いいお湯ですねぇ
(男、脱衣後にかけ湯をしてから湯に入り、かなでを待つ)
んっ…ふぅ…。
では…私もタオルのままですが…、お隣、失礼しますね…。
ん、ふぅ~……。
…いいお湯ですねぇ…。静かで、景色もよくて、落ち着きます。
湯船も、しっかりと作ってあるんですね。
近くから、角の丸い石を集めてきて、くみ上げたのでしょうか。
一人でここまで作れるものなんですねぇ。
あちらの湧き出し口から出てきた温泉のお湯が、循環して、そちらから流れていく。
人がいなくても、綺麗に保たれる仕組みができているんですねぇ。
(男:葉っぱは浮かんでるけどね)
…? えぇ、まぁ、端っこに少し落ち葉が浮かんでいますが、
それはそれで風情があるというものですよ。
ふふ、これからこの場所を独り占めできるなんて、うらやましいです。
あ、一人とは限りませんか。
他のかたと一緒に、このあたりを管理されるのですか?
(男:いや、一人で)
あぁ、お一人で。ふふ、やっぱり独り占めなんですね。
(男:君も、いつでも来ていいよ)
え、私も自由に来ていいんですかっ?
嬉しいですけど、んー、考えておきます。
ふぅ…。
…景色が遠くまで綺麗ですねぇ…。
近くの山は、緑が青々と茂ってますけど、
遠くに行くほど、白っぽく、薄い色に見えるようになるんですね…。
空も澄み渡っていて…。
こういう景色、上手く言えませんけど、いいなぁって思います。
街で暮らしていると、こういう景色を見る機会、あまりないですから、
なおさらそう思うんでしょうね。
ふぅ…。
人のいない、こんな山奥で、普通だったらちょっと心細くなりそうですけど、
ここは暖かくて、不思議と安心感がありますねぇ。ふふっ。
…。
あの…今更ですけど、今日のことは誰にも秘密にしてくださいね。
男の人と混浴したなんて親に知られたら、どれだけ叱られるか…。
(男:親は厳しいの?)
…ええ、お父様もお母様も、かなり厳しいんです。
私の家は、なんというか…地元では少し有名なんです。
家…というか、屋敷自体も大きいのですが、そういうことではなくて、
先祖代々、ずっと地域に貢献してきた、由緒ある家なんです。
まぁ、私もしっかりとはわかってないのですけど…。
それで、そういう家だから、うちにいるときは、立ち振る舞いや言葉づかいを
厳しく指導されたりするんです。
”品行方正でいなければいけない”って。
あ、すみません、勝手にしゃべってしまって。
こんなこと、聞きたくないですよね。
(男:聞いてみたい)
そ、そうですか? ではもう少し続けますが…。
その…お父様もお母様も、私のためを思って厳しくしてくれてるのはわかってるんです。
でも、クラスメートと話していても、
みんな、家ではもっと自由に過ごしているようですし…。
そういう普通の家に生まれていたら、どんな生活だったんだろうって、
ときどき考えます。
私、放課後に、普通に友達と遊んだりもできないんですよ?
信じられます? 私、学校の行き帰りは、車で送り迎えなんです。
過保護というものですよ。
あ、あの、自慢してるわけではないですからね。
ただ、こういうことを誰かに相談したことがなかったので、
ちょっと熱くなってしまいました。すみません…。
(男:全然いいよ)
ふふ、ありがとうございます。
…はぁ、なんだか私、変な感じです。
すみません、出会ったばかりなのに、こんなにしゃべってしまって。
私、普段はもっと静かなんですよ? おとなしい子だ、ってよく言われるんです。
自分でもそうだと思ってたんですが…。
貴方の前では、なぜだか気が緩んでしまいます。ふふっ…。
いえ、この温泉が心地よすぎるんです。きっとそのせいです。