余命短い実験体少女に看取られ
せんせぇ……気づきましたか?
せんせぇが、言っていたところに……着きましたよ。
桜の木のある丘……。
……サクラと同じ名前の、木、ですよね。
初めての外で……自信がないんですが……ここで、いいんですよね?
あっ……ごめんなさい、あの……地面に……寝かせるのも……どうかなって思って……
サクラの膝で……横になってもらってるんですけど……大丈夫、ですか?
えっと……研究所からもだいぶ離れたし……追いかけてくる人も……せんせぇのおかげで、いないです……。
……でも、せんせぇ……
サクラ、怒ってるんですよ?
私たちデザインチャイルドは……死んだら、灰になって、消えちゃうのに……。
旧世代のせんせぇは…………力を使いすぎたら………それだけで死んじゃうんですよ?
なのに、逃げるためにあんなに無茶して……新世代のサクラたちより寿命が長いのに……
なんでそんな危険なことしたんですか…
……せ、せんせぇはまだ……
消えない……ですよね……?
ねえ……?
……もうすぐ……死ぬサクラのために……
自分が無茶して死ぬなんて……
そんなこと、ない、ですよね……?
お願いだから……答えて、ください。
何も……言ってくれないと……心配になっちゃいます。
……せんせぇ………
なんで……
そこまでして……どうせ死んじゃうサクラを……ここに連れてこようとしたんですか……。
……せんせぇが……ここでサクラに見せたかったのは……
この桜の木……なんですか?
”バラ科モモ亜科スモモ属の落葉樹の総称。春に咲く花であり、この国の文化に馴染みの深い植物”……です、よね。
……うん、せんせぇに聞いてた通り……可愛いのに……綺麗です、ね。
白に近いけど……うっすらとした桃色の花が……満開、です。
でも……せんせぇが心配で……ちゃんと見る余裕がないないんです。
だから……早く元気になって……答えを、教えてください。
ね? せんせぇ。
……この丘が……研究所と全然違うのは……わかりますよ。
だって、まず空気が違います。
綺麗なんですけど……無機質な綺麗さじゃなくて……
もっと、不思議な感じ……えっと、これは緑や、土の成分が
空気に含まれてるからなんでしょうか?
……そこにあるもので空気の雰囲気というものは変わるものなんですね。
これは……確かに体験しないとわからないものです。
あそこで閉じこもってたら、きっと死ぬまでわからなかった……。
あの病室……いいえ、サクラみたいな……デザインチャイルドを閉じ込めるための部屋……
天井も壁も真っ白で……もちろん窓なんてない。
狭いベッドと、監視カメラがあるだけの部屋。
毎日、一人で過ごして……
そこを出るときは、実験室で能力を測定するときだけ。
研究所で作られたサクラには、それが当たり前でした。
実験で、新しく作られるデザインチャイルドを見ても、何も思わなかった。
だけど、せんせぇがきてからは……
……ふふっ。
せんせぇのこと……最初は、おかしなひとだなって思いました。
新しい担当医って言われたときは何も気にしなかった。
それまでの担当医のひとたちは体調チェック、採血、実験の指示をするくらい。
それとおんなじなんだろうなって。
だけど……せんせぇは、サクラとおしゃべりをしよう、って言い出して。
おしゃべりなんて……サクラ、したこと、なかった。
だって、研究所の人は……サクラを番号で呼んで、指示するだけ。
サクラはそれに、従うだけ……。
でもせんせぇは……サクラと会話をしようとして……
それに、本当の先生みたく……毎日いろんなことを教えてくれましたよね。
サクラは学校に行ったことがないから、わからないけど……
きっと、楽しいんでしょうね。
だって、せんせぇの生徒のサクラが……こんなに、楽しかったんですから。
……知識もない、会話の仕方もよく知らないサクラは……優秀な生徒じゃなかったかもしれないけど……
せんせぇのおかでげ、サクラは……普通のこと、研究所以外のこと……外のことを知りました。
例えば……
あれが何か、わかりますよ……
”チョウ目アゲハチョウ上科シロチョウ科に分類され、大きさは20から30センチほど。
羽には黒い斑点が2つある”……モンシロチョウ、ですよね。
先生が見せてくれた図鑑の通りです。
外では……よく見かけるって本当だったんですね。
ここには、せんせぇが教えてくれた、外のもの、たくさんあります……。
なにより……サクラの上には……
あの、狭い病室の天井とは全然違う……
すごく……すごく……広い……
体ごと吸い込まれそうなほどの……青が……広がってます。
これが、空。
写真では……何度も見てたけど……
ああ……
今、サクラ……空の下に……いるんですね。
……でも、せんせぇが……
いなきゃ……
こんなの……なんの、意味もないですよ……
外にいても……あんなに憧れていた空を見ても……
一人で見るなら……全然、嬉しくなんか、ないです。
色は、わかるけど……世界がモノクロでできてるみたい。
せんせぇと病室で……一緒に写真を見てる方が……楽しかったです。
せんせぇが……いてくれたから、サクラはあそこにいても……平気だったんです。
……ううん、それは、少し違います。
せんせぇと……会うまでは、それが当たり前だったから。
何も知らないサクラは……何も思わなかったんです。
辛いとも……おかしいとも……
だけど、せんせぇからいろんなことを教わって……
サクラは考えたり、感じるようになったんです。
実験でいろんなことを試されるのが辛いとか、
せんせぇがいない時、一人で部屋にいるのが寂しいって思ったり……
……写真じゃなくて……本物の外を見て見たい、とか。
……せんせぇが、サクラをそんな風に……したんですよ?
でも、ワガママを言う気は……ありませんでした。
せんせぇに……嫌われたく、なかったから。
なのに……
もし、このまませんせぇが……サクラより先に死んじゃったら……
サクラは、悲しいって、感じるはずです……。
せんせぇに会わなければ……そんな感情、知ることは……なかったのに。
なのに……そのせんせぇが……先に死ぬなんて……
ダメですよ……
それなら……せんせぇに会わなければよかったって……
サクラに、思わせないでください……。
せんせぇ……
なんで、こんな無茶をしてサクラを……ここに連れてきたんですか……
見せたいものがあるっていって……
研究所から……逃げたら……処刑、されるのに…
……この体の、寿命が、早いから?
……サクラは……新型で、力は長く使えるけど……
そのかわり、この体が……15年くらいしか保たないって聞いてました。
来年の春には……きっと……。
……せんせぇと出会ってから……毎日が楽しくなって……
その代わり、いつか来る……その日が、怖かった……
一日を過ごすたび……死ぬ日は、近づいてくる。
ううん、一日っていう時間だって……曖昧だった。
起きて、寝て……もしかして、一日以上寝てたら?
サクラが知らないだけで……実験のせいで、一週間たってたりしたら?
もしかしたら、二週間、三週間も……すぎてるかもしれない。
サクラが気づいてないだけで、いつの間にか……生きてられる時間が短くなってたら?
窓のない病室は……夜明けも、夕暮れも……わからなくて……
何もない部屋は……動くものも、話してくれる人もいなくて……
死ぬまでの時間をまともに数えることすら……できない。
起きてる時も……一瞬が……ゆっくりなのか、早いのか……わからないまま不安が大きくなって……
だけど、死ぬ日が近づいてるのだけは確かだから……
一人でいたら……怖くて、怖くて……堪らなかったんです……。
でも、どれだけ怖くても……逃げたくても……
個体寿命は、サクラが作られた時から決まってるから……どうしようもなくて……。
唯一、時間を感じられるのは……せんせぇと……いるときだけ。
何もできないで、待つだけの毎日で……
せんせぇとおしゃべりする時間だけが……楽しくて。
その時だけは……怖い気持ちを、ごまかせたから。
だから、だから……最後の日まで……せんせぇが一緒にいてくれるなら……
怖い気持ちを忘れられるなら……
それでいいって……サクラは……諦めてました。
なのに、どうして……
サクラより、先に……死んじゃうようなことしたんですか……
どうせ、サクラなんて……外に出られても……
他のデザインチャイルドみたく、その時がきたら……体が……灰になって……消えちゃうだけです。
きっと、せんせぇは……サクラより早く作られても……そんなに動けてたなら……
もっと、もっと生きられたのに。
サクラよりも、もっと……。
せめて……
サクラが死ぬまで、待ってくれても……よかったじゃないですか。
こんな、無茶なこと、しないで……。
死んだサクラの灰を……外にでも、持ってきてくれたら……よかったんです。
だから、だから……
今、死んじゃわないで……せんせぇ……。
ねえ、せんせぇ……。
名前、呼んで、くださいよ……。
被検体番号C-081、って……ずっと呼ばれてたサクラに……
せんせぇが……つけてくれた、「サクラ」って名前……
ねえ……せんせぇ……。
あ、あぁ……
せんせぇの指が……灰に……
うそ、うそ、まって……
もう、はじまっちゃったの……?
まだ、まだ早いよ……
やだ……まって、まって、まだ待って……
だめ……これがはじまっちゃったら……ほんとにせんせぇが死んじゃう……
お願い……
あぁ……風が……
とまって、お願いだから……風、とまって……
せんせぇを……連れてかないで……
お願い、せんせぇを……サクラから奪わないで……
やです……いかないで……せんせぇ……
あ、あぁ……。
うぅ……。
……え?
なに……これ。
……はなびら?
この形……。
……あっ……。
桜、だ。
サクラと、同じ名前の……。
桜の花びらが……たくさん……
風で……散ってる……
すごい……まるで、世界が桜の色で染まってるみたい……
ああ、これが……桜吹雪。
……桜、は……満開の時期が短くて……
最後は、舞うように散っていく……。
……せんせぇ……
これが、サクラに見せたかった、ものなんですか……?
……サクラが……あと少ししかない寿命を……
受け入れてたから……
……ううん、本当は怖くて……
何したって意味ないって……諦めてたから……
だから、この桜吹雪を……
来年の春には、きっと間に合わないから……
いま、見せようと……してくれたんですね。
……せんせぇ……
きれい、です……。
せんせぇのいってたとおり……
桜吹雪って……桜が……死んでいく様子なのに……すごく、きれい、です。
……こんな綺麗なものと、同じ名前……サクラに、くれたんですね。
せんせぇの体が……どんどん……
灰に……
ああ……せんせぇの灰が…………桜の花と一緒に……
風に……舞って………
………ああ……
……ふふ……。
ねえ……せんせぇ。
サクラ、せんせぇが最後に何を教えたかったか……わかりましたよ。
いつか……サクラも。
せんせぇみたく……灰になって……何も残せず……消えちゃうんですよね……。
だけど……それは……無意味じゃ……ないってことに……。
どうですか……。せんせぇ……あってますか?
サクラは……せんせぇの……自慢の生徒に……なれましたか?
……その日がくるのは……怖いけど……
でも……
それでも……
せんせぇがつけてくれた名前……
桜、に恥ずかしくないように……
サクラは……
きっと……。
せんせぇ……
素敵な名前をサクラに贈ってくれたこと……嬉しい、です。
せんせぇがいなくっても……
ひとりでも……
がんばる、から……
約束、します、から……。
……今まで、お世話に……なりました。
ありがとうっ……ござい、ました。