Track 3

第三夜

<左 普通> それでは、お話の続きを致しましょうか。 錬金術師は、老人に杖で打たれて尻もちをついてしまいました。 取り落とした椀はパリンと割れ、中を満たした赤い液体を石畳にぶちまけます。 錬金術師は、突然の事に何が起きたのかまるで理解できませんでした。 善い事をしたというのに、なぜ叩かれねばならないのでしょう。 呆然とする錬金術師の鼻先に、老人は杖を突きつけます。 「なんて事をしやがる! 俺は脚が悪いからこそ、同情を買う事ができた。 だから、乞食としてやっていけてたんだ。 それが、幸運な乞食が居るなんて噂が広まったら、いったい誰が、俺に同情してくれるというんだ。 俺は、お前のせいで本当に、本当に惨めになってしまった」 老人は、鼻をすすり、背を丸め、顔を隠しながら走り去ってしまいました。 ぽかんと座り込む錬金術師に、魔神が囁きかけます。 腹立しげに腕を組んでいるものの、口元からはニタニタとしたいやらしい笑みが漏れていました。 <右 近い 囁き> 「なんて恩知らずなジジイだ。 まったく、旦那、災難でございましたね。ふふっ。 ですが、気を落とす事はありませんよ。 だってそうでしょう、旦那は善い事を、誰にもマネできない、とても善い事をされたんですから。 旦那、そんなにしょげて、おかわいそうに。 そんな旦那の事、私が魔術で隠してさし上げましょう。 こんなみっともないお姿、見られでもしたら、さぞ、お恥ずかしいでしょうからね。ふふっ。 ほら、これで大丈夫。 旦那のお恥ずかしいお姿を見ているのは、私だけ、私だけでございますよ。ふふっ」 <左 普通> 魔神の囁きは、呆然とする錬金術師の耳にザラついた嫌な感触だけを残していきました。 やがて、錬金術師は、のそのそと立ち上がり、肩を落として歩き出しました。 「重い……」 金の詰まった革袋の紐が、やけに手に喰い込んで感じます。 残された椀の破片と赤く染まった石畳を見て、群衆の一人がため息をつきました。 屈んで、割れた椀を拾い集めます。 その指が、石畳に触れて止まりました。 椀の中身が零れた部分だけ、ツルツルとした質感がするのです。 指先で叩くと、コンコンと硬い感触がしました。 やけにキラキラと輝いているのですが、濡れているわけでも無く、ぬぐっても取れません。 首をひねって、「どうした事か」と一言残し、立ち去りました。 油の染みた箇所だけ柘榴石(ガーネット)になっていたのが分かり、ちょっとした騒ぎになるのですが、それはまた別の話です。 さて、錬金術師に話を戻しましょうか。 錬金術師は、両替商の所にやって来ました。 金にはとても価値がありますが、価値が高すぎる故に、小回りが利かないという不便さがありました。 油屋での様に金の粒で支払われても、それでどれだけの物が買えるのか、どれだけの釣りを返さねばならないのか分からないでしょう。 金の量だけが問題ならまだしも、純度も考えねばならないのです。 その価値を見極めよというのは、素人には酷な話でしょう。 そこで、出番となるのが、査定の専門家、両替商でございます。 両替商に、金を貨幣に替えてもらえば買い物がずっと便利になるのです。 ムスッとした顔で、革袋を差し出してくる錬金術師に、両替商はうろんな目を返します。 その反応もむべなるかな。 両替が必要なのは、他国の貨幣や、宝石、金細工などを持った富める者。 ススと硫黄に汚れ、飛んだ火花で穴の開いた服を着た男には縁の遠い所です。 しばらくそうして見ていても、いっこうにどこうとはしません。 両替商は、ため息をついて仕方なく革袋に手を伸ばすと、予想外のズシリとした重さに、思わず取り落としてしまいました。 なんだなんだと袋の口を開けてみれば、まばゆい輝きが目に飛び込んで来ます。 まさか、この覇気の無い、みすぼらしい男がこんな量の金を。 両替商は、錬金術師を驚愕の目で見返しました。 「お客さん、コレ盗品じゃあないだろうね?」 両替商が、そう尋ねるのも当然でしょう。 「違うよ、ちゃんと俺が作った物だ」 「作った」その言葉を聞いて、両替商はいぶかしみました。 作ったとはどういう事だ、これは金では無いのだろうか。 そう思って、一粒取り出してみると確かに金のような存在感ある重みがします。 金と見た目の似ている物には、黄銅鉱があります。 見た目は金にそっくりなので、「愚者の金」とあだ名されますが、黄銅鉱の重さは金の四分の一程。 価値も、金には遠く及びません。 それが手に持って判別が付かないようでは、両替商はあがったりです。 しかし、この怪しい男が渡して来た物は持っただけでは分かりません。 試しに天秤にかけてみるのですが、やはり金に近い密度がある様子です。 ですので次の手段をと、真っ黒な石の板を取り出しました。 この石の板は、試金石という道具でございます。 錬金術師が渡した粒を数度こすりつけると、試金石に金色の筋が残りました。 今度はディナール金貨を取り出して、少し離れた所に筋を引きます。 さて、色を見比べてみるのですが、違いがあるように思えません。 ははぁん、これは金に似せて上手く作ったものだ、と感心します。 しかし、インチキが通じるのもここまでだと、鼻を鳴らしました。 ええ、そうでございましょう。 こういうインチキの鼻を明かしてやるのが楽しいのです。 両替商は、意地の悪い笑みを浮かべました。 脇の木箱から瓶を出して蓋を取ると、中に入った液体をヘラで試金石に描かれた金色の筋に塗りました。 そして、少し待つと、布を当てて塗った液体を吸わせます。 瓶の中身は硝酸です。 硝酸は強い酸で、金以外のほとんどの金属を溶かしてしまいます。 つまり、金以外で書いた線は硝酸をかければ消えてしまうのです。 そうこんな風にな、と布をどけて驚愕しました。 線は、両方ともハッキリ残っているではありませんか。 いえ、よくよく見比べれば、ディナール金貨で書いた線は少し薄れていて。 つまり、この怪しい男が持ってきた粒は、純度九十五%のディナール金貨よりも高純度の……。 両替商は、凍りつきました。 「あ、あのー、お客様。お客様はそのー、コレをどうやって手にお入れになったので?」 その質問に、錬金術師はぶっきらぼうに返します。 「さっきも言っただろう、作ったんだ。どうしたこれは両替できないのか?」 純金、作る、その二つの単語がようやく両替商の頭の中でかみ合いました。 その意味するところに息を飲みます。 気付いたのです。 目の前にいるみすぼらしい男が何者であるのか、そしてその偉大さに。 <左 近い> 「あ、そのー、旦那、ひとつあっしと組みませんか?」 両替商が、手をもみながらすり寄って来ます。 「何を言ってるんだ、俺はただこの金を両替したいだけだ」 錬金術師は、邪険に突き放そうとしました。 「旦那、そんな殺生な事、おっしゃらないでくださいよ。 決して決して損はさせませんから、ね?」 両替商は、両の手ではしっと強く腕を掴んできます。 「こら、痛い! 放せ、放してくれ!」 「いや、旦那。頷いて頂けるまでは決して放しやせんよ」 せっかくの金づるを離すまいと両替商も必死。 錬金術師の腕にしがみついてきます。 <左 近い 囁き> んっ。 こんなふうに、ギューッと、腕を抱きしめるように。ふふっ。 <左 普通> 「こらっ! お前達何をやっておるか?」 あら、辺りを見れば、二人は憲兵に囲まれ、その外側には人垣も。 残念、両替商は引きはがされてしまいました。ふふっ。 そうして、二人は憲兵の詰所に連れて行かれてしまいます。 世事には疎い錬金術師です、あった事をそっくりそのまま話してしまいました。 正直は美徳ではありましょうが、それが良い結果を招くかは別の問題です。 ですので、横では両替商がその結果を想像して、青ざめた顔をしておりました。 考えてみてください、マスターが治安を守っていたとして、金を好きなだけ作れる者を放っておけますか? 一方、憲兵もすっかり困り果てておりました。 錬金術師が、何か法に背く事をしたわけではないのです。 しかし、注意程度で、すぐに釈放……ともできないのが錬金術です。 憲兵にも、この男が放っておいてはならない能力の持ち主であるという事は分かります。 分かりはしますが、ではどうしたらいいのかは分らないのです。 ですから皆、自分では判断できず、自分よりも偉い人間を頼ったのは仕方無い事でしょう。 さてさて、話はどんどん大きくなり、あちらこちらへたらい回しにされ、最終的に二人が連れて来られたのは、それはもう立派な部屋でございました。 壁は腰の高さまでは涼し気な青いタイルが貼られ、そこから上には精緻なアラベスク文様の浮彫り。 格子窓からは薄く光が差して、香炉から高い天井へとくゆるミルラの煙を浮かび上がらせています。 その部屋の主(あるじ)、スルターン、つまり国王は、革袋から金の粒を摘まんで、ためつすがめつ眺めました。 「ふむ、確かに本物の金のように見える。そなたがこれを作ったのだな?」 そう言って錬金術師に目線を向けました。 「は、はい」 世間知らずの錬金術師ではありますが、さすがに自分が甚だしく場違いな所に居ると分かり、落ち着きなく手汗をぬぐっています。 隣では、更に居心地悪そうに、両替商も肩を狭くして縮こまっていました。 <右 近い> 「ここは涼しいのう、こりゃあ快適な部屋じゃぞい」 <左 普通> そんな中、魔神だけが、我関せずとくつろいでいます。 国王は、穏やかな声で言いました。 「何もそなたらを罰しようというのではないのだ、そう恐れずともよい。 しかし、余は錬金術というものは、ペテンだとしか聞いた事が無くてな。 この目で見ねば信用できんのだ。 少量でよい、ひとつ金を作るところを見せてもらえんか?」 そう言われて、錬成に必要な物は……と、錬金術師は指折り挙げていきました。 「炉と鍋、それに金に変える卑金属があればお見せできましょう」 国王は、立派なあごひげに手を当てて考えました。 「ふむ、炉は無いが、かまどでもよければ厨房がある、鍋もそこの物を使ってよい」 「はい、それで構いません。ただ、かまどの火力ですと、溶けやすい鉛やスズが良いでしょう。混じり物が少ないと助かります」 そう決まると、ぞろぞろと城の厨房に連れ立って、錬金術の実験が始まりました。 錬金術師は、城の大きな鍋に用意された鉛の塊をゴロゴロと重ねていきます。 その様子を見て、国王が尋ねます。 「のう、錬金術師殿、その鉛がそっくり金に変わってしまうのかね?」 「はい、王様、そうでございます」 錬金術師が頷くと、国王は妙な事を言いました。 「では、そんなには必要無い。錬金術を見られればよいのだ。少しにしなさい」 錬金術師は、鍋一杯の金を見せるつもりだったのですが、王様にそう言われしぶしぶと鉛を戻します。 準備ができると、かまどに火が入れられました。 鍋の中の鉛がぐずりと形を崩し、完全に塊が無くなると、錬金術師は懐から賢者の石を取り出しました。 燐光を放つようでもあり、吸い込まれるようでもある、この世の物とは思えない深い赤色の塊に一同が目を見開きます。 それを爪の先で軽くこそぐ程度のひとかけ。 錬金術師には、それがこの錬成に必要な分量だと直感的に分かったのです。 いえ、錬金術を極めたが故に、そう知っていたと申し上げましょう。 賢者の石を鍋に落とすと、鈍色に光る鉛は、水に絵の具を落としたように、みるみるこがねへと色を変えていきます。 「おお」と異口同音に感嘆の声が漏れました。 錬金術師は、それを乳鉢へと移して言いました。 「これで冷めれば完成です。しばらくは水の気(け)に触れさせない方が良いでしょう。このまま置いておきます」 さて、できあがった金に国王が触れてみても、本物としか思えません。 餅は餅屋と申すようですが、金の判別は専門家にと、両替商に確かめさせるも、やはり本物の金。 それも混じりけ無しの純金でしょうとの返答でした。 国王は頷いて言います。 「これは恐れ入った。 そなたは本物の錬金術師のようだ。 しかし、余はこれ以上、金を作る事を認めるわけにはいかんのだ」 それを聞いて、両替商は思わず叫びました。 「そんな、もったいないっ!」 ですが、国王がギロリと一睨みすると、両替商はすごすごと引き下がります。 国王は、咳払いして言いました。 「錬金術師殿、金がなぜ高価なのか分かるかね?」 錬金術師は、額に手を当てて考えます。 「美しいから、加工しやすいから……それに錆びないからでしょうか?」 その回答に、国王は首を振りました。 「それらも理由の一つじゃが、一番重要なものが抜けておる」 まだ分からないといった様子の錬金術師を見て、国王は続けました。 「金が高価なのは、僅かしか無いからじゃ」 そうでございます、鉄より銀が高く、銀より金が高いのは、鉄よりも銀の方が少なく、銀よりも金の方が少ないからです。 需要に対して、供給量が少なければどうなるでしょう? より高い値段を付ける者が手に入れるのが道理。 金は、皆が価値を認めるのに、少ししかないから価値があるのです。 国王は続けます。 「金が大量に出回れば経済の混乱を招く。 余は、為政者としてそれを防がねばならん」 国王は一層強く言います。 「何より、金は貴重な物としてアッラーがお作りになられた物だ。 余はまた、ムスリムとしてもそれを乱す事はできぬ」 そして国王は、両替商に向き直りました。 「時にそなたは、金を作らぬのがもったいないと申したか?」 「い、いえ、そのー……」 かわいそうに、両替商は震えあがって口もきけません。 「そなたにはアッラーの教えが足りぬようだ、それで学ぶがよい」 国王が合図すると、従事が何やら差し出しました。 両替商は差し出された物を見て、驚きのあまり、あやうく取り落とすところでした。 それは、絹布で装丁された書籍。 緻密な植物文様に囲まれた書名は『クルアーン』とありました。 「ご苦労であった、下がってよいぞ」 そして、国王は恐縮して下がる両替商に付け加えるように言いました。 「今日の事は、くれぐれも内密に頼むぞ。 そうだ、そなた、高価な物を商っていては不安も多かろう。 そなたの店に警護をつけてやるとしよう」 両替商は、すっかり血の気の引いた顔で衛兵に連れて行かれました。 国王は、再び錬金術師に向き直ります。 「さて、錬金術師殿。そなたを食客として迎えさせて頂きたい。 奥方らも呼ぶがよい。 今宵は、余がもてなさせてもらおう、余に錬金術の話を聞かせてはくれぬか。 国民の為にも、そなたの才能を捨て置く事はできんのでな。 金を作らずとも、役に立つ事はあるのではないか? それに作ってしまったものは、仕方あるまい。 奥方に腕輪を贈るという話であったな? 善い心がけではないか。 余も、一口乗らせてもらおうか。 どれ、この金は彫金士に出して細工させるがよい。 宝石も忘れるでないぞ」 そう言って、国王は従事に金を渡し、立派な口ひげから歯を覗かせて笑いました。 錬金術師も、つられて笑います。 アラビアのことわざに曰く、「神を信じよ。しかしラクダをつなぐのを忘れるな」。 厳しい砂漠に住むキャラバン民族のしたたかさというものです。 その夜の食事は、錬金術師が見た事のない物ばかりでした。 薄焼きのパン、ペタとそれにつけるヒヨコ豆のペースト、フムスの前菜に始まり。 メインは、ヨーグルトで柔らかく煮込んだラム肉のマンサフ。 それを艶の立つサフランライスに載せるのが、アラビアのお祝い料理でございます。 羊肉(ようにく)は歯に逆らう事無くほぐれ、赤身の旨味がハラハラとしたサフランライスの華やかな香りと混じり、アクセントに添えられたナッツが心地良い歯ざわりと香ばしさを余韻に残します。 本来右手で掴んで食べるのが決まりですが、子供らは夢中になって両手で食べました。 それを見て慌てて注意するも、国王は「よいよい」と豪快に笑います。 食後には、干したナツメヤシと湯気を立てる黒色の飲み物。 泥のような見た目とは裏腹に、かぐわしい香りが鼻先をくすぐります。 女性や子供には向かぬと言われて、錬金術師の前にだけ出されたものです。 「それは、コーヒーと言う。浮いた粉をよけてすすり香りを楽しむのだ」 そう言って国王は、カップに薄く口を付けてすすり、鼻から息を吐いて見せました。 コーヒーは、挽いた浅煎りの豆をカルダモンと一緒に煮出すのがアラビア式。 飲酒を禁じられたイスラームが、世界に先駆けて見出した嗜好品でございます。 錬金術師も、国王にならって口を付けるも「苦っ!」と咳き込みました。 始めは不平ありげな顔だった妻子らですが、錬金術師が渋い顔をするのを見てクスクスと笑ったものです。 国王も破顔し、「この苦さがクセになるものよ」と、さも美味そうにすすりました。 苦みは口に合わずとも、香ばしく蠱惑的な香りが鼻を抜けるのは悪くありません。 二口、三口と飲み進めると、苦みが美味いとは思えずとも、慣れてくるもの。 そうやって飲み切ると、初めて飲んだコーヒーに目が冴える事、冴える事。 国王はイタズラっぽく笑い、「元々は夜眠らぬ為に飲む物でな。今宵は余の話し相手になってもらうぞ」と言いました。 治安の為にも、また技術の秘匿の為にも、誰彼構わず話すわけにもいかない、錬金術の話。 従事も外に控えさせ、部屋には錬金術師と国王の二人、それと目には見えぬ魔神だけとなりました。 「して、錬金術は金を作る以外にどんな事ができるのじゃ?」 さて、何が良いでしょうか。 金だけでなく、銀や宝石も作る事ができます。 しかし、それでは金の場合と同様、価値を乱してしまいます。 ならば薬はどうでしょうか、乞食を治してやったような。 錬金術師がそう考えていると、魔神がそばに来て囁きました。 <右 近い 囁き> 「どうですかな、ゴーレムなどは。ふふっ。 代わりに働いてくれる者がおれば、ずいぶん便利になりましょう?」 <左 普通> 確かに、ゴーレムが居れば十人力、大きな石を積むような作業もずっと楽になるでしょう。 錬金術師は、頷いてゴーレムについて語ると、国王はずいと身を乗り出しました。 「ほほう、そのゴーレムとはどのような代物かな?」 ゴーレムというのは、泥でできた動く人型です。 ごく単純な知能しか持ちませんが、それ故に製作者の命令に従順という勝手の良さがありました。 「そのゴーレムを作るのに必要な物は? 維持に必要な物は? どんな事ができる? 弱点はあるのかな?」 国王は、矢継ぎ早に質問を投げかけました。 「必要な物は、ニカワをつなぎに泥で人型を作り、それに賢者の石から作った呪符を核として額に埋め込めばできあがります。 これだけの量の賢者の石でも、大きさにもよりますが、数十体分にはなるでしょう」 錬金術師はそう言って、懐から手のひら大の賢者の石を取り出しました。 「維持に必要な物は、特にありません。 飲んだり食べたりする必要は無いのです。 多少は壊れても問題無く動きますが、動物と違って傷が自然に治るような事はありません。 そうなった場合は、壊れた所を直してやり、その箇所がゴーレムの一部となるよう術者が再度調整してやる手間がかかってしまいます。 できる事は、ゴーレムの大きさにもよりますが、荷物の運搬や警備などでしょうか。 召使いとして身の回りの世話をさせた話もありますが、私にはそのようなゴーレムを作る腕前はありません。 ゴーレムの弱点は、額の呪符です。 腕や脚が取れても動けますが、呪符が傷つけば崩れて泥の山になってしまいます。 それと、単純な指示しか聞けないので、術者の命令が届く範囲でしか運用しにくいという問題もあります」 それを聞いて国王は、手を打ち鳴らしました。 「それは素晴らしい。そのゴーレムに命令を出すにはどうしたらいい?」 「ゴーレムに命令を出すには、口に出して言ってやるだけです。 そうすれば術者の命令に従います」 棘に触れたかのような違和感に、国王は口を曲げました。 「術者とな? その術者というのはどんな者だ?」 「はい、術者というのはゴーレムの製作者のことです」 「ふむ、では余にもゴーレムが作れるのか?」 そう質問をされて、錬金術師は額に手を当てました。 瞑目する錬金術師に対し、国王は努めて平静に言いました。 「何もこの場でゴーレムの作り方を教えろというのではない。できるか否かだけでも教えてくれまいか?」 「いえ王様、教え渋ったのではありません。 錬金術というのは多分に感覚の問題でして、お教えするのが難しいのです。 何より私自身、不思議な話ですが、どうやってこの感覚が得られたのか分からないのです」 国王は、錬金術師の目をじっと見つめます。 しばらく目を見て、やがて、その言葉が嘘でないと悟りました。 「そうか、それは残念じゃ」 国王は、肩を落としました。 この時、国王が描(えが)いたグランドデザイン、それはゴーレムの軍隊でした。 軍隊と聞くと、平和な時代に生きるマスターは、不穏なものを感じるでしょうか? 国王は、何も覇道を欲したわけではありません。 これは、真に国民を想っての考えでした。 しかし、国王の計画と今の話を突き合わせると、そこには不要なものがありました。 他でもない、錬金術師その人です。 国を治めるには、善政を敷くことが重要ですが、それだけではありません。 どんなに心を砕いて、善い政治を行おうとしても、必ずそれが気にくわない人間が出てきます。 そんな人間が暴動を起こした際に、止める事ができる暴力を持っていなければ秩序を保つ事はできません。 もし、統治者が他者にその暴力を委ねてしまえばどうなるでしょうか? 暴力を握った人間に、誰も逆らえなくなってしまいます。 特にアラビアでは「一夜の無政府状態よりも、数百年の圧政の方がましだ」という言葉があります。 過酷な砂漠の中で統率を失うのは民衆にとっても望ましくない事でした、群れを率いる厳格な羊飼いが必要なのです。 では、この国王に羊飼いたる資質が備わっていたでしょうか? 国王は、賢い人でした。 それにもまして、やさしい人でした。 それ故に、このゴーレムが事件を引き起こす事になるのですが、(あくび)ふあぁ、眠くなってしまいましたわ。 そのお話は、また明日にしましょうか。 <左 近い 囁き> 明日のお話は、もっと、面白いですわよ。ふふっ。