Track 14

(通常.ver) 11.風呂上りの裸の状態で停電。密着状態のままベッドへ…。[14.story 11]

◆11  夜の帳が下りると住宅街はすっかり静かになる。  テレビの音や家族の話し声がなければ、自分の衣擦れ  音や生活音だけしか聞こえない。  昼間と比べて、夜間の留守番は不安感が伴う。  静けさが恐怖心を誘う。  もし家に泥棒が押し入ってきたとしたら……  もし家が停電になったとしたら……  親の帰りが遅い日なんてのは、チャイム一つですら対  応するのもままならない。  ありったけの勇気を振り絞りながら、作り上げた笑顔  で出迎えるのだ。  がちゃ 【京子】 「あの~……、……どちらさまで…………あ」 【男】 「よっ」  扉を閉める。 【男】 「なんでさ」  急いでチェーンを外す。  ……外れたっ。  押し開ける。 【男】 「うーっす」 【京子】 「っ、お前っ! 今日はもう来ないんじゃ……!」 【男】 「んー、気が変わって」 【京子】 「き、気が変わったぁ……? っ、な、ならっ! 連絡  の一つくらい寄越してくれ!」 【京子】 「どうして『今日は金曜だから行かない』のメールは送  れてっ、『今から行く』のメールが送れないんだ!」 【男】 「なんか、カッコ悪くて」 【京子】 「……?」  呆れた声が出た。 【京子】 「何が『カッコ悪い』んだ……? 言ってることが全然  わかんないぞ……」 【男】 「まあまあ」 【男】 「今日は、おばさんたちの帰りが遅いんでしょ?」 【京子】 「んぇ……? ん、あぁ、……そうだぞ。今日は母さん  たちの帰りが遅い……あぁ、さっきメールで教えたか」 【京子】 「……もしかして、それが理由でわざわざ……?」 【男】 「メールで『一人で寂しい』って書いてたよね」 【京子】 「う、ぇ? あ、べ、別に一人で寂しくなんてないのだ。  一人で留守番なんてぇ、お茶の子さいさいなりよ~?  ふーん、ふっふーん」 【男】 「はいはい」  適当にあしらわれた。 【京子】 「む……。そ……それで? 一人の私を、からかいに来  たのか?」  期待感が募る。 【男】 「まさか」  その期待感に応えるように、アイツは右手に抱えてい  たショルダーバッグを持ち上げる。 【京子】 「んぁ。それ……むかし使ってた、お泊りグッズ入れの  バッグ……。……て、こと、は……」 【男】 「今日は着替えを持参してきました」 【京子】 「……泊まっていって……くれるのか」 【京子】 「やっと……、っ……昔みたいに、か?」 【男】 「うん」  嬉しさがこみ上げる。  さっきまで抱え込んでいた不安なんて端からなかった  みたいだ。  神か、コイツは。 【京子】 「……ッ! よ、よしっ! わーわわわかった、さっさ  と中に入るのだ! ほら、早く早くっ!」 【男】 「うわっ、ちょっと、強引すぎ!」  聞く耳なんて持つものか。  早く中に入れて、背中を押してやろう。  じゃないと、にやけた顔を見られてしまうからな。  ……  … 【京子】 「んー……」 【京子】 「……んふ。んふふっ」 【京子】 「ぬっふふっふふ♪ “きっんよっうび~っ”、“おっ  とーまりーっ”♪」 【京子】 「ふへへ……」 【京子】 「……」 【京子】 「流石ににやにやしすぎだぞ、私」  姿見に写ったの己の醜態を見て苦笑した。 【京子】 「んん……なんというか、アイツに『好き』って言って  から、ちょっと締まりがなくなってきたんじゃないか?」 【京子】 「いくら『好き』って言ってもらったからと言って……、  理知的でいようとしないでいいからって……流石に…  …」 【京子】 「……ん……」 【京子】 「……い、いや。少しくらい羽目を外してもいいだろう。  うん、今まで頑張ってアイツに追い付け追い越せでや  ってきたんだ」 【京子】 「『頭の堅い女』とか、『態度だけデカいチビ』とか、  『知恵を胸に蓄えてる』とかいう世迷言を言われ続け  てきたんだぞ」 【京子】 「少しは気を抜いて、普通の女の子になってもいいはず  だ。うんうん」 【京子】 「……誰に言い訳してるんだ、私は」 【京子】 「まあいい、さっさと身体を拭いてしまおー」  バスタオルで頭を拭いていく。 【京子】 「ぶぅわぁわぁわあ……」  昔はお互いでお互いの髪の毛を拭いてあげてたっけ。  いま思えば、どうしてそんなことをしてたんだろうっ  て話が結構ある。  例えば、今の『お互いの髪を乾かしてあげること』だ  し……。  他にも、『パジャマの交換』だったり、『枕の交換』  だったり。  交換と言えば、『パンツの交換』なんていう子供らし  い馬鹿げたこともした。  今ならそんなことはできない。  けど、笑っていられるような軽い思い出話だ。  身も心も成長して、お互いが変わった。  昔と今では、たくさんのことが変わっている。 【京子】 「……『先に一番風呂入れー』か」 【京子】 「昔は一緒に入ってたから、まさかアイツにあんな言葉  を投げ掛けられるなんてな……」 【京子】 「まるで家族みたいだぞ」  家族。 【京子】 「……」 【京子】 「ち、違うのだ。家族というのは、兄弟みたいな家族で  あって、ふっ、ふ、夫婦ではないのだ」 【京子】 「……んぁ、そうだ、タオル。昼間に洗うの遅れて、半  乾きなのが相当数だったな……。ん、乾燥機に回して  おかないと……」  少し高い位置にあって苦労するが、背伸びをしてなん  とかセッティングする。  スイッチをぽん。 【京子】 「……ヨシと」  全身を軽く拭き終えると、ドライヤーに手を伸ばす。  コンセントを挿し、スイッチを入れる。 【京子】 「ぶぅぅおおおおおおん」  ドライヤーを揺らめかせて風をなびかせる。  一極集中だと熱がこもるから、こうして熱を拡散する  のだ。  結構、基本的なことらしい。  この前、美容師の人に教えてもらった。 【京子】 「……髪乾かしてないで、さっさとパンツとか履いたほ  うがいいんだろうか。もし、アイツが入ってきたら…  …」 【京子】 「なぁんて、杞憂か。……それに、ドライヤー使うと背  中に汗かいちゃうしなー、まだ服は着ーれなーいぞぉ  ~……ぉ」  暗転する。 【京子】 「ぉ、っぉぉうっ!?」 【京子】 「えっ!? えっ!? なに、なにっ!? え、へ?  暗いんだけど。暗いんだぞ!! えっ!?」  真っ暗だ。  何も見えない。  脱衣所の構図を思い出す。  た、確かこっちに電気のスイッチが……。 【京子】 「す、すいっち、電気のスイッチっ」  カチッ 【京子】 「……」  カチッ、カチッ 【京子】 「うそ」 【京子】 「まじすか?」  カチッ、カチッ、カチッ 【京子】 「いやいやいや」 【京子】 「え?」 【京子】 「うそぉ」  暗闇の部屋の中に静かに響くスイッチの音。 【京子】 「……」 【京子】 「や、やばいぞ……」 【京子】 「さ、流石に……ほんの少しも灯りがないとこで独りぼ  っちは……なぁ? はは、はははっ、は」  ――カラーン 【京子】 「ひっ!!」  風呂場のほうから何かが落ちた音がする。  音の形状から、大方風呂桶か何かだろう。  そうだ、変な姿勢で壁に掛けてしまっていたんだ。  そうに違いない。 【京子】 「……」  声が震える。  大丈夫だ、問題はない。  ただの桶の音だ。  自然作為的なものなのだ。  だから、恐れる必要はない。  ……そう、解っているのに。  怖い。  怖い。  あ、そうだ。  アイツがこの家にいる。  暗がりでも、アイツが傍にいてくれれば、きっと……。 【京子】 「……そ、そうだな。取りあえずアイツを呼ぼう。うん、  共にこの暗闇の恐怖を味わえば少しは気も和らぐ――  ぅぅええぇええぇっ!!!!!」  開けようかと手を伸ばした扉が開いた。  南無三ッ!! 【男】 「……京子、ビックリしすぎでしょ」 【京子】 「……は。は……、は? お、おま、えっ……タイミン  グが悪すぎるぞ」 【男】 「声震えすぎ」  笑ってやがる。 【京子】 「はぁぁ……、びっくらこいたのだ……。ふぅーっ、寿  命が十年は縮んだぞ……」 【男】 「大袈裟だよ」 【京子】 「……停電なんて、長らく体験してなかったからな。少  々、ビックリしたのだ」 【京子】 「怖くなんてないのだ」 【男】 「ふふ、そっかそっか」  こっちの調子が外れるような暢気な声。  コイツ、こんなに肝が据わってたのか。  頼もしいような、悔しいような。 【京子】 「……こっち。こい」 【男】 「あ、うん」  近づいてくる気配。 【京子】 「ん。……ゆっくり、抱き締めろ」 【男】 「……う、うん」  ゆっくりと腕が回ってくる。  手が背中に触れ、素肌だったことにびっくりしたよう  に手を引いた……  けど、そのまま胸に抱いてくれる。 【京子】 「っ……ふぁ……はぁ……はぁぁ……。ホントに……び  っくりしたぁ……」 【京子】 「いきなり戸が開いたときは、なんか、よくわからんけ  ど、『もう終わったー!』って思ったぞ……」 【京子】 「はぁぁ……お前でホントによかった……。お前がいて、  ホントによかった……」 【男】 「……」 【京子】 「……? 何を、黙ってるんだ?」 【男】 「いや……」 【男】 「京子、さ。その……裸、だよね?」 【京子】 「ん、ぁっ……。そ、そうだった。まだ裸のまんまだっ  た。……裸で、お前に抱き締められ……」  身が強張る。  暗がりとはいえ、さすがに裸を抱き締められるのは問  題だぞ。 【男】 「取りあえずさ、ブレーカー上げに行こう?」 【京子】 「……ブレーカーを上げに行くのは、無理だぞ」 【男】 「なんでさ?」 【京子】 「腰が、抜けてるから……」 【男】 「……」 【京子】 「……だから、しばらくは……このままで」 【男】 「でも」 【京子】 「む……。私を一人にして、ブレーカーを上げに行くの  か……?」 【男】 「あー……」  推考して、返事をする。 【男】 「ん、わかった。しばらくはこのままで」 【京子】 「……うむ。解ればいいのだ」  腕をアイツの背中に回す。  大きな身体は、私が軽く腕を回したくらいでは一周も  できない。  体格差と、何よりアイツの大きさを感じる。 【男】 「……」 【京子】 「……」  小さい頃を思い出す。  子供の頃のアイツに抱き付いていた、懐かしい記憶。  馬鹿みたいな、可笑しな記憶。 【京子】 「こうして……何も着ない恰好でお前と抱き付いてると、  お前としてた『遭難ごっこ』を思い出すぞ」 【男】 「う……」 【京子】 「『雪山で遭難したら、おたがいが裸になって、抱き付  いて暖を取るんだぞー』、だったっけな?」 【京子】 「ふふ、いま思えば、あの時からお前は……女の子の身  体に興味があったんだな」 【京子】 「とんだ変態だぞ」 【男】 「……返す言葉もございません」 【京子】 「ん。別にいいのだ」 【京子】 「アホみたいな思い出だけど、当時は楽しかったのは事  実だし、……実はあのとき、結構私のほうも……どき  どきしてたぞ」 【男】 「え」 【京子】 「ふふっ、そりゃそうだろう。好きな男の子と、素肌を  合わせて……ドキドキしないわけがないだろう?」 【京子】 「私をなんだと思ってるんだ。これでもちゃんと、乙女  心の片鱗くらいは持ち合わせているのだ。馬鹿にする  なー」  背中に回した腕に力を込める。  大きな身体だ。  昔とは比べ物にならないほど、成長した図体。  それなのに、なぜか心は懐かしさを覚えてる。  ほっと安らぐ気持ちに浸れる。 【京子】 「……忘れられなかった」 【京子】 「お前に抱き締められてるときのドキドキが……。胸が  はち切れそうな幸福感が……幼心に、私を虜にさせた」 【京子】 「疎遠になってからも、あの不思議な感覚を思い出しな  がら、お前のことばかりを考えてた」 【京子】 「ずっと、ずっと、お前のことを考えてた」 【京子】 「何度も、何度も」 【京子】 「『夜の衣を返して寝れば、恋しい人と夢で出会える』  なんていう、古今和歌集にあるおまじないを信じてみ  たり」 【京子】 「タンスに仕舞ってる、お前の小さい頃の寝間着を引っ  張りだして、着てみたりな」 【京子】 「これがまたすごいもんでさ、わたし用に誂えたみたい  にピッタリなんだぞ。昔のお前と、今の私のサイズが  一緒なんだ」 【京子】 「ちょっとだけ胸が苦しかったりするけど、そこは我慢  のしどころってわけで」  相槌も返さずに、ずっと黙っている。  でも、頭の後ろをゆっくりと撫でてくれるから、聞い  てくれてるんだと安心する。 【京子】 「……それを着るとな? お前に包まれてる感じがした  んだ」 【京子】 「抱き締められてるような、不思議な錯覚がしたんだ」 【京子】 「何度も何度も繰り返して、けど次第に……お前の温も  りを身体が忘れていって……」 【京子】 「着るたびに、切ない気持ちが残るだけになってたんだ」 【京子】 「……わかるか? いま、お前に抱き締められてる私の  幸せが」 【京子】 「お前を抱きしめていられる、私の気持ちが……どれだ  け幸福に満ちてるのかってことを」  この胸の痛み。  締め付けられているからか、それとも満たされている  からか。  言葉の綾は抽象的で、はっきりとは解らない。  けど、どっちであろうともこの胸の苦しみは、クセに  なる……手放したくないものだ。 【京子】 「全部、お前のせいだっ」 【京子】 「お前のせいで、こうなったんだっ」 【京子】 「だから……責任、……取るんだぞ」 【男】 「……うん」  頭の後ろに回された手に導かれ、唇に温もりを感じた。  ……