4.バケノカワノシタデマツ・前
......先輩、今さらですが......すみません、付き合ってもらっちゃって。本当はね、ひとりで行かなくちゃいけない......と思うんだけど。やっぱり本心は、先輩について来てほしかったの。父も、「彼がいるなら心強いな」って、言ってくれたし。......先輩がね、迷わずにさ、「一緒に行くよ」ってお返事くれたとき、
「あ、好き」ってなりました。好き。へへへ。あれ、照れてるんですか。それとも、バスの中でイチャイチャとか、恥ずかしいですか。大丈夫です。ほらもう、ほとんど誰も乗ってません。外、見たこともない景色ですね。電車乗ってバス乗って、自然だらけで、このまえの、宮ヶ瀬湖を思い出しちゃいますね。こういう風景、なにかと縁があるんだな。ははは。......ふぇ。あ。......手、震えてました?びっくりした。急に握られたから、襲われちゃうのかと思った。なんてね。......ふう。なんだろ、先輩に握られてるのに、震えが止まってないや。あは、あはは。緊張してるのかな。やだなあ、もう。先が思いやられるね。......先輩......。私、母に......、母だった女に、何を語ったらいいだろうか。生まれてから今日までの恨み辛みを、投げつければいいのかな。それとも、会いたかった、とか、耳障りの良いことを言えばいいのかな。全然、分からない。分からないことだらけだ。私、いったいどうしたら......。......、伝えたいこと......か。なんだろう。私、何を伝えたいんだろう。......まずは、先輩のこと。あと、先輩のこと。それと、先輩のこと。うわあ、先輩しかないじゃん。何こいつ惚気やがって、とか思われないかな。......、......そういうものかな?母親はそういうの聴くの、嫌じゃないのかな。あ、でも、そうだな、先輩のお母さまは、私を見て嬉しそうにしてた。じゃあ、うん、先輩を軸に考えてみます。ありがとうございます。......ん。ごめんね、少しだけ、寄り添わせてください。先輩の体温、やさしさをもっと......感じていたいから。えへへ......。■田んぼ、山、周りに建物もない、......うん。このあたりかな。たぶん、この先。森の中に住んでるんだってさ。妖精みたいだな。......先輩。言った通り、ここからは私ひとりで行きます。妖が蔓延る森の中なんて、先輩にとって悪い影響しかないから。大丈夫。こう見えて私、強いです。いざとなれば、ウカミもいますし。......それに、今この時だけは、先輩に頼ってはいけない。私が解決しなければいけない、そんな気持ちなんです。でもね、先輩には見守っててもらいたい。わがままでごめんなさい。......うん。いつもいつも......お前には......救われてばかりだな。......すぅー......はぁー......。ぎゅっ。先輩、生きて帰ってこれたら、私を抱きしめてほしい。......ん♪きっと戻ってきます。きっと。もうそろそろ、夕暮れが近いね。逢魔が時だ。フフ。不吉の前触れ、魔物に遭う時間帯って言われてますが、私がこれから会うのは、まさしく、魔物と呼ばれる類い。でも私は、そいつに......私の今を、歌うんだ。先輩のこと、父のこと、どんな言葉になるのかは私にも分からないけど。でも、言います。言いたいから。四肢をもがれても、最後まで。先輩。いってきます。少しだけ、待っててください。......必ず、笑って戻ります。