ちせとお座敷遊び
;SE 食器をお前後と運ぶ音→置く
;9/前遠 (なるたけ遠く。マイクに背中)
【ちせ】「そんなら、さげといてなー」
;SE ふすま閉める
;SE 食器群、ふすまごしに遠ざかっていく
;環境音 火鉢+室内 F.I.
;9/前遠
【ちせ】「さてさて。お料理も綺麗に片付きましたさかい、
お座敷遊び、してみましょーか」
;SE 畳の足音 ;9/前遠→;8/左前→;7/左 となりに座る
;7/左
【ちせ】「ふふっ、お座敷遊びはちせ、上手でっせ。
なんせ1200年、ずーーーっと禿しとるんわけですさかいに」
【ちせ】「お座敷遊びいうんは、今日日(きょうび)は芸者はんとか舞妓はんがしてはることですけど。
ちせが生きとったころには、芸者はんだけやのうて、ちせのような禿やお新造(しんぞ)はんも、
お姐はんを待っとる旦那はんのお相手で、やってましたんよ」
【ちせ】「ああ……その辺のことも、今の時代とは変わっとりますさかいに、ちょこっとだけご説明さしあげますな。
今日日は“花魁(おいらん)”でひとくくりにされとる遊女は、ちせが新町(しんまち)におった……
いまから400年くらい前ですかなぁ、大阪に、幕府公認の色街があったころには、かなり細かく階級分けされておりましたんよ」
【ちせ】「遊女の頂点が、太夫(たゆう)。お顔も芸事(げいごと)――三味線やら謡(うたい)やらも――それから頭もえらいことよーないと務まらんかった、最高位の遊女のことですな。
お公家はんはら大名はんやらのお相手をつとめたり、奉行所に出張にいって三味線をご披露されたり。
今でいうセレブな遊女が、太夫やったんですわ」
【ちせ】「太夫いうのが最高級の遊女ゆうんは、島原やら吉原やら新町やらができるずーっと前。
ちせがそれこそ人間だったころの廓から、変わらんで続いとった伝統でしてな」
【ちせ】「ちせがお仕えしたった篝火姐はんは、まっこと、ほんまもんの太夫でした。
お顔もお体も綺麗で綺麗で、芸も達者で、俳句まで詠まれて、心根もやさしゅうて」
【ちせ】「禿や新造をストレスのはけ口にする遊女はんも珍しゅうなかった時代に、
篝火太夫は、ちせがさむうてくしゃみしたなら? ちせが大きゅうて着るもん探すのも大変やろうからいうて――
なんと! 太夫ともあろうお人が! 手ずから針仕事して!! 綿入れこさえてくれたんですわ」
【ちせ】「いやもう、ありえんほどありがたいことで、ちせ、廓中から嫉妬されて……逆に大禿大禿いうていじめられる原因にもなってしまいましたけど。
それでも……あの綿入れのあったかかったこと。いまでもはっきり思い出せますわ」
【ちせ】「まぁ。そないなわけで太夫が頂点。で、その下に天神(てんじん)はん、鹿子(かのこ)はんやらいうように、順番に階級がありました。
関東――江戸の吉原では、最上位が太夫なのは変わらんで、その下は、格子(こうし)はん、散茶(さんちゃ)はん、局(つぼね)はんいわれとったそうですな」
【ちせ】「そないなふうに、太夫はんがおった時代は序列いうか階級いうかも、しっかりとしておったもんですけど――
のちのちに太夫にふさわしい遊女がでんようになって、階級が消滅してからは、まあいっしょくたくに‘花魁”(おいらん)いわれるようになりましたんよ」
【ちせ】「‘おいらん”いうんは、なんでも吉原の方の禿や新造が、自分のお仕えしてる遊女はんのことを、『おいらんとこのお姐はん』いうとったたとこから広まったいう話を聞いたこともありますな、ま――(ぺろっ――*眉毛こすって音を出してください)――眉唾ですけど」
【ちせ】「で、な? 遊女はんは、旦那衆(だんなし)をお迎えするのがお仕事やさかい、
遊女になるまえの見習いが、その身の回りのお世話をするしきたりだったんですわ」
【ちせ】「一番ちみっこいのが、禿(かぶろ)。これも吉原なんかでは『かむろ』いうとったみたいですけど――ちせの渡り歩いた廓では、どこでも『かぶろ』いうとりましたな」
【ちせ】「禿はほんま、ちいちゃな子供で――遊女が産んでそのまま廓にのこった子ぉとか、貧しい家に産まれて女衒(ぜげん)はんに売られてしもうたこぉとかが、禿になって、廓の下働きを務めましたんよ」
【ちせ】「数えで15くらいになって、体が育って月の物を迎えるようになって。
目鼻立ちも体つきも、旦那衆に興味をもってもらえるようになると、禿から新造になりますな」
【ちせ】「新造にも身分があって、一頭上から呼び出し、その次が昼三(ちゅうさん)、一番下が留袖。
新造になるときには突き出しいう……まぁお披露目のイベントがあって、呼び出し新造の突き出しなんて、ちょっとしたお祭りみたいで、
それはそれはにぎやかなもんでしたなぁ」
【ちせ】「新造はもう、ほんまに遊女の見習いで……旦那衆のどなたかが興味をもちはって、水揚げ――
その……な、おなごにしてもらいますと、それがもう、遊女としてのデビューいうことになりました」
【ちせ】「で、その新造やら禿やらもやっとったのが、お座敷遊び。
まずは……えへへ、ちせ、おしゃべりしすぎて喉が乾いてしもうたさかい、
『五重塔』から、お客はんに楽しんでいただくとしましょうな」
【ちせ】「五重塔はな? 盃をいつつ使うお座敷遊びなんですわ。
お膳の上に、こないして盃を、おとさんように、崩さんように――」
;SE 声にあわせて、1枚ずつ盃を盃の上にかさねていく
【ちせ】「ひの――(呼吸音)――ふの――(呼吸音)――みい――(呼吸音)――よぉ――(呼吸音)――いつ。
いつつ、五枚重ねますやんか。
そしたら……ほんまは清酒でやるもんなんですけどな」
;7/左 (接近囁き)
【ちせ】「ちせ、ほんまはお酒強よないから、りんごジュースで堪忍して、な」
;7/左
【ちせ】「んふふっ。そしたら、清酒がわりのりんごジュースを、
盃で作った五重の塔のてっぺんとこからこないして――」
;SE ゆるゆると五段重ねの盃に烏龍茶を注いでく
【ちせ】「とぷとぷ……ゆるゆる――(呼吸音)――
こぼさんように――(呼吸音)――
そそいで……(呼吸音)――そそいで――っと」
【ちせ】「ふうっ、これで、全部の盃になみなみと注がれましたやんか」
【ちせ】「そしたら、先にちせがお手本みせますな?
こないにして、手ぇつかわんで、口だけで……ん――」
;SE 口だけで塔の一番上の盃を取り→そのまま飲み干し→お膳の別の場所に置く
【ちせ】「(あむっ)――(呼吸音)(呼吸音)――
(んっ――こくんっ)――(鼻から吐息)……(呼吸音)(呼吸音)――
ん……(呼吸音)――っと」
【ちせ】「こないにして、五重の塔から盃とるのも、その盃を飲み干すのも。
飲み干した盃を、お膳の別のとこにおくのも、ぜぇんぶ手ぇ使わんと口だけでするのが、
『五重の塔』の、ルールですわ」
【ちせ】「ちせがやったら、お客はんの番。お客はんがやったら、またちせ。
そないにして交代交代に、空にした盃つこうて、もとあった五重の塔のおとなりに、
あたらしい五重塔を建てていく」
【ちせ】「もしよかったらお客はんも……(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)――
ん~……お上手やわぁ。とてもはじめてとは思えへんけど……
ひょっとして、経験あらはったりとか」
;SE 同じ手順での盃移動
【ちせ】「まぁ、どっちにしてもまたちせの番、で――
(はむっ)――ん――(呼吸音)(呼吸音)――
(っ――こくっ――こくんっ)――(鼻から短い吐息)……(呼吸音)(呼吸音)――
んんっ……(呼吸音)――(安堵の息)――ふぅ」
【ちせ】「これで三段。上に行けば行くほど、
と……本来はお酒でやるもんやさかい、飲めば飲むほど、
五重の塔を組み立てていくんがあやしうなって……で」
;SE 指で盃の塔を突き崩す
【ちせ】「どっちか、塔を崩してしもうたほうが負けいう他愛もない遊びですな。
他愛もない遊びではありますけど……フフッ――ちょっと、内緒ばなしええですか?」
;7/左(耳打ち・囁き)
【ちせ】「五重の塔で旦那はんにたくさん飲んでいただいて、
で、旦那はんが寝てしもうたり、役たたずになってしもうたら、その晩のお姐はんが楽になりますやろ――ふふっ」
;7/左
【ちせ】「せやさかい、お姐はんがいまひとつ気ぃのらんような旦那さんをお迎えしたときなんかは、
五重塔をがんばって――首尾よく酔い潰してしもうたようなときにはな、
お姐はんからあまぁいお菓子いただいたりして……ああ、ほんま、ほっぺが落ちそうに甘ぁいお菓子、いただいとりましたんよ、ちせ」
【ちせ】「っと。説明のために突き崩してしまいましたさかい、
ちせと勝負しはるいうなら、五重塔、今から再建しますけど……」
【ちせ】「(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)――うふふ、ざぁんねん。
ああ、お客はんを酔い潰したりしたかったいうわけと違いますよ。
そんなん、りんごジュースでできるはずもあらしまへんし」
【ちせ】「そないなんと違ぉて……ただ単に、ちせは……その。
ちせは、水揚げもすませれんかった、初(うぶ)なあやかしですさかいに……」
;うつむいてぼそぼそ “ふわわ”→から顔あげて通常
【ちせ】「五重塔をひとつたてて、もっかいやるとこまで頑張れば――
お客はんと間接キッスできたなぁって…………
ふわわっ! なんでもあらへん、ちせ、なーんもいうとりません」
【ちせ】「そないなことより、お座敷遊び。
五重塔の次は、投扇興(とうせんきょう)で遊びましょ」
【ちせ】「投げる、扇に、興じるって書いて、とうせんきょう。うふふっ、名前からして雅ですなぁ」
;$=;SE 盃とお膳をよける
;7/左→;9/前遠
【ちせ】「そしたら、盃とお膳を片付けて……
$
よ……っと――」
;投扇興参考動画 https://youtu.be/ZFxSLpB5czI
;特典表 https://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/6/62/Bisen.pdf
;9/前遠
【ちせ】「まずは、お座敷に緋毛氈(ひもうせん)を敷きまして――ん……」
;SE 緋毛氈敷く
【ちせ】「(作業中の呼吸)*4」
;$=SE 座布団敷く
【ちせ】「まずは、簡単な決まりを覚えてほしいさかいに、審判の席こしらえましょうな。
ここが――
$
ひとまずの、お客はんの席」
;3/右
【ちせ】「そしたらな、緋毛氈のまん真ん中に、これ。扇を投げて倒すための的をたてますんよ。
的の名前が、『蝶』――ちょうちょみたいな形ですやろ? で、両端にちいさな鈴がぶら下がっとって。
この鈴が――」
;SE 蝶を耳元近くで振る
【ちせ】「(呼吸音)(呼吸音)――な? ちりんちりんて、涼しくてええ音立てますやろう。
投扇興いうんは、緋毛氈の端っこから広げた扇をすーっと投げて……
投げるというか、空気に乗せて滑らせて。
その滑らせた扇で、蝶を倒してちりんちりん言わせるいうお遊びですな」
【ちせ】「真ん中に蝶。緋毛氈のはしっことはしっこに旦那はんとお姐はん。
で、それぞれが五枚ずつの扇をもって順番に扇を投げあうて、
高い得点をとった方が勝ちいう――やってみるとこれがなかなか、熱うなってしまう、
スポーツみたいなとこもありましてな」
【ちせ】「的になる蝶を乗せておく、この桐の箱が、枕。
扇の要側、持ち柄の部分の木が枕――桐箱にあたってしまうと……」
;SE 扇の持ち柄で桐箱を叩く
【ちせ】「コツリ、って、風情もなぁんも無い音がたちますやんか。
こうなってもーたら、その時点でマイナス1点。自分の持ち点が引かれてしまいます」
【ちせ】「で、コツリをおこさんで。ちゃあんと蝶を落としてちりん鳴らせたりしたら、扇と蝶と枕との位置関係によって、1点からなんと最高100点までの得点がもらえますんよ。
せやさかい、ほとんどの場合は最後の最後の一投まで、逆転勝利のチャンスが残るいうんも、また楽しいとこですな」
;3/右 “ん”で→;11/右遠
【ちせ】「って、こないな説明するよりも、実際に投じてるとこみてもろうた方がわかりやすいやろね。
ほなら――ん――まずは、ちせが何投かしてみせますな」
;SE 以下の動作に応じた音を
【ちせ】「まずは、扇を広げて……ん――蝶をよーみて、狙いを定めて――(呼吸音)(呼吸音)――
蝶を狙ろーて、投げるいうより、空気に乗せて滑らす感じで――――っ!!」
;SE 扇飛ぶ→蝶に当たって蝶を落とす
【ちせ】「っと。えらいひさしぶりにしては、うまいこといきましたな。
扇と蝶が両方毛氈の上に落ちまして、並び方が、ちせから見て、扇、枕、蝶の順だから、
これは『末摘花(すえつむはな)』いう技になりますな。2点の技やさかいに、まぁコツリや手習い……外れて0点よりはマシいう程度のもんですな」
【ちせ】「ほんなら、今度はもーちょっとええ点狙ぅて、二投目の扇を――」
;SE バラリと、いい音で扇を開く
【ちせ】「(深呼吸)――蝶をよー見て、今度はもっと際どいところ……(呼吸音)(呼吸音)――
枕と蝶の接しとるとこを狙ろーて、狙ろーて……(呼吸音)――!」
;SE 扇飛ぶ、蝶は畳に落ちて、扇はまくらによりかかる
【ちせ】「お! お! これ、竹河! 15点!!!
蝶を音して、枕に扇が、要のとこだけ――扇の広がりの両裾の、どっちも毛氈についとらんから、15点!
いや、ひさしぶりでこない大技決めるとは……いやいや、ちせもなかなかやるもんやねぇ」
【ちせ】「ちなみにな、お客はん。いまの扇の、どっちかかたっぽの端が毛氈にくっついとったら、点がたったの3点にガクンと落ちてしまいますんよ。
扇と蝶と枕の形が、ありえんもんになればなるほど点が高こぉ高こぉなる。それが、この投扇興の醍醐味ですねん」
【ちせ】「ほな。折返しの三投目は、100点の技! 夢浮橋(ゆめのうきはし)でも狙ぉてみますかね」
;SE ばっ! と勢いよく扇を開く
【ちせ】「(調子こいてる、笑いまじりの息)――ふふっ――夢浮橋なんて、篝火太夫はんも決めたことない大技ですからな。
それを狙ぉて決めたいうたら……(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)――えいっ!」
;SE 扇、お客はんの右耳をかすめて飛ぶ(風切り音が通過していく)
;11/右遠 “ああああ”いいながらすっ飛んできて;3/右(密着)
【ちせ】「あああああっ!? コツリどころやあらへん!! お客はん、いま、お耳に扇かすりませんでした!?」
;3/右(密着)
【ちせ】「当たってない? 痛いことない? かすめて縁できれたりとかは――って――ああ……(呼吸音)(呼吸音)――
赤ぉなっとる――右のお耳、こすったんかな。痛い痛いなぁ――ほんま、ごめんなぁ」
【ちせ】「(ふーーーーっ)(ふーーーーーっ)(ふーーーーーっ)
ほんま、痛いことない? ゆーか……(呼吸音)(呼吸音)――
あ! うん。そやったらな、ちせ、お客はんのこと膝枕して、息ふきかけて、お耳の赤いのおさまるまで、ゆっくり丁寧に冷ましますさかいに」
;3/右 (密着・囁き)
【ちせ】「な? お客はん。ちせにお耳、あずけてな?」
;環境音 F.O.