Track 10

(通常.ver) 10.口でして欲しいと言われ、フェラチオ。[10.story 10]

◆10  とある日の夕食後のことだった。  浴槽の掃除に向かおうとした私を、母さんが引き留め  た。 【京子】 「フルーツポンチ?」 【母】 「そそ。冷蔵庫に入れてっから、持ってきてー」 【京子】 「んぁ。うん、わかったぞ」  ……なぜにフルーツポンチ?  頭に疑問符を浮かべながらも、言うことに従う。 【母】 「無性にナタデココが食べたくなってさー。あの、歯垢  を取り除いてくれそうな歯応え。あれを味わいたくな  っちゃってさぁあ?」 【京子】 「あぁ、うん。そうなのか」  突発性の欲求だろうか。  たまにある、『今日はお魚の気分』と似た感じかもし  れない。  キッチンの冷蔵庫を覗く。  確かに、目の見えるとこに見覚えのない食べ物があっ  た。  背後のリビングから声が掛かる。 【母】 「スプーンも取ってきてー」 【京子】 「わかってるー」  …… 【京子】 「ん、どうぞ」 【母】 「ん、どうも」  私が隣に腰掛ける間に、母さんが一足先に口をつけた。 【母】 「……ずずず。っ、かぁーっ! うんっま、これ」 【京子】 「なにしてんのさ」 【母】 「母さんはな、いま無性にジュースを飲みたくなったん  だ。そういう気分だ」 【京子】 「意味がわからないぞ」 【母】 「お、サクランボめーっけ」 【京子】 「ちょっ! それ私のだぞ!」  奪い返そうと腕を掴みに掛かるが、ひらりとかわされ  る。 【母】 「この世は弱肉強食なんだ。憶えとけー」 【京子】 「わけわかんないぞ! 母さんのは母さんのでそこにあ  るじゃないか!」 【母】 「あれー、おっかしいなあ。母さんのにはサクランボが  二個ある」 【京子】 「一つは私のだぞ。アルツハイマーか?」 【母】 「言っていいことと悪いことが……んむんむ。ん、ほら、  返す」 【京子】 「いらないぞ」 【母】 「なに、遠慮するな」 【京子】 「茎だけ返してきてよくもまあいけしゃあしゃあと……」 【母】 「なにを、茎にも利用価値はある。あむ」  茎を口の中に放り込んだ。 【母】 「みほけよみほけよー。ん……んー……ん」 【母】 「ん、できた」 【京子】 「わ、結び目ができてる……! い、いきなり、なんの  手品だっ?」 【母】 「手品じゃない。実際に結ぶの。口の中で」 【京子】 「口の中で……? ……む、無理だぞ、そんなの」 【母】 「いや結構できるもんよ? やってみ?」 【京子】 「んぁ、はい。……あむ、ん……」  口の中の細く固い感触。  これを結ぶのか……。 【京子】 「ん……んん……、ん……ん?」  歯の裏を壁にして、茎を舌で押し曲げて……  輪っかを一つ作って、一端を輪に通す……  ……あ、できるかも。 【母】 「ん? どうだ、できるか?」 【京子】 「ん、ん…………ん……んんっ、ん……んっ……」 【京子】 「っ、ぁぁ、駄目だー……。出来そうで出来ない……」 【母】 「ま、最初はそんなもんよ」 【母】 「これが出来るようになると、キスが上手いって言い伝  えもあってな」 【京子】 「な、なにっ!? それはホントかっ!?」 【母】 「おっ? 食いついてきたなー?」  得たりとばかりにニヤニヤしている。  ……しまった、罠か。 【京子】 「っ、な、なんでもないのだ」 【母】 「まあまあ、そう言うな」 【母】 「結び目が出来るようになったら、つまりは舌遣いが上  手い証拠なんだと」 【母】 「だから……そうだな。練習には、なるかもな」 【京子】 「……興味ないのだ」  聞き流しながら舌を動かす。 【母】 「まずは口の中のモノ吐き出してから言えな」 【京子】 「……」 【母】 「まあ、なんにせよ。京子は舌が小さいだろうし、ずっ  とやり続ければ簡単に結べるようになるでしょ」 【京子】 「……そうなのか?」 【母】 「おう。きっとすぐ上手くなるさ」 【京子】 「……」 【母】 「キスがな」 【京子】 「キスの話はしてないのだーっ!」  ……  …  アイツが家に遊びに来ていた。 【京子】 「んむ……ん……ん……」 【男】 「……何してんの?」  テーブルの上には大量のサクランボが盛られていた。 【京子】 「ん、お前も食べていいぞ。いくらでもあるからな……  サクランボは」 【男】 「あ、うん。じゃあ、もらいます」  二人してサクランボを食べる。 【京子】 「種はその皿にまとめてくれ。茎のほうは、私に……渡  してくれ」 【男】 「あ、はい。どうぞ」  ゴミとなったサクランボの茎をもらう。  ……口の中のがふやけたらこれを利用しよう。 【京子】 「んん…………ん、……ん……ぁぁぁ……ん……」 【男】 「……ホントに何してんの?」 【京子】 「ん? 気になるか?」 【男】 「うん」 【京子】 「ふふ、これはな……まあ、一種の練習だ」 【男】 「練習」 【京子】 「うむ。……お前は、『サクランボの茎を口の中で結ぶ  ことが出来たら、キスが上手い証拠』とかいう話を聞  いたことあるか?」 【男】 「有名な話だね」 【京子】 「んぉ、流石だなぁウンチク博士ぇ」 【男】 「うん、妙な名で呼ぶのやめようね」  無視をする。 【京子】 「んー……実はぁ……私はぁ……、……サクランボの茎  をぉ……、…………結べるのだーっ!!」 【男】 「……」 【京子】 「んふーっ、待ってろよ……あとすこしれ……ん、んん  ……っ」 【京子】 「っ、ほら、見ろっ! 結び目だっ!」 【京子】 「ふふっ、どーうだ。私はぁ、実はぁ、キスがうまい女  なんだぞぉー? ふふん、お見逸れいったか!」 【男】 「あぁ、うん」 【京子】 「む。なんだその微妙な反応は。もっと驚いたらどうだ。  もっと称えたらどうだ?」 【男】 「……練習してたの? できるまで」  机の上に山盛りにされたサクランボを指差す。 【京子】 「んぇ。あぁ、いや、その……この大量のサクランボは  ー、だな。……練習のために、買ったんだ」 【男】 「……やっぱり」  呆れられた。 【男】 「そんなにできるようになりたかったの? たかが結び  目でしょ」 【京子】 「あ、違うっ、そうじゃないっ。結び目を結べるための  練習じゃないんだっ」 【男】 「違うの?」 【京子】 「……サクランボを結ぶのは、意外と簡単に出来たんだ。  母さん曰く、私の舌が小さいから小回りが利く……と  か言ってたな」 【京子】 「それで、まあ……ずっとサクランボを結ぶ練習をして  たのは……えぇっと」 【男】 「ん?」 【京子】 「……き……キスの、練習になるかと……思って、だな」 【男】 「は……」 【京子】 「い、いや、なんだ。そもそもキスに上手い下手がある  ことなんて前まで知らなかったわけでな?」 【京子】 「確かに、お前に大人のキスを教えてもらってから、ホ  ントのキスはただ押し付けるだけのものじゃないと知  れたわけでっ」 【京子】 「それから、下手なよりは上手いほうが宜しいんじゃな  いかと思うのは正常な判断だと思うんだっ。そこのと  こは、お前はどう思うっ?」  まくし立てるように言葉を羅列する。  圧倒されたような表情。 【男】 「あぁ、うん」  一つ言葉を濁し、 【男】 「正常だと……思う」 【京子】 「……そ、そうだろうっ? 私は正常だっ。キスが上手  くなりたいという向上心を持って事を運んで何が悪い  というのだ。ふふっ、ふははっ」  引き攣った笑いが漏れる。  対するように、苦笑いを浮かべている。  ……変な誤解を与えてしまったか? 【京子】 「……」 【京子】 「……スケベな女と、思ったか……?」 【男】 「え?」 【京子】 「キスが上手くなって、もっと気持ちよくなろう、させ  ようって考えてる私を……変態だと思ったか……?」 【男】 「え、いや……キスなら大丈夫じゃないかな」 【男】 「うん……挨拶、だしね」 【京子】 「む……お前、キスくらい幼馴染でも普通にするとか言  ってたけど……あれ嘘だろう」 【男】 「えっ」 【京子】 「あんなにドキドキして……昂揚感のあるようなこと、  家族でも幼馴染でもっ、挨拶ごときでするとは思えな  いっ」 【京子】 「あの、大人のキスは……どうせ、スケベなことなんだ  ろう? 私を騙して、こっそり……私とスケベなこと  しようと思ってたんだろう……?」 【京子】 「……どうなんだ? 答えてくれ」 【男】 「う……はい、そうです」 【京子】 「……やっぱり」 【京子】 「まったく……このどスケベ。えっちなことがしたいか  らって、人を騙くらかすのはどうかと思うのだ。詐欺  師。変態性欲者」 【男】 「へ、変態性欲者は言いすぎ……」  睨む。 【男】 「……ごめん」 【京子】 「少しは反省してるか?」 【男】 「そりゃ、もう」 【京子】 「……ん、そうか」  ならば……よし。  軽く微笑みながら言葉を返す。 【京子】 「安心しろ。別に私は怒ってなどないぞ。騙したことを  認めてくれればそれでいいんだ」 【京子】 「だから、まあ……お咎めは無しにする。……それと、  半ば習慣付いてしまっている……『キス』のことだけ  ど……」 【男】 「ん、わかってる。もう二度としないから」 【京子】 「こ、こら、先走るな。誰もやめろなんて……私は、決  して……い、嫌なんて言ってないぞ」 【男】 「え、あれ? そうなの?」 【京子】 「……誰のためにキスの特訓をしたと思ってるんだ」  気恥ずかしさから外しそうになる視線。  無理やりアイツの目に向ける。 【京子】 「……お前のためだぞ。お前と、もっと気持ちよくキス  がしたいからだ。……お前を、もっと気持ちよくさせ  たいからだ。……解らないのか?」 【京子】 「お前が私とキスをしたいと思わないなら、身を引くけ  ど……。お前が求めてくれるのを、私が拒否するわけ  がないだろう」 【京子】 「こんなに嬉しいこと、わざわざ無下にする理由がない。  むしろ、私からお願いしたいくらいだっていうのに」 【男】 「……随分、どストレートに言うね」 【男】 「それは、もう……京子は俺のことが好きだって、勘違  いしてもいいの?」 【京子】 「? 好き? 私が、お前をか?」  深く頷く。  真面目な顔をしている割に、拍子抜けするようなこと  を訊く。  こみ上げてくる笑いを堪えきれず、噴き出す。 【京子】 「……くすっ、そんなの当たり前だろう。口にしないと  わからなかったのか? 随分と愛情表現をしてきたつ  もりだぞ」 【男】 「え、え?」  戸惑う姿に、また一つ笑う。 【京子】 「ふふっ、わざわざ伝えるまでもないと思っててな。私  はお前のことが好きだけど……お前の気持ちの向き所  には気を留めなかったんだ」 【京子】 「だから、あえて言おうとはしてこなかった。言って、  お前を困らせたくなかった」 【京子】 「……まあ、気にしないと言ったら嘘になるかも」  自分の言っている可笑しさに自嘲する。 【京子】 「私はお前のファンだからな。お前が他の誰かを好きに  なっていたとしても……私はきっと応援するぞ」 【京子】 「お前の目が、他の誰かの瞳を捉えていたとしても、そ  れも仕方ないことだって思うぞ。……お前と私には、  大きな溝があったわけだし、な」 【京子】 「それでも、……というか、だからこそ、だろうな」 【京子】 「お前に求められるのが、とても嬉しかった」 【京子】 「私なんかでいいのかって思った」 【京子】 「他に頼れる人がいるはずだけど、その中でも私を選ん  でくれた」 【京子】 「なんでもできるお前が、他人に頼る。……その相手が  自分なんてことになれば……私は有頂天だ」 【京子】 「好きな人に、求められて……嬉しくないわけがないだ  ろう」 【男】 「……」  驚いたような顔をしてる。  私のほうはどうだろう。  言いたいことも言えて、すっきりした顔をしているだ  ろうか。  赤面しながらも、澄ました顔をしているかもしれない。  自分のことなのに、よくわからない。  まだまだ言いたいことはあるんだ。  自分のことなんて気にかけてられない。 【京子】 「だから……な。お前が望むなら……どんなことだって  できるぞ?」 【京子】 「……特訓の成果、試してみても……いいか」  ゆっくりと顔を寄せていった。