03_03_ふむ、では妾の美声での読み聞かせの出番かの。(17:54)
「……うーん……むにゃむにゃ……」
「……」
「……んっ? ふっ、ふははっ、妾の声と狐に囲まれてすっかりと寝入って……おらぬな、お主」
「ううむ、しかしお主が寝入れぬのも心得ておるぞ。妾の声と狐に囲まれて気持ちが昂ってしまったのであろう」
「……妾の声で高ぶってしまうのは仕方ないが……次はもう少々気の休まる寝かし付けとしようかの」
「ふははっ、妾、かくみえて出来る女狐なのでな、次の寝かし付けは何にすべきかもう考えてあるのじゃ」
「はてさて、次の寝かし付けは想像出来るかのー? 寝かし付けといえば狐数えと並び出るものであるのじゃが」
「むふふっ、そんなに楽しみそうな顔をして……妾、期待に応えねばならぬのじゃ!」
「なんとなんと、次の寝かし付けは……「読み聞かせ」なのじゃ。これは寝かし付けならば定番中の定番であろう」
「ちゃーんと妾、手元に本まで用意したので雰囲気的なものばっちりなのじゃ」
「さてと、では、目を閉じてしかと聞くが良い。妾の極上の読み聞かせを!」
「……」
「むっ、先に言うておくが妾の読み聞かせの中に登場する狐は全て女狐じゃ。であるので、何も心配せずに心穏やかに聴くが良いぞ」
「ふははっ、勿論、途中で寝入っても構わぬ。そのときはこの本をお主にぷれぜんとするので、後からちゃんと読み返せるので安心じゃ」
「では……心して聴くが良いぞ。ことなき話であるのじゃ」
「昔々、それはもう遠い昔……あるところに、2匹の狐がおった。素直な狐と、素直になれない狐がおったのじゃ」
「姉妹ではなかったが、幼いころからいつも一緒だった2匹は、それはそれは仲が睦まじかったそうじゃ」
「お腹が空けば2匹で一緒に山へ食べ物を探しに出でて、楽しいことがあればともに楽しむ、寒いときにはお互いに身を寄せ合う、それほどまでに仲の良い狐じゃったのだ」
「「ねえ、あの山の麓に綺麗な花が咲いていたの、見に行こう?」と言えば「ふうん、あたしは別に花なんて興味がないけど、あんたがそういうなら一緒に行ってあげるわ」と、「あの川の向こうの木の実がとても美味しいらしいの。一緒に食べに行きましょう」と言えば「ふうん、あんたがどうしてもって言うなら一緒に行ってあげるわ」と、どこへ行くのにも2匹はいつも一緒だったそうな」
「2匹とも親元を離れて久しく、狐は群れを作らない生き物ではあったが、お互いが一緒にいることに心地よさを感じていたのは言うまでもなかろう」
「春は桜を、夏は小川のせせらぎを、秋は虫の声を、冬は白銀に染まる世界を、ふたりで見るその景色は、独りで見るよりもそれはそれは美しく雅であったそうな」
「出会う前の景色なんてとうの昔に忘れてしもうた、お互いがきっとそう思うておったことじゃろう。それほどまでに一緒にいることが当然となっておったのじゃ」
「しかしある年、日照りが続き食糧を得ることが難しい年がやってきたのじゃ。それでもふたりは少ない食べ物を分け合い、何とか過ごしておった。腹は満たされずともお互いが傍にいれば満ち足りる、そう思ってはおったのじゃが……」
「ある日、「もう少し食べ物の多い場所に移動しましょう」「ふうん、あたしは別に今でも満足だけど。あんたがそういうなら仕方ないわね」と、やはり相手の身を案じて、住まう山を移ることにしたのじゃ。彼女の言葉に従ったことが、運命を変えることになろうとは、お互い思っておらんかったじゃろうのぅ」
「一抹の寂しさを覚えつつも住み慣れた山に別れを告げ、ふたりは新たな住処を探し当てもなく旅を始めたのじゃ。独りであれば不安に襲われるような旅路も、ふたりであれば野遊びにでも出かけているように楽し気なものであった」
「見慣れていた景色が少しずつ見慣れないものになっていく、そこに不安もありはしたが、どこか心が躍るようなところもあったそうな」
「「大きな柿の木がある場所がいいな」、「あたしはあんたが良ければ、どこでもいいけど」、「気持ち良く日向ぼっこが出来て、夏は水浴びも出来るところがあると嬉しいね」、「雨や雪に当たらないように、洞穴がある場所も必要ね」、「他の狐さんとも仲良くなれたらいいね」、「……あたしはあんたが居ればそれでいいけど。あんたがそういうなら、うん、そうね」、と新たな住処への期待へと膨らむ期待が足取りを軽くし、思わず会話も弾んでいったのじゃ」
「「ここ、ここが良さそう!! ここにしましょう!!」、「うん。あんたが決めたならあたしもここで良いわ」、初めての景色が夕日に照らされる頃に、ふたりはようやく新たな住処を決めたのじゃった。ふたりとも上機嫌、疲れも吹き飛び大満足!!なのじゃった」
*03_08:50~程度 「ふたりはようやく新たな住処を決めたのじゃった」が抜けていました
「そしてやっと美味しい木の実のなる場所や、心地よい小川の場所、日向ぼっこに丁度良き場所、そのような場所をやっとこさ覚えたころに、ふたりは1匹の狐と出会うことになったのじゃ」
「所変われば新たな出会いもある、というやつじゃな。新たな土地での出会いということ、ふたりと同じ女狐ということもあり、あっという間に打ち解け合うようになったのじゃ」
「それからはふたりで過ごす時間も多かったが、少しずつ少しずつ、3人で過ごす時間も増えていったのじゃ」
「「あの子、良い子ね。仲良くなれて嬉しいね」、「そう。あんたが嬉しいならあたしも嬉しいから」。暫くぶりに仲良くなれたことが嬉しく、仲良い狐が出来て嬉しそうな様子を見ることが嬉しく、ふたりは満足じゃった」
「3人で過ごす景色にも慣れてきて、徐々にそれが当たり前にもなってきおったのじゃ。「3人で一緒なのも良いね」、「そう。あんたが嬉しいなら、あたしも嬉しいから」、そう言い合えるような、それほどまでにふたりにとって近しい存在となっておった」
「そして――季節が廻り、桜の蕾が膨らみかけて、「昔住んでいた場所の桜を見に行くのも良いよね」とそんな話をするような、そんな時期じゃった。春の嵐よりも突然に、それは訪れたのじゃ」
「「ねえ、聴いてほしいことがあるの」、「うん? 改まってどうしたの? 何でも話したらいいわ」、「実はね、あの子から……話をされたの」、「何の話?」、春先のほんのりと冷たい風が、ふたりの間に吹いたような気がしたのじゃ……」
「「私のことが好きだから、家族になろうと言われたの」、その予想もしなかった言葉に、思わず言葉に詰まってしまった狐。じゃが、それも刹那のこと、その刹那に様々な想いが駆け巡ったにも関わらず……彼女の口から出た言葉は、いつもと変わらないものであった……」
「「ふうん……あんたが良いと思うなら……良いんじゃない? あたしは……うん、あんたが良いと思うなら……良いと思う」、そう、いつもそうじゃった。常に、片割れのことを想い、己の気持ちは二の次に、想いは押し込めておった」
「「あたしは……応援するから。別に、会えなくなるわけじゃないのよね?」、「うん。今まで通り、3人で一緒に居られたら嬉しい。どちらかというと、ちょっとした気持ちの問題」、「そっか。それなら……うん」、その日はやけに、冷たい風が頬を撫でた、そんな気がしたのじゃった……」
「そしてその後、3人は末永く仲良く幸せに暮らしたそうな」
「ただ、家族になり、徐々に仲睦まじくなってゆくなっふたりを見て、思うことが度々あったそうな。「家族として隣に居られるのが、己であればどれほど幸福だったじゃろう」と」
「あのときに――いや、もっともっと前に己の気持ちに気付いて居れば、また違った未来があったのじゃろうか。己の気持ちに気付いて居て、気付かぬふりをしていなければ、また違った現在があったのじゃろうか」
「あのとき、自分の気持ちを伝えていれば―ー己以外に向けられる笑顔を見るたびに、そんな想いが胸を焦がすのであった」
「……ふう」
「少し熱が入ってしもうたぞ、ふははっ。読み聞かせなど妾は初めてじゃからのぅ」
「やはり……想いや気持ちはしっかりと伝えねばならぬな、うむうむ。伝えられぬ恋心というのは鉄板パティーンではあるが……伝えずに後悔するよりも、伝えて後悔するほうが絶対に良いのじゃ」
「……」
「……こ、これは……あれじゃ、この物語は事実を元にした完全ふぃくしょんであるので、邪推などしてはならぬぞ? 妾との約束じゃ」
「……と、妾、少し浮かれてしもうたが……妾の読み聞かせの上手さに寝入ってしまったのではなかろうか?」
「むふふっ、どれどれー? 寝入ってしまったのであろう? お主の可愛らしい寝顔、見てしまうぞー? これ幸いと……せ、せせせ……接吻でもしてしまおうかのぅー?」
「……」