02.鴨田山日和
アイ「コウちゃーん!おっはよー!」コウ「あっ。おはよう、アイちゃん。今日も参拝しに来たの?」アイ「もっちろん。桔梗様に、私のなけなしの一円玉を捧げるのです......!」コウ「うふふ。そんなに大変なら、別に毎日お賽銭入れなくてもいいんだよ?桔梗様もきっと、お賽銭が欲しいわけじゃないし」アイ「そんなものなのかな?」コウ「うん。毎日会いに来てくれるだけで、とっても嬉しいよ」アイ「あははは。まるでコウちゃんが桔梗様みたいだね。あ、ところでさ、どうして毎日ここにいるの?」コウ「この社の立派な姿を、目に焼きつけておきたいなって。生まれたときからあった神社がなくなるのは、やっぱり寂しいからね」アイ「そっか。さすがは神様に仕える巫女さんだね。あっそうだ!昨日学校の先生から聞いたんだけど、神社は取り壊しても御神体は別の土地に移すんでしょ?そう、遷宮!遷宮だよ!私、てっきり桔梗様がいなくなっちゃうかと思ってた!」コウ「......遷宮には、私もついていくんだ。だから、アイちゃんとは離れ離れになっちゃうね」アイ「えっ。そうなんだ............だったらさ、遊びにいこうよ!」コウ「えっ?遊びにって......?」アイ「コウちゃん、その制服って、この辺りの学校じゃないでしょ?鴨田山のこと、たくさん教えてあげるから!ほらほら!」コウ「えっ、ちょっ、アイちゃーん!」
7コウ「えっと、ここは......?」アイ「相模じいさんの駄菓子屋さんだよ。ここも桔梗神社みたいに、昔からあるの。よくみんなで駄菓子買いに来て、おまけしてもらっちゃったりして......」コウ「そうなんだ。何がオススメなの?このお店」アイ「おっ、興味津々だねぇ。ふふ、ここのチーズおかきは絶品だよ!ひとつ買ってあげるね!すみませーん!相模じいさーん!」相模「おお、アイちゃんかい。おや?今日は美人さんも連れてるねぇ」コウ「こ、こんにちは。美人だなんて、そんな......」アイ「うんうん。コウちゃんすっごく綺麗だもんね」コウ「やぁぁ......そんなこと、ないから......」相模「ほっほ。いつものやつでいいのかい?」アイ「はい!二つくださいな!」相模「はいはい。ちょっと待ちなさいね」コウ「アイちゃん、本当に常連さんなんだね」アイ「まあね!何せ田舎だからさぁ、娯楽施設がないっていうか、目につくお店が少ないんだよ」コウ「私は静かで良いと思うよ。......私の引っ越し先なんて、ここよりもずっと田舎だと思うし」アイ「えぇッ?ここより田舎って......もはや自然だよ。野生だよ!」コウ「ひとの来ないようなところにするって、神主さんも言ってたから」アイ「うーん。神主さんの決定なら、どうしようもないよねぇ。......この夏はうんと遊ぼう?田舎の遊びの予習にもなるし!鴨田山にたくさん思い出残していってよ!」コウ「うん。ありがとう。アイカちゃんって、優しいんだね」アイ「そうでもないよ~。目の前で寂しそうにしてるひとがいるんだもん。放ってなんかいられないって」相模「はいお待たせ。チーズおかき二つね」アイ「わっ。ありがとう!はい、お代ね!」相模「まいど。それと、これはそちらの美人さんと分けなさい。おまけだよ」アイ「おおぉっ、これは......ちょっぴり高い金平糖っ!」
8コウ「ええっ。そんな、悪いですよっ」相模「いいから、いいから。しょんぼりしたときは、甘いもの食べれば元気になるもんさ」コウ「あ......ありがとうございます」アイ「よかったね、コウちゃん!ありがと、相模じーさん!」相模「ほっほ。またおいで」コウ「ふぅ。おいしかった......。ごめんね?飲み物まで買ってもらっちゃって......」アイ「そんな謝らなくていいってば。お財布忘れたことなんて、私だって何度もあるし」コウ「鴨田山のひとって、みんな優しいな。何だか、心が温かくなるね」アイ「えへへ。この町の魅力、少しは伝わったかな?」コウ「うん。アイちゃんのおかげでね」ところで、今どこに向かってるの?林道に入って結構経つけど......」アイ「ふふ。それはねぇ......ひ・み・つ!」コウ「えー?」アイ「ついてからのお楽しみ!もうちょっとだからね」コウ「う、うん」アイ「ついたっ。さ、お待ちかねだよ!じゃーん!」コウ「わっ。な、なに?イスとか、カーテンとか......色々ある......!これ、草のベッド?こ、この、職人さんみたいなこだわり感......!」アイ「えへへ。ひ・み・つ、って言ったでしょ?ここは、私の秘密基地でーす!」コウ「すごい......!これ、アイちゃんひとりで作ったの?」アイ「うん!中学の頃から、地道に集めたんだ!不法投棄されたゴミとか、家で使わなくなった家具とか......ふふふ。名付けてリサイクル・エコ・アイハウス!」コウ「語呂が悪いけど、偉いね。環境に優しい秘密基地なんだ」アイ「ごろがわるい!?そんなぁ、一生懸命考えたのに......」コウ「あっ、そ、そんなつもりじゃ......」アイ「なーんて、じょーだん!えへへ」コウ「も、もぉお!アイちゃん!」アイ「まぁまぁ、くつろぎたまえよ立花殿。
9このイスなんて、耐久性抜群で座り心地サイコーの――ぎゃっ!」コウ「ひやああっ!アイちゃんっ大丈夫!?」アイ「いっつー......!うへぇ、このイス、ガタがきてたみたい......」コウ「全然耐久性なかったね!?ああっ、しかも手から血が出てるよ!」アイ「えっ?わっ、本当だ。切っちゃったみたい」コウ「ちょっと、手貸して!」アイ「うん?絆創膏でも持ってるの?」コウ「それはないけど、こうやって......」アイ「ひゃっ!」コウ「唾液をつけておけば大丈夫だから。ごめんね、汚いけど」アイ「い、いや、ありがとね。......わっ、すごい、血が止まった!」コウ「もう、気をつけないとダメだよ?」アイ「コウちゃん、すごいね。まるで女神様だよぅ」コウ「やめてよ、恥ずかしいから......」アイ「えっへへ。さてさて、気を取り直して遊んじゃお!」コウ「うん!はしゃぎすぎないようにね?」アイ「わかってるぅー」アイ「じゃあねー!また明日―!」コウ「うん!バイバーイ!」......ふうー。今日も楽しかったぁ。コウちゃんってば、優しいし面白いし、あー、ずっと一緒に遊んでいたいなぁ。あ......そっか。神社が解体されたら、もう、コウちゃんとは会えないんだ。うう......それも寂しい。どうしよう。今年はいつもの夏より楽しいけれど、終盤にはたくさんの寂しさが待ち構えてるんだね......。はあ。桔梗神社、行ってみよう。ついた。今日も変わらず、階段の下から見上げる立派な鳥居が、まるで町を見守ってるみたい。......あの鳥居も、なくなっちゃうんだろうなぁ。アイ「どうにかなればいいのにな。神社の解体......」クロ「ほう。憎き桔梗もいよいよ窮地か。ざまぁないな」アイ「うわっ!だ、だれっ?」クロ「おや?貴様、私の声が聞こえるのか?......いや、見えるのか?私の姿が」
10アイ「見えるし聞こえるけど......そのお面は......狐?それに黒い袴......何かの仮装ですか?ハロウィンはまだ先ですよ?」クロ「ああ、これか。ちと顔を見られるのが苦手でね。仮装じゃない、これが私の本来だ」アイ「へえ......四六時中そんな恰好で出歩いてるんですか」クロ「何だその憐れむような目は。大体、何故ただの人間に私の姿が見える?......ん?何だ。何か面白そうなモノを持っているようだな」アイ「え?あ......これ?」クロ「それは......人間の持つべきモノではないぞ」アイ「えぇ?別にいいじゃん!さっきから人間、人間って、あなたは人間じゃないっていうのッ?」クロ「私の名はクロウリ。鴨田山の守り神、桔梗にあの神社を追放された......しがない妖怪さ」アイ「よ、よう......?」クロ「だが、桔梗も神としての力を失いつつあるようだな。ははっ。愉快痛快だ。私を辱め、陥れ、その挙句......いや、兎にも角にも清々しい気分だ。あの桔梗が陥落する瞬間を見れないのは、ちと残念だがね」アイ「ちょっと!何でそうひどいことばっかり言うの?第一妖怪なんて、いるわけないし!」クロ「では貴様は、桔梗は存在しないモノと思ってるのか?」アイ「それは......いると思ってるよ」クロ「ならば妖怪がいても何もおかしくなかろう。現に、目の前にこうして立っているではないか。貴様の持つそのおかしなボロ冊子のおかげで、貴様はひとならざるモノを視認する力を会得しているのだ」アイ「......うぅん。何となく納得はいく......けど。これ、そんなすごい力があるんだ」クロ「どこで手に入れたかは知らんが、早々に手放すことだな。人間が神や妖怪と関わったところで、何の利益もない。むしろ、理不尽な不運や不幸を呼ぶばかりさ。私がそうだったようにね」アイ「ねえ。クロウリさん、だっけ?何かさっきから自分が被害者だぁ、みたいな話ばっかりしてるけど、本当にそうなの?」クロ「何だと?」アイ「ほら、自意識過剰?じゃなくて、被害妄想?全部あなたの勘違いかもしれないでしょ?桔梗様から神社を追放されたって言ったけど、何か悪いこと、しでかしたんじゃないの?」
11クロ「......何も知らない小娘が、勝手な妄想をぐだぐだ吐き連ねおって。勘違いなものか。桔梗は私を裏切ったのだ。今でも私は、神社への立入を許可されていない。神社が解体されれば桔梗の力は失われ、足を踏み入れることもできるが、それでは後の祭りだ。私は奴の霧消する瞬間を見たいのだ。だのにあの輩、最後まで姿を隠し、私に恥をかかせ通すつもりらしいな」アイ「......一体、過去に何があったの?」クロ「貴様に話す義理はないさ」アイ「あっそ。別に、私もそこまで知りたくないけどね。あなたみたいなうじうじと愚痴ばっかり言う人、大っ嫌い。どうせ女の子にもモテないんでしょっ、ばーか!」クロ「よくもまあ妖怪にそこまでデカい口を叩けるものだ。ひとつ言ってやる小娘。私は、桔梗と婚約していたのだ!」アイ「......そうなの?」クロ「だが奴は裏切った!私を神社から追放した!それから二度と顔を合わしてやくれない!何日、何か月、何年、何十年、数え切れぬ時を待っても、私はここで、神社へ繋がる階段の底で、あの鳥居を見上げることしか許されない!何か、文句があるか?言ってみろ、小娘!」アイ「私もひとつだけ......いや、ふたつだけ言ってあげる。桔梗様は、そんな神様じゃない!きっと何か理由があるんだよ!」クロ「ほう?奴と顔見知りですらない人間が、いけしゃあしゃあとそんな御託を並べられたものだな」アイ「じゃあ、あなたは......もしも桔梗様とあなたの立場が逆だったら、何の理由もなく、彼女を突き放すの?」クロ「......貴様の声は、耳障りだ。即刻、立ち去れ」アイ「ふーんだ。......、もう一度、よく考えてみなよ。クロウリさん、桔梗様に拒まれたことだけに目を奪われて、肝心なことが見えてないんじゃないのかな」クロ「去れと言っておろうが......!」アイ「はいはい。もう、変なのに捕まっちゃったなぁ......」クロ「............桔梗............俺は............」八月十五日。あの妙な妖怪と出会ってから、三週間ほどが過ぎた。コウちゃんには、その出来事を話していない。怖い思いをさせてしまいそうだから、黙っていたんだ。それと、神社解体の件についても、私とコウちゃんの話題には上がらなかった。なるべくそれを思い出さないよう、お互いに遠慮していたんだと思う。だって、神社がなくなる時......それは私達の、別れの時だから。コウちゃんと出会ってから今日まで、毎日一緒に遊んだ。駄菓子屋さんに行ったり、川辺で水遊びしたり、秘密基地で過ごしたり、
12普段遊ぶ友達の誘いを断ってまで、彼女と同じ時間を過ごした。そして、楽しい時間の経過は早いもので......いつの間にやら、桔梗祭が、明日に迫っていた。コウ「あの、アイちゃん」アイ「ん?どうしたの?」コウ「えっと......明日、ね......」アイ「あ!それ私から誘おうと思ってたんだぁ。コウちゃん。明日の桔梗祭、一緒に回ろうよ!」コウ「え?」アイ「担任の先生いわく、桔梗祭って今年が最後なんだって。神社の境内にばあーって屋台並んでさ、ヤグラも建てて、音頭踊って。まさに夏の一大イベントだし、二人でならとっても楽しいと思うんだ。......ダメかな?」コウ「ご、ごめんねアイちゃん。お祭り中は、巫女としての仕事があるから......せっかく誘ってくれたのに、本当にごめん!」アイ「......ううん、気にしないで。そうだよね、コウちゃん忙しいもんね」コウ「ごめん。ごめんね。お祭りが終わったら、会いに行くから......その......片付けが終わるまで、境内で待っていてくれる?」アイ「うん!いつまでだって待ってるよ!あっ、それで、さっき何を言おうとしたの?」コウ「えっと。あのね、お祭りの翌日には、もう解体工事が始まって、神社に入れなくなっちゃうんだ......」アイ「えっ。......うん。そっか」コウ「だからね、色々兼ね合いがあって、解体当日にはもう、アイちゃんに会えなくなっちゃうの。だから、会えるのは、明日の夜が最後なんだ......。あまりその話をしたくなくて、今日まで伝えられなかったけど......お、怒ってない?」アイ「怒るわけないよー。コウちゃんってば、本当に優しいんだから」コウ「......ごめんね。本当にありがとう」アイ「えへへ。どういたしまして!」......その日、私とコウちゃんの会話は、弾まなかった。二人で、ぼーっと遠くを眺めて、やがて日が暮れて、私は家に帰った。アイ「あー......もう、何か変な感じぃ~」何とも言えないムカムカする気持ちに苛まれて、ベッドに寝転んで......ふと思い立って、桔梗様の日記帳を開いてみた。『七月二十日。立花コウちゃんという、不思議な子に出会った。
13神社の解体を知って、大ショック!でも、御神体は遷宮されるから、ちょっと一安心だ』......え?これ......私の字?しかもこの内容、コウちゃんと初めて出会った時の......私、こんなの書いた覚え......ないよ?~~~回想~~~アイ「ま、まさかモデルさんですかっ?見慣れない制服だけど!」コウ「ち、違います!私、この神社の巫女です。立花コウっていいます」アイ「へえ、巫女さんなんだ。コウちゃん......名前も綺麗だね」コウ「うぇっ。あ、ありがとう。......あなたの名前は?」アイ「波多瀬アイカだよ。アイって、名前で呼んでくれると嬉しいな」コウ「え、ええと......アイ、ちゃん......?」アイ「うんうん!コウちゃん♪」コウ「......何だか恥ずかしい」~~~回想終了~~~わわわわっ。これ、日記の内容が......脳内に再現されてる!映像つきで!じゃ、じゃあ、もしかして次のページも......『七月二十一日。コウちゃんと駄菓子屋さんに行った。チーズおかきを二つ買ったら、なんとコウちゃんの可愛さに、相模じいさんが高い金平糖をおまけしてくれた!うらやましー』うわあああっ!め、目を離そう!また回想が始まっちゃう!でもすごいこれ......そっくりそのまま、あの日の出来事が思い出せるんだ。ひゃーなにこれなにこれ、不思議だけど、ちょっと怖い!えっと、じゃあ、その前のページは......?前に見た時は、ページがボロボロだし文字も霞んで読めなかったけど......『八月一日。今日も、あのひとが来た。苦しくて、切なくて、顔を見られない。ああヒイラギ、それ以上、私を見つめないで』な、何だろう、これ。桔梗様の字なのかな。『八月十日。あのひとは、私のために、私だけのために、ひとから、ひとならざる者へと身を落とした。なぜ、どうして、そうまでして私を追い求めるのか。愛しい。あなたが愛しい。しかし、私は、あなたと結ばれてはならない。これは、常世のしきたり』『八月二十二日。八百万の神々が、あなたを奈落へと突き落とした。
14真実は、永遠に伝えられぬであろう。お赦しください。罪深き私を、お赦しください』『九月一日。我が愛を、せめてこの地に。たったひとり。ヒイラギのために。桔梗の花は、枯れ果てた』~~~回想~~~クロ「待ってくれ、桔梗!何故俺を拒む!」桔梗「駄目っ、駄目なの、ヒイラギ!来ないで!もう私に会っては駄目っ!」クロ「俺の愛を、受け入れてくれたじゃないかっ!桔梗ぉっ!」神々「何とも卑しい外道めが。まるで桔梗の花を喰らうハムシの如し醜態。今日から貴様はクロウリだ。ヒイラギの名は我らが貰い受けようぞ。去れ、クロウリ!二度とその姿、この境内に晒すでない!」クロ「うわああああああああああああああッ――――――」~~~回想終了~~~......今の、は......もしかして。メイ「お姉ちゃーん、お友達から電話だよー。桔梗祭、一緒に行かないかってー」アイ「あっ、う、うん!今行くから!」......桔梗の花は、枯れ果てた。それって......。