(通常.ver) 06.幼馴染を部屋に招き入れる。
◆6
【京子】
「……どうぞ。何もないところだけど……入れ」
言葉を詰まらせながら、入室を促す。
気持ちが言葉の様子に表れてしまっていた。
【京子】
「……あまりじろじろ見るなよ? 女の子らしい部屋じ
ゃないんだ、から」
【男】
「……ホントだ」
【京子】
「っ、こら! 『ホントだ』じゃないだろう! デリカ
シーくらい持ち合わせんか! 馬鹿者!」
【男】
「ははっ、ごめんって」
【京子】
「んん……。じゃあ、そこに座って」
【男】
「ん」
ベッドを背もたれにして、床に座った。
【京子】
「ん。それじゃ……私も」
隣に座らせてもらう。
【男】
「……ちょっと」
【男】
「近くない?」
【京子】
「え、どうした。近い……か?」
【男】
「肩、触れてんだけど」
【京子】
「んぁ……でも、昔はいつもこんな感じで、ベッドを背
もたれに、二人で並んで座ってたよな。……肩並べて」
【京子】
「それで、よくこの机で勉強を教えてもらってたんだ。
はははっ、なつかしー」
サイドテーブルをこつこつと叩く。
ガラス製の板が、お互いの伸ばした脚を透過して写す。
【男】
「それは……昔の話でしょ。お互い子供のころの」
【京子】
「ん、んん……? さっきも言っていたが、『昔の話ー』
とか、『子供だから許されるー』とか、よく解らない
ぞ。どうして、大きくなったら駄目なんだ?」
【男】
「えぇ……? 説明しないと解らない?」
【京子】
「説明しないと解らないぞ。一般的に、だ。子供という
ものは、多くの制約の下で生きているぞ。むしろ大き
くなってからのほうが許されることがほとんどだ」
【京子】
「だから当然、むかし私たちがしていたようなことを、
今したとしたって、問題はないだろう?」
【男】
「う、んんー……。それとこれとは、話が別なんだよ」
……よく解らない。
まったく、コイツの言うことはいつもいつも難しい話
ばかりだ。
【京子】
「んん……。……あ、もしかしてお前は……私が近くに
座っていると、嫌か? 昔と違って……嫌になったの
か? だから、『もう許されない』とかって……」
【男】
「あぁ、もういい! いいです! 座っててください!」
【京子】
「ん、な、なんだ、いきなり声を荒げおって。……この
ままで、いいんだな? ここに座ってて、いいんだな?」
【男】
「そうしてください」
【京子】
「ん。じゃあ、お言葉に甘えるぞ」
距離を開けようとしていた身体を元の位置に戻し、弛
緩する。
【京子】
「…………」
沈黙が苦しいとは感じなかった。
そのまま重力に従うように、身体の自由を手放す。
……自然と、身体が横にズレていく。
求めるように、上半身をアイツの身体に預けていく。
【京子】
「……お前、大きくなったな」
【男】
「え……」
【京子】
「ほら、このままさ、頭を預けようとしてみても、肩に
乗らないぞ。二の腕に当たる。とんでもない身長差だ
ぞ。二、三十センチはあるんじゃないか?」
首を傾げて、アイツの腕に頭を預ける。
うむ、これはこれで悪くない心地だ。
【男】
「なにしてんの」
【京子】
「ん、いや、だからな。私の頭をだな、お前の肩に預け
ようとしてみても、肩の位置が高すぎて届かないぞー
っていう話だ」
【男】
「……もう、恥ずかしいんで話すのやめてくれます?」
【京子】
「む。何を恥ずかしがっているんだ。……私は別に恥ず
かしいなんて……。したいことをしてるだけだぞ」
【男】
「素直すぎるでしょ」
言いながら、笑っている。
……フランクだな。
コイツは、以前まではどっちかというとふてぶてしい
奴だった。
小難しい話をする、小難しい奴だったんだ。
それがどうした、社会慣れしたような垢抜けた小僧に
なりおって。
妙に大人ぶっている。
あ、いや。大人ぶっていたのは昔から変わらないか。
【京子】
「んぁ。そういえば、手も大きくなっていたな。二回り
くらい」
【男】
「そう?」
【京子】
「そうだぞ。……ほら。ちょっと貸してみ」
脇に落ちていた手を奪う。
【京子】
「手のひらを合わせて……ほらな? こんなに違うだろ
う。お前の第一関節くらいしかないぞ。ふふっ、おっ
きいなぁ……」
【男】
「それは、俺が大きいんじゃなくて、鈴谷さんが小さい
から」
【京子】
「む。ち、違うのだ。私は、別に、小さくなんてないの
だぞ。平均よりちょっと下なだけだ。お前がちょっと
おっき過ぎるだけだ」
【男】
「そうかな」
【京子】
「そうだぞ。お前と比べたら誰だって小さいんだ。まっ
たく、まったくもう……。ん、むぅ……」
無骨な手を触る。
手のひら、甲、指となぞる。
【京子】
「分厚いし、ごつごつしてるし。私とは全然違うぞ。こ
れは男女の違いか? それとも、私とお前が違うだけ
なのか? んぅむ……不思議だ」
【男】
「……」
【京子】
「……不思議……といえば、……」
熟考するように、息をつく。
【京子】
「こうして、手を握っていると……なんだか……ふふっ、
安心するなぁ……」
【京子】
「きっと、手の届くところに居てくれるっていう安堵感
がもたらしてくるんだろう。うむ、いいな、こういう
の」
【男】
「あ……あの、鈴谷さん?」
【京子】
「む」
眉間にきゅっとシワが寄る。
【男】
「え、なに」
【京子】
「前々から気になってたんだけど、お前、なんで私のこ
とを『鈴谷さん』って呼ぶんだ。他人行儀だぞ」
【男】
「え。いや、だって……他人だし」
【京子】
「他人は他人でも、そこらの他人とは訳が違うだろう。
私たちは、家族とまでは言わないけど……、と……特
別な、仲のはずだぞ」
【京子】
「それに、昔は……き、『京子』と、呼んでくれてただ
ろう」
【男】
「あ、うん。それは……まあ、そうなんだけど」
【京子】
「……呼べ」
【男】
「え……」
【京子】
「『京子』、と。呼べ」
【男】
「いや、今さらそれは」
【京子】
「呼べ」
【男】
「……なん」
【京子】
「呼、べ。ほら、さっさと、呼ぶんだ。……きょーこっ
て……ほら、早くするんだ」
【男】
「……」
【京子】
「……」
【男】
「……京子」
【京子】
「っ……ぁ……」
自然と顔が綻んでしまう。
なんだこれ、嬉しいぞ。顔が勝手にニヤけてしまって
かなわん。
【京子】
「……んっ。『京子』だ。お前の幼馴染の、『京子』だ。
もう……忘れるんじゃないぞ」
【男】
「忘れたことなんてないよ」
【京子】
「そうか。忘れたことなんてないか。……ふふっ、私も
一緒だ。お前が幼馴染だということを……片時も忘れ
たことなんてないぞ」
【男】
「その割には、距離感があったみたいだけど」
【京子】
「何を言うか。距離感があったのはお互い様だろう。幼
馴染というのを憶えていながら……いつの間にかでき
てしまっていた壁を、お互いに越えられずにいたんだ」
【京子】
「……その鍵が、繋ぎとめてくれていたんだな」
【京子】
「まったく、……幼かったころの二人に……感謝、だな」