もぞもぞと身動ぎをする。  腕を回している腰がずりずりとこちらに寄ってきた。  腰回りに押し付けられる柔らかさ。  瞬間に察した。 【兄】 「なぜお尻を押し付けてくる」 【優衣】 「え? お尻?」 【優衣】 「んー、だって、兄さんったら私の腰に手を回してるでしょう?」 【優衣】 「抱き寄せたいなら、寄せてあげようかなーと」  違うよ! なんでよ! 【兄】 「あ」  やばい。  反応してきた。  腰を引かないと……! 【兄】 「……」  壁だ。  押すことはできても引くことはできない。  いつの間にここまで後退していたんだ。  優衣を押し返したときか? 【兄】 「待て、動くな……!」  お尻がふるふると揺れる。  この動きは危険だ。  とにかく動きを阻害しないと……! 【優衣】 「ん、っ……あ……。な、なに? きつく抱きしめて……」 【兄】 「……えーっと」 【兄】 「動けないようにしようと思ってな」 【優衣】 「?」  動きが止まった。  よし、これで落ち着こう……すーはー、すーはー。  鼻腔をくすぐるシャンプーの香り。  抱き締める腕に覚える胸の柔らかさ。  腰に押し付けられたままのお尻。  状況は悪化していた。 【優衣】 「っ、……あ」  何かに気付いた。 【優衣】 「あの、兄さん」 【兄】 「待て。喋るな」 【優衣】 「お尻に当たってるのって……」 【兄】 「Don't thinking!」  優衣の軽く動く刺激にびくびくと反応させてしまう。  誤魔化しきれん。 【優衣】 「ちょ、ちょっと、なに硬くしてるのよっ」 【兄】 「は、はははっ、ははー」 【優衣】 「はははーじゃなくて……!」  時間を考えてだろう、声を潜めて怒っている。 【兄】 「いや……うん。お前も成長したな。もう子供じゃないな、うんうん」 【優衣】 「……なにその言い訳。子供の体じゃないなって言うの、それセクハ  ラ?」 【兄】 「素直に言葉を受け取って!」 【優衣】 「褒め言葉として受け取ってほしいなら受け取る」 【優衣】 「でも、だからと言って……反応していい理由にはならないわよ、ば  か」 【兄】 「ご尤も」  ここは素直に謝ろう。 【兄】 「すまん」 【兄】 「色んな理由があって、な」 【兄】 「やましい理由じゃないんだ。お前はやましいと思うかもしれないが、  そんなことはないんだ」 【兄】 「たぶん」 【優衣】 「……」 【兄】 「……」  なにか言ってくれ。 【優衣】 「……辛いの?」  切り返し文句がそれだった。 【兄】 「へ?」 【優衣】 「ペニスが勃起したままっていうのは、男の人は……兄さんは、辛い  の?」 【兄】 「あ、いや。そういうわけじゃ」 【優衣】 「だって……さっきからずっと、お尻に押し付けてきてるわよ……?」 【兄】 「あ……」 【優衣】 「気付いてない振りをしたほうが……よかった?」  上体を捻って、脇目でこちらを見遣る。  暗がりで、その顔は困ったようにも楽しそうにも見えた。 【兄】 「そ、それは、お前がその位置から動かないから」 【優衣】 「……そりゃ、私が押し付けた位置から動かないことも理由かもしれ  ない」 【優衣】 「けど、兄さん……無意識かもしれないけど、微妙に腰……動いてる」 【兄】 「……」 【優衣】 「……興奮しちゃった?」 【優衣】 「妹のお尻なんかで……?」 【兄】 「ち、ちが……これは生理現象で」 【優衣】 「くすっ、生理現象? 生理現象だったら、妹の身体に反応しても仕  方ないっていうのかしら~?」  おどけるように語尾を上げた。 【兄】 「……溜まってるから」 【優衣】 「ふうん……『溜まってるから』。……性欲が? 欲求不満なの、兄  さん?」 【兄】 「……お前が」 【優衣】 「? ……私が?」 【兄】 「お前が、毎晩毎晩ベッドに潜りこんでくるからだろう」 【兄】 「だから、発散しようがないんだよ」 【優衣】 「毎晩毎晩ベッドに潜り込むから、発散ができないの。ふうん、そう  なんだ……」  笑いながら言った。 【優衣】 「兄さん? それってどっちにしろ、私のせいだーって言いたいんじ  ゃない?」 【兄】 「いや、……そうか?」 【優衣】 「まあ、責任の拠り所は両者の言い合うところに有り。客観的観点か  らしても、どちらに加担するかで意見が別れそうね」 【優衣】 「一般論では、倫理観から兄さんの責任になるでしょうけれど」  何も言い返せることはない。  弁明という名の言い訳を続けたが、非はこちらにあるだろう。  だが、まだ引き返せる。  鎮まるまで待てばいい。  反応してしまっただけで罪になるなんて、それこそ人間の生理学を  敵に回すことになるだろう。  こればっかりは制御できないんだから。 【兄】 「すまんな」 【兄】 「じゃあ、離れて……」 【優衣】 「くす……、……ていっ。すりすりすり~っ」 【兄】 「う、あッ」 【優衣】 「ぁっ……。ふふっ、動いてるー。  これ、すっごく硬いわよ? 兄さーん?」 【兄】 「何してるんだバカ、離れなさい!」 【優衣】 「こんなに硬いもの、一体どうするつもりなの?」 【兄】 「そんなの、放っておけばどうせ……」 【優衣】 「ふうん? 放っておけば治まるの……へえ?」  口の端を釣り上げて、可笑しそうに笑う。 【優衣】 「嘘ばっかり」 【兄】 「嘘なんかじゃ――」 【優衣】 「兄さんは」  割って入ってきた優衣の言葉。 【優衣】 「いま……何がしたいの?」 【優衣】 「私のお尻に、ペニスを擦りつけたいの?」 【兄】 「はっ……? ち、違う」 【優衣】 「じゃあ、なに? どうしたいの?」 【優衣】 「兄さんは、性欲の処理がしたい……そうなんでしょう?」 【兄】 「それは……うむ」  一人遊びは随分久しい。  溜まりに溜まったものは、今の状態を表している。 【優衣】 「くす。じゃあ、遠慮しないで」 【優衣】 「私がいることが責任だっていうなら、私の存在は気にしないで」 【優衣】 「好きなようにして。ね? それでいいでしょう?」 【兄】 「いや、う、ううん」  それは、どうなんだろう。  していいことなんだろうか。  いくら許しを得たとしても、他人の――ましてや妹の――目の前で、  性処理をするなど。 【優衣】 「私を気にしないで性欲処理を行えるようにならないと、兄さんはず  っと辛いまま……」 【優衣】 「さすがに兄さんを苦しめるのは、罪悪感があるわ」 【優衣】 「だから……。ん……、私は気にしないから……兄さんの言う性欲の  発散を、ここでしていいから」 【優衣】 「兄さんが、……だらしなく精液を飛ばすところ……見せて?」  こいつ、観察するつもりだったのか。  道理であまり傍から離れないわけだ。 【兄】 「……」  優衣の催促に、逸物が飛び跳ねて喜ぶ。  どんなに頭で考えてみても、体は素直だ。