Track 2

猫吠崎灯台・霧笛舎(霧笛の音)

;SE 100円玉4枚をトレーに ;7/左(マイクと同じ視線) 「入場料、大人わずかに200円。レイルロオドも同額。 マイスターとアルジェのふたりでも、合計たったの400円」 ;環境音 犬吠埼灯台(外) F.I. ;二人横並びで歩く。砂利道。 「地域を代表する一大観光名所が、このお値段で楽しめてしまう。 釣子は、猫吠は観光地としては、実にお財布に優しい。とはいえ──(ためいき)」 ;SE stop 「──マイスター、少し耳を貸してほしい」 ;7/左(接近、ひそひそ話) ‘うむっ”で ;7/左(通常)に離れる 「地元民、地元レイルロオドとしては、もっと商売上手になってほしいような気もする。 観光客も、わざわざ釣子にまで運んでいるのだから──300円──は、とりすぎかもしてないな。けれど、そう、250円であるのなら──うむっ!?」 ;SE 足音再開 ;7/左 「アルジェはなぜマイスターのその反応の意味が理解できない。 アルジェは100年近く釣子にすまい暮らしている。 “完全に釣子市民の発想”なのは、当然のこと」 「いや……うん。冷静になって考え直すと、猫吠崎灯台の入場料が大人一名200円なのは、維持してもらえたほうが釣電にとってはありがたいのか。 値上がりになって猫吠を訪れる観光客が一割でも減ってしまえば、釣電の定期外収入にも深刻なダメージがおよんでしまう」 「その意味でも猫吠崎灯台こそは釣子の観光を支えてくれているものなのだと、アルジェはあらためて理解──っと」 ;SE stop 「釣子ならではの特別な音が聞けるのは、ここだ。灯台入り口をあえて無視してそのまま抜けた先にある、平屋のたてもの。 『霧笛舎』。敵無しの無敵じゃなくて、霧の笛と書く霧笛がしつらえられている、平屋の建物。 入ろう、マイスター」 ;SE ドア開く(横開き、木) ;環境音 霧笛舎(中) ;SE 石、反響の足音、数歩 ;7/左 「(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)──ん?」 ;1/前 「ああ、その巨大な宝石のようなものは、レンズだ。 猫吠崎灯台の初代レンズ。明智7年生だから、アルジェより年上のレンズになるな。 フランク製で、1951年。正和11年まで、80年間使用されていたらしい」 「このレンズを使い、猫吠崎灯台は大海原を照らし、行き交う船たちの安全を守り続けた。 が、これだけ巨大なレンズを通した光をも遮られてしまうことがある。 …………そう、霧。濃霧が垂れ込めているときだ」 「一寸先も見えない──伸ばした自分の手のひらさえ見えなくなるような濃霧が、釣子沖には垂れ込めることがある。 そんなとき、光に代わって船の安全を守ってくれたのが──」 ;SE 足音、数歩 ;10/右前遠 「この屋根まで突き抜けている長い管の先についている巨大なラッパ──すなわち、霧笛だ。 猫吠崎灯台の霧笛はエアサイレン方式、圧縮空気によって鳴らす。 原理的には蒸気機関車たちの汽笛は蒸気で鳴らす蒸気笛だが、ディーゼル機関車や電気機関車、気動車、電車などは、この猫吠の霧笛と同じく、空気笛を備えていることがほとんどだ」 「だが、その音の響きは大きく違う。 マスター、ここに、アルジェの隣に立ってほしい」 「(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)」 ;3/右 「グート。では、手元のボタンを見てほしい。 そのボタンを押すと、猫吠崎灯台の音を聞くことができる。 残念ながら実際に吹鳴させるだけではなくて録音だけれど、それも、間違いなく当時の音だ。 ああ──押す前に」 ;3/右(接近、囁き) 「どんな音かを、あらかじめ想像してみてほしい。できるだけ細かく、丁寧に」 ;3/右 「(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)──想像できたなら、ボタンを押そう、 アルジェと一緒に、カウントダウンで」 「(息を吸う)では行こう。ドライ、ツヴァイ、アインス、っ!!!」 ;SE ボタン押し →録音霧笛吹鳴(1連フル) 「(呼吸、34秒)」 「──どうだった、マイスター。おそらくは、予想よりもずうっと低い音だったのではないかとアルジェは思う。 そして、5回めの吹鳴の途中でいきなり終わってしまうのに、びっくりさせられたかと思う」 「これほど低い音を吹鳴するのには理由がある。 高い音は減衰しやすく、低い音は減衰しにくい── 故に、低い音の方が長く、遠くまで響くからだ。 本物の霧笛を吹鳴できない理由も、そこにある。観光客が来るたびに霧笛吹鳴をされてしまえば、ご近所どころか、遠隔地にまで迷惑をかけてしまうから」 「それほどまでに力強い、霧笛の低く太い音は、波音にまぎれることなくはるか遠くまで響き渡り、灯台の──陸地の存在を沿岸の船たちに伝えた。 鉄道車両の警笛も、同じ理由で低い方が遠くまで聞こえることはたしかなのだが──(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)──グート、そのとおり。鉄道車両の警笛の主たる目的は、『列車が接近していることを知らせる』ことにある」 「ゆえ、遠くまで響き渡らせるより、ある程度高く、注意を引きやすい音にした方が、目的を果たしやすいと判断されているのであろう。 列車誕生の極初期、大きなベルを鳴らしていた時代から、鉄道車両の警笛は、高めの音を発することが多いように思われる」 「蒸気機関車たちの中には、高さを変えた笛を複数個用意して、同じ蒸気でいちどきに鳴らすという念入りな方法をとっているものもめずらしくない。大廃線末期には、空気笛と電気笛を両方そなえ、それぞれの音の高さを変えているものもあった」 「『進路の安全を守る』ということは、どれだけ準備をしても十分ということのない崇高で絶対の使命だと── 警笛ひとつをほりさげることからも理解できるかと、アルジェは思う。 交通・運輸の最大の使命は、常に、『安全』あるのみだ」 「そこをこころに刻み直して、マイスター。もう一度、航路の安全を守り続けたこの霧笛の響きを聞いてみよう。 きっと、最初とは聞こえ方がかわってくるのではないかと、アルジェは思う」 「ではもう一度。(息を吸う)ドライ、ツヴァイ、アインス、っ!!!」 ;SE ボタン押し →録音霧笛吹鳴(1連フル) 「(最初より嬉しげな呼吸、34秒)」 「……どうだろう。マイスター。 最初のときと、二度目のときでは──(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)──うむっ!?」 「確かに気になる。繰り返し聞けば聞くほど、なぜ5回目吹鳴の頭の部分でいきなり霧笛が途切れてかき消えてしまうのか……は」 「……(呼吸音)(呼吸音)(呼吸音)──そこまでマイスターが気にするのなら、アルジェは、特別に伝えよう。 マイスター、もう一度耳を」 ;3/右 (接近囁き) 「霧笛が5度目で急にかき消えるその理由は──実は──」 ;3/右 「すまない! アルジェにもさっぱりわからない!」 ;環境音 F.O.