1-1.『夕食をお作りいたします♪』
ご主人様。
お待たせいたしました。
夕食の、レンズ豆のスープと、パンでございます。
さすがに、当時と同じレシピを再現することはできませんでしたが……その分、味はよくなっておりますので、ご安心ください。
パンは、わたくしの家のオーブンを使って焼いて参りました。
はい。もちろんです。わたくしが手作りでございます。食材も、リュックの中に入れて、持参しておりましたので。
ご主人様にお仕えするのですから。この程度の料理ができないようでは、どうしようもありません。
どうぞ。お召し上がりください。ご主人様。
…………。
……いかがでしょうか?
……そう言っていただけて、安心しました。
ありがとうございます。
ご主人様にわたくしの料理を召し上がっていただくのは、数百年ぶり……、いえ、初めてのことですから。ふふ。
……とと。
ご主人様。大変失礼いたしました。
肝心なことを忘れてしまっておりました。
お隣、失礼いたします。
ご主人様。
はい。あーん。
…………。
どうされたのですか?
どうぞ。
あーん、と。お口を開いてくださいまし。
……恥ずかしい?
なぜですか?
以前、わたくしに、同じようにしてくださったではないですか。
……いえ。申し訳ありません。ご主人様に覚えがないのですから……お恥ずかしく思うのも当然ですね。
わたくしは、そのときのことを、忘れておりません。
当時の食事は、現代とは比べ物にならないほど、質素でした。
なのに……ご主人様に「あ~ん」していただけると、どんな料理でも、ほっぺたが落ちてしまうような、絶品の味となりました。
ですから。
ぜひ。
……ふふ。そうですね。それでも、ご主人様が照れてしまうのであれば……
無邪気な従妹の、“ごっこ遊び”に付き合うという体はいかがですか?
はい。お嫁さんごっこです。
ふふ。
はい、あ~~ん……
……ありがとうございます。
消化をよくするために、最低十回は噛んでくださいまし。もぐ、もぐ、もぐ、ごっくん。
よくできました。
では、もう一口。
あ~~ん……。
もぐ、もぐ、もぐ、もぐ。ごっくん。
はい。召し上がるのがお上手ですね。ご主人様。偉いですよ。
……はい?
ああ。失礼。これも昔、ご主人様がしてくださったことですので……。
わたくしは、お恥ずかしながらマナーというものを知らず……食事を目の前にすると、瞬く間に平らげてしまっておりました。
それをご主人様が、優しくお叱りになって、丁寧に食事の作法を教えてくださったのです。
つい、その癖が出てしまいました。申し訳ありません。
もう一口、どうぞ。
あ~~ん……
もぐ、もぐ、もぐ。ごっくん。
次は、パンをどうぞ。
食べやすい大きさに切りまして……。
あ~~ん……。
いかがですか?
少し硬めに焼いたパンですので、お好みはあるかもしれません。
もしお嫌いであれば、ほかのパンを作ることにいたします。遠慮なく申し付けてください。
……そうでしたか。ありがとうございます。身に余る光栄です。
では、どんどんお召し上がりください。
あ~~ん……。
もぐ、もぐ、もぐ。ごっくん。
……あ。ですが、ご主人様。どうぞ、無理はなさらぬよう。
食べ過ぎてしまうのは、それはそれで消化不良のもとでございます。
パンもスープも、数日であれば保存が効きますので、残してしまっても構いません。後ほどわたくしが食べることにいたします。
再び、スープをどうぞ。レンズ豆をたっぷりすくって……
あ~~ん……
ふふ。
ご主人様、いっぱい食べてくださって……
わたくし、幸せです。
このときのために、現世を生きてきたのだなぁと感じます。
わたくしの、大切な、ご主人様。ふふ。
……はい?
ああ。なるほど。
わたくし……物心ついたころ、五つか六つのころでしょうか。
従兄であるご主人様のお写真を、たまたま、パパとママ……あ、いえ。両親から見せてもらったときに……。
ふと、全て、過去の記憶を思い出したのでございます。
天啓、とはこのことを言うのでしょう。
そのときから、お会いしたくてお会いしたくて、仕方ありませんでした。
しかし……ある程度、年齢を重ねないと、たとえ従兄であっても、両親から外泊の許可がおりないであろう、と考えまして。
両親が、しばらく家を留守にするような……やむを得ない事情ができるまで、待っていたのでございます。
わたくしなりに、現代を生きる処世術というものを身に着けております。
もちろん……ご主人様が教えてくださったことの受け売りではございますが。ふふ。
最後の一口を、どうぞ。
あ~~ん……
もぐ、もぐ、もぐ。
ごっくん。
綺麗に食べていただけましたね。
まだお代わりはございますが、いかがいたしますか?
承知しました。
いえいえ。こちらこそありがとうございます。
お粗末さまでございました。
……とと。
わたくし、ご主人様のお食事を付き添うのに夢中で……自分の食事をしておりませんでした。
失礼して、いただくことにいたします。
お皿やお鍋は、後ほどわたくしが洗っておきますので、ご主人様はどうぞ、お寛ぎくださいませ。
……はい?
いえ。まさか、ご主人様に雑用を手伝っていただくわけには。
ですが……。
……そう、ですね。わたくしの身長では、届かない場所もあるかもしれません。
お手伝いを、お願いしても?
ありがとうございます。
本当に、ご主人様は……お優しいお方。
わたくし、ますます、惚れ直してしまいました。
ふふ……♪